本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第43回
手紙は古風な状箱の中にあった。
 「代助」は、兄嫁の趣味を知っていて、手紙を開けてみなくとも誰から来たものであるのかが分かってしまいます。その人の個性は、使う物の中に表れることを細かく観察し、普段から人の趣味がよく見えてしまうのでしょう。これは、主人公のことというよりも、作者の感じ方が表れているような気がします。

坂を上って伝通院の横へ出ると、細く高い烟突が寺と寺の間から、汚い烟を、雲の多い空に吐いていた。
 情景を描いていますが、その時の主人公の気持ちとつながっていると感じます。
 現代のコンクリートで造られた建物に囲まれた街中でも、四季の変化を感じます。人の気持ちと天候や景色とのつながりは、簡単には変化しないのでしょう。
 そして、それを文章で表現できるというのは、すごいことだと感じます。
 私の勝手な感じ方ですが、このような表現に当時の日本の社会の様子も表されているような気がします。
 江戸時代からの町並みの中に、近代工業の工場が建っている。工場は盛んに操業している。しかし、そこから吐き出される烟は汚いものであるし、そんな町並みをおおう空は曇り空である。明治の社会が、そこに暮らす人々にとって、暮らしやすいものでなかったことを感じます。ブログランキング・にほんブログ村へ

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第60回
 他の人に話すことで、自分の思いが整理できたという経験がよくあります。結論がすぐに出ないような問題をひとりでいくら時間をかけても、考えは先に進まないものだと言っても言い過ぎではないでしょう。
 ブログに読後感想を書くのも同じです。感想を書くことで、読んだことが整理できます。
 「広岡」は、不動産屋の女性事務員に話をすることで、自分の過去やこれからのことを思い起こしているのでしょう。それは、小説のしかけとしても魅力的だと感じます。
  

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第59回
「強かったか、弱かったか……そう、中途半端に強かった。」
 そう言っていますが、「広岡」は、プロのボクサーとして、世界チャンピオンを狙うことができるほどの実力を持っていたことが分かります。
 プロボクサーとしては、「中途半端」だったにしても、相当の戦績を残したボクサーでした。そして、やり残している何かをやるために、これから行動するのだろうと感じます。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第58回
 大きなホテルに長期滞在できる経済力があり、アメリカのホテル関係の仕事をし、40年ぶりにふっと日本に帰ってきた男。その男は、なんと元ボクサーだった。
 まるで、小説の主人公のような人物!

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第42回
 ここまでを読んでくると、「代助」は、学者か作家を目指せばよいのではないかと思わせられます。
 この回では、友人の「寺尾」という作家を目指している人が登場しました。この「寺尾」を通して、当時の文筆業を目指す人の生活が書かれています。
 作家といえども、食うためのことと、それにまつわる評判や競争の世界に生きなければならなかったことが分かります。これは、現代の日本でも事情は同じなのでしょう。いや、明治の頃よりももっと過酷になっているような気がします。
 売れる本を書かなければ、作家として認められないし生活もできない。だが、評判がよくて話題になり、よく売れる本が、読者にとって読むに値す作品であるかどうかは別の問題です。世間の評判や著作の売れ行きと、その作品の価値とは一致しません。作家として当時も現代も高い評価を得ている漱石にしても、こういう矛盾は常に感じていたと思います。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第41回
 「代助」は、「一種の恐怖に襲われた」気分になって、それが地震だったと気づく場面が出てきました。
 今まで、穏やかな日常を送っていた主人公の周囲が波立ってきたようです。

 このように、小説の流れをなんとはなしに感じさせる構成は巧みとしか言いようがありません。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第57回
 アメリカに行ったことは1度だけですし、アメリカに住んでいた人も、身近にはいません。
 20年ほど前までは、アメリカは私にとって進んだ国でした。広くて豊かで、社会の仕組みも新鮮な国という印象でした。
  それが、急に変化してきました。アメリカから取り入れた会社経営のやり方や雇用の方法や教育の方法が、日本の生活に移植されることに、疑問を持ち始めました。アメリカ方式でないと、世界に通用しないものもあります。でも、それが良いことばかりではない、という当然のことが生活の中でも分かり始めたのです。
 日常では、食事や自動車は、アメリカ式は現代の日本に取り入れてもよいことはありません。
 新しい社会制度の国、豊かな物にあふれた国というイメージが取り除かれると、歴史上でアメリカが日本のことをどう考えていたか、また、現在のアメリカの外交の方針が日本にとって何をもたらすのか、についてもいろいろな角度からの見方を発見できます。
 でも、そうはいいながら、「アメリカ」と聞くと、とりあえず好意的な姿勢をとってしまうことも確かです。

 この回では、日本人のそんな様子が出ていると思いました。
 

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第40回
 婚活という言葉は最近の言葉です。もちろん、『それから』には出てきません。新語が必要とされるほど、現代の結婚事情が今までと違っているのだと思います。
 この回では、明治時代の結婚に対する考え方が出てきました。この時代にも、古い考え方と新しい考え方があったことが分かります。
 家と家の問題であり、親が決める。縁談として周囲が準備し、親や周囲と本人が決める。好きな人ができて、周囲の賛成を得て、本人同士が決める。
 この時代では、3番目は珍しいことだったようです。そして、「代助」は、結婚そのものを必要なことと考えていないのです。これは、当時としては相当に常識から外れていたのでしょう。

 結婚について、その時代の多くの人々がどう考えていたかを知ることはそこからいろいろなことが分かると思います。
 私は、本人同士が決めることだというふうに考えてきましたし、そのように行動しました。しかし、形だけとは言いながら、そこには家と家との結びつきという要素が残っていましたし、男性が新家庭の経済的な面の中心になるという慣習のようなものもありました。そして、その常識をなかなか拭い去れません。
 だから、現在でも、家計や家事・育児の中心は夫婦のどちらでもよいという現実を見るとちょっと驚きます。それだけに、「代助」の考え方は、当時としては相当に珍しかったのだと思います。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第56回
そこの「車」という小さなプレートが貼られているフックから鍵を取り

手にした鍵のアンロック・ボタンを押して解錠した
 ミステリーの謎解き場面ではないので、どうしてここまで細かい描写が必要なのでしょうか。そして、今後の展開に関係があるとは思えないこういう表現が気に入るのでしょうか。

『オモニ』 姜尚中
 食えなくて、困ったことはありません。お金がなくて困ったことはありますが、食う物もなくなったという経験をしたことはありません。私の周囲でも、めったにそういう実際を目にしません。

 この小説では、食うことに困り続けた生活が描かれています。食うために働き続けた家族が描かれています。そして、それは小説の中ではあるが、過去の現実を伝えていると思います。
 事実に基づいた記録とされる資料は、必ず分析と解釈が必要なのだと最近痛感します。
 「小説」は、どこまでいっても、「小説」ですが、そこから事実を読み取ることはできると考えるようになりました。『オモニ』には、私が生まれた前後の我が国の姿が描かれています。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第39回
代助はこの事件をそれほど重くは見ていなかったのである。
 こう書かれているということは、この事件がこれから「重く」なってくるのでしょう。
 小さな事がきっかけで、人生が変化することはあるものです。むしろ 大きな事だと考えていることよりも、その時は小さいとしか思えなかった事が、後から振り返ると、大きな転機になった場合が多いと感じます。
 最近までは、理想と主張があって、行動がそれに沿っていくと思っていました。でも、その理想と主張も、実は日常の不平や不満あるいは、好みや満足感が基になっているのではないか、と思います。

 頭が良く、感情も豊か、性格も穏やか、そういう人であっても、金がなくて友だちを救えないようでは無能力としか言いようがない。「代助」は、漱石は、これにどう反論していくのでしょうか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第40回
 主人公よりは、15から20歳は年上ですが、「広岡」が感じたようなことは私にもあります。
 40年前に住んでいた場所は、今の住まいと同じ市内ですが、かなり離れた場所でした。そこは、私が育った家も近所の商店街もほとんど変わってしまいました。私の小学校時代の同級生が跡を継いでいた布団店も、数年前に店を畳んでしまいました。変わらないのは、道路の様子だけのようです。
 40年間で、ずいぶんと変わるものです。それが、現代だけの特徴かと思っていましたが、江戸時代の商家も短いサイクルで変化していたことが、データ解析から分かったそうです。
 人が多く集まる商店街や人工的に作られた住宅街は、100年を待たずに変化するのは珍しいことではないのだという気がしました。 

TV番組 おぎやはぎの愛車遍歴 ゲスト落合努
 ゲストの年齢が近いし、いつものゲストのようにどんどんと外車を買えるような境遇になかった人なので、特におもしろく感じました。
 普通の収入の車好きには、ポルシェやフェラーリだけでなくて、フォルクスワーゲンのビートルだって、夢の車でした。実際に運転したのは、カリーナやブルーバードで、それも大事に大事に乗りました。だから、ベレGやスバル1000の話がよく分かります。

 自動車の楽しみ方はいろいろですけど、実際の生活で故障しないで使いやすくて、そして、売っている自動車の中で、その時に最も便利なものを選んできました。使いやすい車というと、国産車に勝るものはないと思います。
 4ドアセダンが便利だった頃、FFのハッチバックが便利だった頃、まだミニバンという呼び方がなくて1ボックスバンの乗用仕様が便利だった頃、そしてミニバン全盛なのに商用バンに辿り着いた最近、私の中でも遍歴があります。
 新車で1000キロ僅かしか乗らなかった憧れのハイエースを手放さざるを得なかったのが、去年の暮れでした。
 バンに比べるとちょっと寂しいのですが、今は、最新のミニバンの盛りだくさんの電子装置を楽しんでいます。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第38回
 文学、美術、音楽の才能に恵まれ、裕福な家柄に生まれ、健康で、自分なりの理由があって働かずに親の金で生活しているのが、「代助」です。そんな主人公が、ごく日常の金銭に関する質問で、手も足も出なくなる様子が書かれていました。
 現実のごく常識的な金の理屈とはこういうものだと思いました。
 ローン、リボ払いなどという言葉とシステムに隠されていますが、借金は借金だし、借りた金は利子を付けてなるべく早く返すというのが、借り手にとっての正しい理屈なのです。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第54回
 処方箋を持って、薬局へ行きました。薬局の窓口の女性の薬剤師さんとは月に1度顔を合わせます。私は、今まではそういう場合も、会話は最低限にしていました。
 「最近の血圧はどうですか?」
 「上が○○で、下が○○で、変わりありません。」
 「お薬の飲み忘れはありませんか?」
 「だいじょうぶです。」
 このくらい話せば、長い方でした。
 いろいろと、尋ねる患者さんもいるようですが、どうもそういうのは嫌いでした。
 最近は、他に待っている患者さんが多くないときは、少しは話そうと思っています。気温の変化と体調のことなどを。

 「広岡」は、何気ない会話から昔の記憶を呼び戻しました。そして、その記憶にある昔の印象が間違っていたことに気づきます。おもしろいと感じました。
 人をよく見ること、日常の会話を大切にすること、そんなことを、この回から思いました。

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