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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第243回2017/6/4 

(略)二十歳と三十歳の男が変わっておらぬはずもなく、それがただ年相応な外見の変化であればよいのですが、さっき再会した俊介にはそれ以外の変化、たとえば二十歳のころには笑っていたことに、もう笑えなくなっているような、未(いま)だに肩は叩(たた)き合えるのに、その力加減が違うような、そんなちょっとした冷たさが伝わってきたのでございます。

 前回で、伝わって来た「悲しみ」は、こういうことであったのか。
 いや、このことだけではない。また、三友や竹野が企てていることにつきまとうものだけでもない。もっと、その奥にあるもののようだ。


 姿を隠していた間に俊介と春江に何があったかは、どうでもよくなってきた。現在の俊介と春江がどんな人間になっているのかを知りたい。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第28回2017/7/21  第6話 龍宮の友達①

あらすじ
 睦美は、イラストレーターだがビルの清掃のパートもしていて、夫と高一の娘の三人暮らし。細田さんは、六十代半ばのパートの同僚で、一年前に夫を亡くしていた。
 睦美は、娘の日芙美が学校に行こうとしないし、夫が不倫をしているらしい悩みを抱えている。睦美は、細田さんと特別に親しい訳ではなかったのに、自分の悩みを打ち明ける。細田さんは、それを静かに聞いてくれた。
 睦美は、悩みを持ちながらも、実家の地元のチーム白馬FCの試合を観に行くようになる。

感想
 第六話の主人公も、近頃では珍しくない境遇にある。でも、不登校と不倫が珍しくないと感じるようになったのは、いつ頃からなんだろう?
 それに、イラストレーターという本業がありながら、パートもするというのも普通のことになった。
 本当に世の中変わったもんだ。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第27回2017/7/14 第五話 篠村兄弟の恩寵⑤ 第5話了

あらすじ 
 靖は一人ではあるが、嶺田さんにメールをしたりして、試合前の時間をのんびりと楽しんでいる。試合は、リードされていた奈良が後半得点して、3-2で伊勢志摩に勝利した。奈良FCは、プレーオフに行けることになった。そして、伊勢志摩ユナイテッドの窓井はこの日の得点で、得点王になった。
 移籍前のチームである奈良のサポーターの前で、お辞儀をする窓井を見ながら、靖は、改めて窓井をかっこいいと感じた。
 選手たちの挨拶が終わった後、靖は、昭仁の姿を捜す。昭仁とは、会う約束もしていなかったので、捜すのをあきらめようとした靖の目に、兄を待っている昭仁の姿が入ってきた。

感想
 チームを応援する兄と、一選手を応援する弟の両者が対決する最終節だった。兄の応援するチームが勝ち、弟の応援するチームは敗れはしたが、応援している選手は得点王になった。
 実生活では、助け合ってきた兄弟が、兄の転勤で別れる日が近い。兄の靖は、弟の昭仁のことを心配していたが、この最終節で互いのわだかまりが解消した。
 心配する方は、相手のことを思っているようで、実は自身に不安があるからなのだ、と感じる。これは、兄弟の場合でも親子の場合でも当てはまるであろう。
 第1話から第5話まで、現代を普通に生きる人々が描かれている。そして、その普通に生活している人々の悩みが、緩やかに解消されていく様子が描かれていて、読んでいてほっとする。
 ただ、その悩みや不安の解消が、全てサッカー観戦だというのは、サッカー観戦に興味のない私にはなんとも腑に落ちない感じがしてきた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第241回2017/9/4

その一
 三友本社と竹野の話はすっかりまとまっている。俊介を見つけ、その芸を万菊に見せたことなどの事実は、喜久雄には伝わっていない。
 竹野が考えた「失意のまま見世物小屋の芸人にまで落ちた元丹波屋の若旦那がもし見事に舞台に復活」(237回)を、テレビで特集するという構想は進んでいるのであろう。

その二
 ここのところ、徳次の行動がどうも引っかかる。
①『太陽のカラヴァッジョ』の撮影で喜久雄が受けた扱いを、徳次は知らない。
②市駒、綾乃、喜久雄の所に来た徳次の目的が語られていない。喜久雄の気持ちが回復したことを読者に伝える役目だけだったのか?
③俊介発見が喜久雄に伝わった場面(今回)で、徳次の行動が妙に詳しく語られている。俊介を非難しているのも気になる。


 俊介が舞台に復活するための筋書きは、万菊の力もあって、既にでき上がっていると思う。そして、歌舞伎への意欲を取り戻した喜久雄には、「三代目半二郎の名跡を奪った喜久雄を完全な悪役にする」(237回)という筋書きが待っていると思う。
 
 センセーショナルな事件ほど、最も関係の深い人にさえ真実が伝わらない。報道機関や周囲の人々は、事実や当事者の心情に関わりなく、よりセンセーショナルな方向へと、世間の傍観者を誘導しようとする。それが世の中の常であると感じる。

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