本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第41回
 「令子」は、「広岡」のことが分かった理由を、髪型が変わっていなかったから、と言いました。

 私は、40年前の知り合いと、人混みの中で出会ったら、その人を見抜くことはできないでしょう。相手も、そうだと思います。クラス会のように、昔一緒にいたことのある人たちに会うということが分かっているのではなく、偶然の出会いであれば、たいていは互いを認め会えないでしょう。
 でも、相手に対して、何か特別な感情を持っていた過去があるときは、また別だと思います。「令子」は、「広岡」の髪型のせいだと言っていますが、それだけではないでしよう。

 それにしても、私自身のことを考えてみると、40年ぶりといっても、私が20歳代後半の頃になります。私は今もそれほど変わっていないと思っていましたが、髪型も変わり、見た目はすっかりと別人になっ ていることでしょう。
「ああ、あ。」

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朝日新聞 折々のことば 鷲田清一 27

日本人は寡栄養に強く、過栄養に弱い。    肝臓の専門医

 
今の私の食事上の注意は、それほど厳密なものはありません。禁止とされている食材も特にありません。要するに、消化のよいものをなるべく時間をかけて消化器の負担にならないように食べること、と言われているだけです。
 退院後、下痢をしたことはなく、食欲もあります。便秘になりやすいので、それへは、処方された薬をのんでいます。
 でも、揚げ物や脂身の多い肉類は、摂りません。調子が悪くなるからです。
 いちばん、難しいのは、食べ過ぎないことです。

 
「日本人は寡栄養に強く、過栄養に弱い。」は、病気の人や回復期にある人に向けての言葉では、ありません。健康な日本人に向けての言葉です。ですから、それは私のような状態にある者へは、なおさら肝に銘じておかなければならない言葉だと思いました。

 現代は、栄養だけではなく、「過」よりも「寡」を指向することを考え、実行するのがよいのだと感じています。


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朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第28回
 過去を振り返ると、海外からの文物を有り難がって取り入れたことがいろいろとありました。食事の内容も、魚よりも肉、ごはんよりもパン、味噌汁よりも牛乳、それらが健康によいという時代に育っています。
 もっと大人になってからは、育児の方法、住宅の建て方、経済の理論、などは海外からのものの方が優れているという意見を、その通りだとしていました。
 普段聴く音楽、翻訳のミステリー、そして、映画にテレビドラマ、日本の作品よりは、海外の作品の方を多くみてきていました。
 海外といっても、そのほとんどはアメリカのものでした。
 ごく最近では、仕事上の人事評価や、就業形態までも、海外のものを積極的に取り入れていました。ただし、海外からの文物といっても、それは、日本人が翻訳、翻案したものばかりで、結局は日本の進歩的とされる人たちの意見や主張、日本のマスコミの風潮から取り入れたものでした。
 それは、やはりおかしいことです。海外からというなら、もっといろいろな国のことを調べるべきです。海外からというなら、それらが日本の土壌と異なる場所で成り立っていることに注意すべきです。
 大きな問題ではなくて、電気製品や自動車を見ても、使われる住宅環境や道路事情が違うということを感じてしまいます。

 「代助」は、この小説の時代なのに、西欧からの思想を簡単には有り難がっていません。さらに、当時の日本で、西欧思想を取り入れて有り難がる風潮を批判的に感じているようです。
 「代助」は、海外のものの考え方にも、日本の新しい出来事やものの考え方にも、同調する気持ちになれていません。
 彼の気持ちの落ち着きは、どこに得られるのでしょうか。少々心配にさえ感じました。

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朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第40回
 平日の昼間のデーパートへ行ってみて、驚きました。売り場を見歩いている人たちのほとんどが年上の女の方々でした。
 午前中のスイミングクラブのプールに泳ぎに行って、驚きました。プールの中は、90パーセントは年上の女の方々なのです。
 私は、既に高齢者の部類です。でも、私から見ると、年上の女の方々が多いのです。これは、他の場所でもよくあることです。

 ボクシングジムの中の様子が次のように描かれています。
広岡が、その女性のシャープな動きに眼を奪われていると、
 ボクシングジムへでも行かないと、シャープな動きの女性を見ることは、できないのでしょうか。 

TVで観た映画 『任侠ヘルパー』 監督西谷弘 脚本池上純哉
ラジオ番組 NHK第1 『日曜討論 何が必要 子どもの貧困対策』
 『任侠ヘルパー』は、テレビドラマでも観ました。テレビドラマで観たとき(2011年)は、娯楽ドラマとしては、高齢者の居場所の問題を取り上げていて、当時としては珍しいと感じました。
 映画の方は、最近テレビで観ました。ドラマよりも、毒がある感じで、原作に近いのか、と思いましが、原作があるのではなくて、テレビの脚本が先のようでした。

 先日放送された『日曜討論』を聴きながら、この映画を思い出しました。映画は、高齢者の施設を舞台にしていましたが、シングルマザーの女性が二人登場しています。
 映画に登場したこの二人の女性は、それぞれ子どもがいました。その生活ぶりは、『日曜討論』で報告されていた現実の子どもの貧困状況と重なっていました。
 映画とドラマの中ですが、高齢者の居場所がないという状況は、現実の状況と重なります。
 そして、高齢者の問題よりは、最近になって取り上げられ出した、子どもの貧困が増加しているという現実も、映画『任侠ヘルパー』と、重なると感じました。
 この映画とドラマが、番組『日曜討論』のように、現実の問題を洗い出すというねらいをもっているとは思えません。さらに、この映画とドラマの主人公のような行動が、この二つの問題を解決する糸口になるとは、決して思えません。しかし、現実の一端を描いていると感じました。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第39回
 嫌いなことは、待たされることです。病院で待たされるのは、辛いことです。予約があるのに、その時間よりもどんどん遅れたりすると、いっそ予約などない方がよいと思ってしまいます。今の私のように、病院に慣れてくると、というよりは、慣れるより他ないと、少しは気が楽になります。先日の医師との会話です。
「食事はしてきましたか?」
「CT検査があるかもしれないと思ったので、食べずに来ました。」
「さすが、検査慣れしてますね。」
 こういうことで、「さすが……」と言われるのは、なんの自慢にもなりません。
 行列のできる食べ物屋などは行きません。すんなり食べることができるのも、味の内です。

 「広岡」は、ジムに行ってみました。会おうと思った女性、そのジムの会長は留守でした。ジムのトレナーは、次のように言います。
「もしお急ぎでしたら、携帯に連絡しますけど。」
広岡は軽く手を振って断った。
「いや、急ぐようなことじゃない。」
 かっこいい!

『病床六尺』正岡子規
 次のような一文からこの日の日記は、始まっています。
病勢が段々進むに従つて何とも言はれぬ苦痛を感ずる。
 この日の最後に近い部分では、書き出しと逆の気分になっています。
この日はかかる話を聞きしために、その時まで非常に苦しみつつあつたものが、にわかに愉快になりて快き昼飯を食ふたのは近頃嬉しかった。
 「
かかる話」とは、「同病相憐れむ」存在であった人の、亡くなる間際の様子についての話でした。それが自分の今の状態と非常に似ていることを知ったことが、子規を喜ばせたのです。
 それだけを読むと、かえって暗い気持ちになるのではないかと思わせられます。しかし、子規は、その話から、家族や看病の人に当たり散らすのが、病気の苦痛ゆえであることを確かめられたのでした。子規は、看病してくれる人たちを叱ったり、当たり散らす自分が嫌だったのでしょう。そして、それを自分の責任のように思ったのでしょう。でも、自分の病状とよく似た状態の人が、同じような行動をしていたことを知って、それが、病気が原因の行動であること知り、嬉しかったのだと思います。
 
 「同病相憐れむ」は、よい意味でつかわれることの少ない熟語です。しかし、同じ苦痛をもつ人同士が、互いの気持ちをよく理解し合えるものでしょう。自分の悩みと苦痛を、一人で抱え込まないで理解してくれる人に話すという行動は、それだけで、その悩みと苦痛を和らげる効果があると思います。その意味で、現代でも、同じ病気の人同士の交流は、大切なことだと思いました。
 

『病床六尺』  正岡子規
朝日新聞連載記事 「患者を生きる」
 『病床六尺にある正岡子規と、現代の「患者を生きる」の患者さんとの違いは、受ける医療にあります。病気についての気持ちには、共通するものが多いと思いますが、治療に関しては大きく違います。
 子規は当時としては進んだ治療を受けていたようですが、この病は不治という考えから抜け出すことはできないのでしょう。そのせいか、医師や治療についての記述は詳しくありません。
 一方、現代の「患者を生きる」は、連載記事のねらいということもありますが、治療についての事柄が詳しく書かれています。
 私の場合も、病気が分かってからは、治療についてのことが最大の関心事になりました。そして、家での生活よりは病院の中でどう過ごすかということが、いつも頭にありました。
 どんな病気でも、医療的になんらかの治療方法がある、あるいは今はなくても、明日にもそれが開発されるかもしれない。このことが、よく知られるようになったのは、時代として見ると最近のことだと思います。そして、その医療を受ける可能性が高いのは、世界でも日本はまれなのではないでしょうか。

 『病床六尺』の生活から見ると、現代の病との取り組み方は、病人の苦痛を軽くすることと、治る見通しをもてることで、比較にならないくらい現代が進歩しています。
 しかし、進歩発展の裏には、必ず何か失ったものがあるはずです。それについては、私はよく分かりません。しかし、現代は、病気に罹った人が「病人」というよりは「患者」になることを、意識してしまいます。
 そう考えると、病気に罹った現代の人は、医師と医療スタッフの方々との連携が何より大切だと思いました。また、病院での「患者」としての過ごし方を、患者自身が考えることが必要だ、と感じます。

   

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第38回
 作者沢木耕太郎自身の思いでもあると思いたいくらいです。
 その商店街を買い物袋を手にした女性や学校帰りの高校生たちが歩いている。
 これはロサンゼルスにはない風景だな、と広岡は思った。ロサンゼルスにはというより、アメリカにはない風景であり、もしかしたら他のどんな国にもない風景なのかもしれない。駅前の狭い通りにさまざまな小さな商店が密集し、そこだけで生活に必要なほとんどすべてが揃ってしまう。
 ストーリー展開には関係の薄い場面でしょう。でも、私も同じ気持ちをもちました。

 商店街を知っていて、そのよさを懐かしむことのできるのが私たちの世代です。だからこそ、買い手である私に今できることは、商店街、個人商店で買い物をする、という行動です。
 商店街がなくなって、私の街では高齢者の買い物の困難が問題になっています。現実に、私が入院している間は、我が家でも買い物に不便を感じていました。私も車の運転を自由にできなくなる時期が来ます。その時には、今まで便利に使っていたスーパーでの買い物が不便この上ないものになります。
 政治や、小売業の制度の欠陥もありますが、消費者である私たちにも原因があります。アルバイト店員の多い店を信用しない、ということより、同じ商品を安く買えることを優先させてきました。
 商店街を残す、ということは、もう難しいかもしれません。でも、安く買えることが一番という考えから、物の値段には、家から商店までの距離と、売っている人はどういう人なのかが、含まれるという考えに改めることも必要だと思います。

朝日新聞連載小説『それから』第27回
 「代助」の兄の言うことはいちいち常識に沿ったものでした。
 友人に貸すための金を出すつもりはない、前の勤め先を飛び出してきたような友人の面倒を見るつもりもない。こういう「兄」の考えは、世間的には正しいとされる意見です。
 一方、「代助」の方は、「平岡」になにか恩を受けたのでも、強い同情心をもっているのでもないようです。ひょっとすると、「平岡」のことよりも、妻の「三千代」のことの方が心配で、気をもんでいるのでしょうか。それは、今後分かってくると思います。
 元々、「代助」は、義理人情で動く性格ではないですし、「兄」の言っていることがもっともだと分かっています。
 今回の彼は、資産家の一員でありながら、友人の頼みに応えようとしても、それがちっともうまくいかないという困った状況に追い込まれています。

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朝日新聞連載小説『春に散る』第37回
 「広岡」と、今はジムの会長をしているという女性は次のように会話します。
「お嬢さんはないわね。いくつになったと思ってるの」
「でも、やっぱり……」
「そういえば、広岡君って、私の名前を呼んだこと、一度もなかったわね。」
「お嬢さんは、お嬢さんですから。」
 過去の二人がどんな事情の関係だったか分かるだけでなく、「広岡」がどんな気持ちと態度でこの女性に接していたか想像できます。そして、この女性が、そういう「広岡」の態度に飽き足らない思いを持っていたのではないかと予想できます。

 「お嬢さん」という言い方を、あまりしなくなったと思います。
 辞書を見ると、「お嬢様」の項で、①相手や主家の娘の尊敬語 ②未婚の女性に呼びかける語。 ③苦労を知らずに育った女 とありました。以前は、①が多くつかわれていた意味でしょう。この言葉だけでなく、尊敬語全般をつかう機会が減っているのだと思います。上下関係といわれていた関係を意識しなくなって、尊敬語もつかわれなくなってきています。尊敬語はつかわれる場面がなければ、どんどん忘れ去られていくと思います。
 「お嬢さん」が通じなくなってきたら、こういう場面ではなんと呼べばよいのでしょうか。

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朝日新聞連載小説『それから』第26回
 友人の妻から申し込まれた借金について、「代助」と兄のやりとりが書かれています。
 金銭がからむと、兄弟の間柄とはいえ、打算と駆け引きが始まりました。「代助」は、自分自身のための借金ではないのですが、兄の出方を探り、兄から金を出させるための策略を考えています。「代助」は、実生活のそういう画策を最も嫌う性質だったはずなのに、いろいろと考えざるをえなかったようです。

 今の世の中でも、金の貸し借りが人間関係を壊す例はいくらでもあります。最も親しい者同士が、金の貸し借りをきっかけとして、争う例にも事欠きません。親しく、仲がよいからこそ、こじれると泥沼にはまるのでしょう。
 金銭は、非常に便利なシステムですが、便利さの裏には、とんでもない害となる面もあることを常に考えます。お金は、元来は、物やサービスと交換するシステムですから、貸し借りや蓄財に使う場合にはそれなりの注意と知識が必要なのだと思います。

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朝日新聞連載小説『それから』第25回
 実社会で活躍する人と言っても、「代助」の兄のことですから、一般の勤め人とは大違いでしょう。しかし、経済が発展していっている国で、実業の世界を生き抜いている人のものの考え方としては、一般の会社員や商社員と共通する部分もあると思います。
 「代助」の兄は、多くの会合に出て、夜は仕事上の付き合いをして、家にいる時間が短いという毎日です。話すことといえば、新聞に出ているようなことばかりで、文芸にはまるで興味がありません。そして、そういう生活に慣れきっている様子です。

 これは、少し事情を変えると、昭和の日本の会社員の姿と重なります。国の経済が右肩上がりになっている時のビジネスマンの姿は、時代が異なっても似てくるのでしょうか。
 最近のビジネスマンがどんな様子かは、私にはよく分かりません。働くこと以外の時間がない、というのは似ていますが、平成の働く人たちは、明治から昭和にかけてのころよりも、より過酷な状況に追い込まれているような気がしますが、どうでしょうか。

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朝日新聞連載小説『春に散る』第36回
 「黒いスーツ姿の女性」と「広岡」の関係がだんだんとはっきりとしてきました。そして、それが、会話で表現されています。
女性はいくらかからかうような口調で言った。
 表情や動作ではなく、会話とその口調を書くことで、いろいろなことが説明できることが分かります。電話だと、口調は、なかなか伝わらないと思います。同様に、電子メールは、文章によるニュアンスを伝えるには、手紙とは別のものになるような気がします。
 この小説から、対面しての会話が、いろいろなことを伝えることに気づかされてきました。さらに、同じ言葉を口にしても、口調で伝わるものが違ってくることを考えさせられます。
 通信機器に使ってのコミュニケーションが便利さを提供していますが、同時に対面しての会話とその会話に含まれる口調の役割を忘れつつあると思いました。
 

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朝日新聞連載小説『春に散る』第35回
 私が、誰かと久しぶりに会ったことがあるだろうかと思い出してみました。同窓会の類はほとんど行かないし、生まれ育った土地から遠くへ引っ越したということもないので、ほとんどそういうことはありません。
 珍しく出席した同じ職場のOB会に行き、30年ぶりくらいに会う人たちと話したことがありました。その折りもみんなそれなりに年を取った、人によって年の取り方には違いある、などと感じたくらいでその会が特別に楽しかった思い出はありません。いわゆる昔話をすることに興味を持てないからなのだと思いました。どうして、思い出話を楽しめないのかというと、自分でもその理由が分かりません。

 「広岡」は、試合後の会場で、「黒いスーツ姿の女性」と眼を合わせました。「広岡」の方からは、何も言わないのにその女性は、彼のことに気づきました。40年ぶりと言うと、この二人がほぼ同じ年齢として、10代で会っていても50歳代になっています。見ただけで、気づき会える年齢の限界に近いような気がしましたし、二人の交流はかなり緊密なものだったことが分かります。

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