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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第252回2017/9/16

 常識のある嫁なら、夫俊介に言って、義母幸子の度を越した信仰に意見をさせるだろう。春江が自分から動くとしても、先ずは義母へ直接話をするだろう。そうしないで、新宗教の親玉幸田との直接対決を春江は選んだ。
 春江は、どう出るか?威勢のいい啖呵で喧嘩腰になるか?それとも、何を言われてもめげないで、粘り強く応酬するか?
 いずれにしても、ここで春江の本性が描かれるように思う。
 マツは、病気の妻がいる権五郎の所に入り込んだ。権五郎が死んでからは組を潰してしまって、女中にまで落ちぶれた。義理の息子の喜久雄が役者になってからも自ら進んで働いている。表面を見ると、マツはそういう女だ。しかし、マツの表面と内面は違う。
 春江も、表面と内面は違うと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第251回2017/9/15

 女、とりわけ母の意志が、物事を決めている。
 マツがいなければ、喜久雄に歌舞伎の素養は育たなかった。幸子がいなければ、俊介と喜久雄の関係は保たれなかった。東京の舞台で役のつかなくなった喜久雄を立ち直らせたのは、母となった市駒だ。俊介がこの十年余り生きてこれたのは、春江がいたからだろう。
 その春江が母となって、以前の面影のない幸子とともに、大阪の屋敷にいる。俊介の舞台復帰の前に、春江が丹波屋の若女将として、動きそうだ。
 背に刺青を背負い、何度も落ちる所まで落ちながら、強く生きている春江。なんとも、魅力的な女で母だ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第250回2017/9/14

 こういう喜久雄を見たことがない。いや、これに近いことはあった。大阪弁に慣れようとして、なかなかなじめなかったのが、いつの間にか大阪弁になっていた。それは、極道の息子から役者への転生でもあった。
 大阪弁から東京弁への変化は、あの時よりも劇的な転生になると思う。

今後につながりそうな要素
①喜久雄は、俊ぼんと丹波屋のことより、自分のことを考えようとしている。
②喜久雄に抱きつかんばかりに現れた彰子は、江戸歌舞伎の大看板、吾妻千五郎の次女で、大学生であること。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第249回2017/9/13 

 喜久雄と俊介は、対等の関係になったことがないし、これからもなれない。
 喜久雄が初舞台を踏む前は、稽古で同じように扱われていても、御曹司の俊介と素性の分からない喜久雄にはあまりにも歴然とした差があった。『娘道成寺』で、二人揃って人気が出た時は、喜久雄は歌舞伎役者の端くれとして認められたというだけで、俊介の御曹司の立場は揺るがなかった。
 それが、白虎(半二郎)の交通事故による代役で、立場が大逆転した。その逆転は、俊介の出奔、喜久雄の襲名で更に固まった。
 この二人は私的な面では和解しても、芸の上では常に争い続ける関係に運命づけられている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第248回2017/9/12 

 痛めつけられて、歌舞伎の舞台に立つことができなくなったが、綾乃と市駒と時間を過ごすことで、立ち直った喜久雄だった。その喜久雄を、『太陽のカラヴァッジョ』の時よりも、重く厚いものがじわじわと責め上げ始めたようだ。
 「凄惨を極める暴行を受ける」歌舞伎の女形だった兵士よりも、もっと辛い目に遭わされる襲名した歌舞伎役者が、喜久雄の今後だと思う。

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