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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第213回2017/8/7
 
 赤城洋子が死んだと思っていたら、命は助かっていた。
 物語が大きく発展する要素が少しずつ姿を現す。前に予想したこと(206回感想) のほんの一部も当たっているかもしれない。
①喜久雄に歌舞伎以外の活動の話が出てきた。
②赤城洋子のことに関わって、辻村の名が出てきた。
③喜久雄が歌を口ずさむ場面が出てきた。

 喜久雄の八方塞がりの現状を救う登場人物として、今は徳次と弁天が物語の舞台に立っている。しかし、この二人だけではどうしようもないであろう。
 徳次と弁天が動くと、どうしても春江を思い浮かべてしまう。いきなり、俊介の再登場までいかなくても、春江が何かを引き出すのかもしれない。
 また、辻村が赤城洋子を救うとなれば、喜久雄は辻村に近づかざるを得ない。辻村が、喜久雄のために何かをすれば、その見返りを必ず求めるはずだ。赤城洋子を助けた見返りを、辻村に要求されれば、喜久雄は歌舞伎以外の舞台に立たざるを得なくなるだろう。
 辻村や春江だけでなく、物語を転換させる人物も現れるだろう。
 喜久雄の現状を打破する出来事は、歌舞伎の現状を打破する出来事にもつながるのかもしれない。
 先の展開に、期待が膨らむ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第212回2017/8/6

 徳次が考えていたことは、喜久雄に映画出演をどうやって納得させるかだった。
 今までに何回も喜久雄が映画出演に魅力を感じていないことは出てきていた。しかし、それほど歌舞伎に魅せられているというのは、やはり特別なことだと思う。舞台役者であろうが、歌舞伎役者であろうが、映画出演に全く興味を示さない役者は、相当な変わり者といえるのではないか。

 喜久雄がいい役に付けないだけでなく、歌舞伎自体の人気の凋落。喜久雄の映画出演の可能性。赤城洋子の自殺。これらが、どう結びついていくのか、全く先が読めない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第211回2017/8/5

 弁天からの電話を切りますと、すぐにでも喜久雄に知らせたい思いを抑え、徳次はしばし自分なりに考えるのでございます。

 これは、今まで出てきたことのない徳次だ。徳次が「自分なりに考える」なんて、驚いた。
 さあ、どんなことを考えるのか、予想のつけようがない。
 語り手は、当時の歌舞伎人気の凋落ぶりを語っている。また、喜久雄には、今では映画界から声もかからぬようになっていることも語っている。
 そうなると、歌舞伎役者としての人気を借りて、映画出演するのではだめだということだろう。また、生え抜きの映画俳優のような演技をするのもだめだろう。
 当時の歌舞伎界の実情を反映するような役回り、歌舞伎役者としては異例の生い立ちを持つ喜久雄の現実を反映するような役回り、そのようなことを、徳次は考えるのかもしれない。
 でも、そのようなことを考えて、清田誠監督に提案するのは、あまりに徳次らしくない。
 さあ、どういう展開になるか、さっぱり分からなくなってきた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第210回2017/8/4

 喜久雄の新たな舞台は、テレビだと予想していたら、そこに一枚弁天が加わるという仕掛けがあった。
 実におもしろい。

 持ち芸をとことんテレビ向きにして人気者となった西洋花菱は、それでもまだ芸人の伝統につながるものを持っている。それが、弁天になると、持ち芸を中断し、芸人としてのネタを捨てることで、テレビの人気者となった。
 こういう時代の風潮を、実際に見聞きしているだけに、なるほどと思わせられる。
 
 弁天と徳次が北海道から逃げ帰ったエピソードが、ここでまた頭をもたげた。ということは、清田誠という映画監督が重要な人物になるのか?
 このまま、いけば喜久雄が再び映画出演ということになりそうだ。だが、電話を受けたのが徳次だというところがひっかかる。ここにも何か仕掛けがあるのか?
 先が楽しみ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第209回2017/8/3

 一人の役者だけの芸の上達が名優になる道ではないところが、歌舞伎の特徴なのだろう。歌舞伎に留まらず、古典芸能全般にいえることだと思う。伝統を守ることができなければ、歌舞伎役者としては認められない。しかし、伝統を継承するだけでもいけない。常にそういうせめぎ合いの中で、伝統を継承しつつ新しいものを創り上げる役者が名優と評されるのであろう。
 喜久雄は、いつの間にかそこに気づいていた。俊介が「山」で、自分は「一本の木」だと考えられるところが、すごいと思う。
 悔しい思い辛い経験を散々することによって、主人公が物事の本質をつかんでいく様子が鮮やかに描かれていると感じる。
 
 弁天は一端の芸人になっているようだ。弁天は、営業を紹介するだけでなく、もっと他のことをも、喜久雄と徳次にもたらすのかもしれない。

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