本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

 当ブログを訪問していただき、ありがとうございます。
 
 私事ですが、お知らせいたします。
 手術から半年が経ち、経過は良好です。抗がん剤服用のゴールも見えて、周囲の方々からは元気そうですね、と言われるようになりました。ただ残念なことに、私の場合は治療薬の影響が目の疲労に強く出ます。したがって、まとまった時間をPCの前で過ごすのは良くないようです。そこで、治療専念のために本年一杯ブログの更新をお休みします。
 
 2020年に、またお会いできるのを楽しみにしています。

                  ブログ筆者 美井野 円筆(びいの えんぴつ)

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第450~460回2019/9/8~9/19 朝日新聞

 小雪さんは、すっかり弱ってもその気風の良さを失っていない。そして、ノブさんの遺骨に丁寧に接している。見上げた人生の終末期を過ごしていると感じる。
 更に、彼女の最期の時間を共に過ごす人たちは、温かく、しかも若い人が多い。羨ましい限りだ。

 しかし、相変わらず、私には納得ができない。

 私は、父の息子──ただそれだけなのだ。

 洋一郎のこのすっきりとした結論を聞くと、ますます小雪さんのことが納得いかない。小雪さんも神田さんも、自分の子に、洋一郎が得たこの結論を味わわせることがない。それどころか、自ら、子を持つことを拒否して来たと思う。また、ノブさんこと洋一郎の実父は、家族を得たが、それを捨ててしまった。

 そういう人たちに、「ひこばえ」の大切さを教えられた、と言われても、なんとも納得できない。
 小説の中だと言われても‥‥

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第432~449回2019/8/21~9/7 朝日新聞

 この小説の山場の章だ。展開は速いし、楽しめた。
 後藤さん父子のことが描かれている間、「では、親父と息子の良い関係とは?」と考えていたが、答えは簡単そうで見つからなかった。それが、この章で示されていた。親父が息子を叱る、この行為と心情が、良き父子関係の土台だったのだ。
 なるほど、忘れていた視点だった。


 その瞬間、私の脳裏に一人の男性の顔が不意に、くっきりと浮かんだ。

 三十代半ばの――父だ。

 腕組みをして、怖い顔で、まだ小学生になったかどうかの私をにらんでいた。

 イタズラだろうか。嘘(うそ)でもついてしまったのか。とにかく父に叱られていた。

 私は謝った。べそをかきながら、「ごめんなさい、もうしません」と言った。

 すると、父は「よし」と言って、笑顔になった。許してもらって涙が止まらなくなった私の頭を手で乱暴に撫(な)でながら「いい子だ、洋一郎、おまえはいい子だ」とうれしそうに言ってくれた。

 五十五歳の私が、やっと父に会えた。(436回)

 この感覚の大切さを、忘れていた。その意味でも、後藤さんと将也さんが会う場面を美しいと感じた。
 しかし、納得いかないものも残る。立派なことを言っている神田さんは、この父子関係の更に土台となるべき家族を持つことを拒否していた人だ。また、今日の後藤さん父子の再会のきっかけとなった真知子さん本人の家族関係が全く感じられない。この辺は、物足りない。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第417~431回2019/8/5~8/20 朝日新聞

 この小説を読み始めて以来、初めて主人公の考えに共感できた。

 きれいに老いていくことは楽なことではない。
 悠々自適の老後を送れても、生きがいを失っては幸せではない。

 なるほど、その通りなのだ。言われてみると当然のことだが、このことを見失っていると思う。だから、高齢者対策の制度設計や豊かな老後のための資産の額ばかりが注目されるのだ。

 
 ハーヴェスト多摩にいた後藤さんよりも、和泉台ハイツのノブさんの方が幸せだったと感じていた。その理由が理解できた。

 
 とらえどころのない登場人物と感じていた真知子さん、現代離れした神田さん、それに川端さんが、ピッタと役柄にはまり出した。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第414~416回2019/8/2~8/5朝日新聞

 真知子さんも川端さんも、イメージが変化してきた。
 真知子さんは、どことなく胡散臭い編集者から老人との共同作業である自分史作りを心から楽しむ編集者へと、イメージが変わりそうだ。
 川端さんは、善意を押し付けて来るおせっかいな大家さんから、孤独な老人の気持ちを理解し独居老人との接点を大切にする大家さんへと変化してきた。
 神田さんも、ノブさんの唯一の友人だった変わり者とは違った面を見せるのだろう。
 そして、後藤さんの件を通して、洋一郎自身の心と行動が大きく変わってきた。

 はっきりしているのは、以前の洋一郎のような考え方で親の世代と向き合うのは、現代の現実を後追いで認めるだけで、何の問題解決にもならないということだと思う。

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