本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月6日分  「広岡」の視点から、その場所の様子が、次のように書かれています。 街にはあまり人通りがない。それでも扉を開け放ったパブからは音楽に合わせてがなり立てる観光客たちの歌声が聞こえてきたりする。それが逆に、人のいない観光地のわびしさを感じさせる。  通りを行く人々の様子、聞こえて来る音、見えている建物、それらを一度に思い浮かべることができます。沢木耕太郎の文章はすごいものです。「人のいない観光地のわびしさ」が、伝わってきました。 朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月7日分  「広岡」は、バーに入ります。そこのテレビでは、ボクシングの試合が流されていました。 ボクシングは見たくない。  「広岡」は、元ボクサーなのか、と思いました。ボクサーとしての過去に嫌な思い出があるのでしょうか。医者に運転を止められているというのも、ボクシングの後遺症なんでしょうか。 朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月8日分  偶然に起こったことがその後の人生を変える。ドラマの中でよくあることです。    私の場合で、実際に何かの偶然が自分の人生を変えたということがあったでしょうか。そんなことは現実にはほとんどない、と思いました。  でも、少し考えてみると、現実の人生は、全て偶然に起こったことに左右されてきたのではないか、という気もします。  思った通り、計算した通りには、物事は進みません。でも、出来事の結果は、偶然だけでなく、自分の意思と意図が入ってきたのでしょう。  そして、年を取ると、だんだん偶然の力を強く感じるようになるのは、私だけなのでしょうか。  この小説では、偶然に目にしたボクシングの試合中継が、これからの鍵になりそうです。 読んでいただきありがとうございます。 この連載、おもしろくなってきました。 クリックしてもらえればうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ  

 ブログは、誰かが読んでくれるから、かっこいい文章を書きたいと思ってしまいます。かっこつけたってしょうがないというのは分かっているのですけど。  この小説は、笑いを狙っているので、変でかっこわるい書き表し方がいっぱい出てきます。  「橋本」は、おかしな表現にかけては、底なしです。 竹輪の穴のようなトンネルを抜けると、そこは北国だった。 彼と彼女は即席ラーメンが出来あがるぐらいの間、じっと見つめあっていた。  普通は使わない直喩でしょう。でも、トンネルの比喩として「竹輪」はある意味、ぴったりだと思います。また、「即席ラーメンが出来上がるぐらいの時間」というのも、実際の生活では、よく感じる時間だと思います。3分間も見つめあうとしたら、よほどこの二人は惹かれあっていたのでしょう。  変でおかしな表現と、多くの人が感心するようなうまい表現とは、紙一重だという気がしてきました。  とにかく、私のような素人は、どこかで覚えてきたうまい表現を、自分の文章につかわないにこしたことはありません。 読んでいただきありがとうございます。 『吉里吉里人』の主人公は徹底してだめな作家に描かれています。でもそこには物書きの気持ちもずいぶんと描かれていると感じます。 クリックしてもらえればうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月5日分  旅先で食べる場所を選ぶのは、楽しみでもありますが、面倒くさくもあります。ガイドブックに載っているようなレストランや名店を選ぶほど食通ではありません。地元の人たちがなじみにしているような気取りのない所がよいのですが、そういう所を見つけるのは難しいものです。  そこで、駅前のごく普通の食堂に行き当たりばったりで入ることが多いのです。そうすると、味も雰囲気もどこにでもあるごく普通のものなのでした。でも、それはそれでよいとも言えます。 簡易スタンドがレストランになったようなメキシコ料理の店  「広岡」は、そんな店を選んでいます。    どこで、どんなものを食べるか。人の考え方、生き方がそこにも表れるものなのです。  例えば、「蕎麦はあの店以外では喰わない。」などと自慢げにいう人とは付き合いたくありません。 読んでいただきありがとうございます。 「広岡」は、なんだかカッコいい人物ですね。 クリックしてもらえればうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説『それから』 平成27年4月6日分  「大助」は、書生の「門野」のことをずいぶんと見下しています。  大助から見ると、この青年の頭は、牛の脳味噌で一杯詰まっているとしか考えられないのである。  「門野」のことを見下している理由は次のようなことです。話が込み入ってくると理解が遅い、論理的なことになるとまるでついて来られない、さらに神経に細やかな所がない、とこき下ろしています。  一方で、「大助」自身のことは、    細緻な思索力と鋭敏なる感応性 の持ち主である、としているようです。  これが当てはまるとしても、「大助」という主人公は、なんとも高慢でいやな奴です。  ところで、私は、自分の頭に牛の脳みそが詰まっているとは考えたくありません。込み入った話にもついていけると思っています。だからと言って、自分のことを、細緻な思索力と鋭敏なる感応性の持ち主とも思いません。  だが、思索力や感応性がないか、というとそう思いたくありません。いや、人よりはものを深く考える、人よりは少しだけ鋭い感性をもっている、と思いたいのです。思いたいだけでなく、実は自信がある……ような気もしてきます。    他の人を軽蔑するようなことを言ってはいけない。自惚れてはいけない。そういう風に、常識としてもっているだけで、内心では、「大助」に近いか、「門野」に近いか、と言われると、断然「大助」に近いのでしょう。    連載を読んだだけでは、主人公を嫌なやつと思いましたが、感想を書いてみると、自己を振り返ることになってしまいました。 読んでいただきありがとうございます。 毎日感想を書くと、読んだだけとは違うようです。 お手数ですが、クリックしてもらえれば励みになります。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月4日分  旅行にしばらく行っていないので、ホテルに泊まることも数年ありません。  旅行に出かけていたころは、ホテルへのチェックインのときには何か特別な気分になるものでした。普通のビジネスホテルと知っていても、そのホテルの雰囲気やその宿泊地の特徴などが伝わってくる場合もありました。また、部屋のドアを開け、室内に入るときも、初めて訪れた駅に降り立つ気分にも似ていました。  この回で、主人公の名前が分かります。「広岡仁一」、アメリカにいる日本人です。英語に不自由はなさそうで、経済的にも不安はないようです。 荷物は柔らかそうな革でできた古いボストンバッグ型のものがひとつだけだった。  このように、「広岡」の様子が描かれています。  男が短い旅行でもキャリー付きのバッグを持つようになったのはいつ頃からでしょうか。バッグをひとつだけ、しかも古い。やっぱりそうでなくちゃ。  私も古いものを大切に使おう。 服装や持ち物の描写で、登場人物のイメージが作られていくのですね。 よろしければクリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説 『春に散る』沢木耕太郎 4月3日分  私は、もう数年旅行に行っていません。旅行に出られないわけがあって、毎日外には出るが、自宅を離れることをしない生活が続いていました。  旅先での出来事がこの回に出ていますが、なんだか、私も旅行に行きたくたりました。  主人公の目的地は、アメリカの最南端の地のようです。そこは、仕事で行くような場所ではなく、かと言って賑わっている観光地でもないようです。主人公は、その地の数少ない名所が目的でもないようです。  さびれた雰囲気の観光地へ、他の人は使わないタクシーで向かう「男」、その場所に何か思い出でもあるのでしょうか。 読んでいただきありがとうございます。 毎日の連載は、作者には大変でしょうね。毎日の感想は楽しいです。 クリックしてもらえればにうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

『ダ・ヴィンチ』2015MAY 「特別対談 北野武×荒木経惟」  写真と映画のフィルムの良さを、北野武と荒木経惟が話していました。  フィルムは、昔のように盛んに使われることはもうないと思います。でも、フィルムカメラでの撮影、プリントと、フィルムによる映画上映を、なくしてはならないと思いました。  フィルムを使うと味わいや懐かしさが増すというだけではないことが分かりました。フィルムを介した映像は、デジタルとは異なる原理で、人間にものを見せるということが、対談の中で強調されていました。  どちらも、名前が「カメラ」でも、フィルムカメラとデジタルカメラは、別の物ととらえるなら、どちらを選ぶかということではないでしょう。  私は、フィルムカメラを持っていますが、めったに使いません。現像、焼き付けを自分でできないのが、弱みになっています。でも、フィルムが手に入るうちに少しでも撮っておこう、と思わされました。  この対談を読んで、もうひとつ、おもしろかったことがあります。 俺もきっとフィルムと同時に消えていくんじゃないの。 荒木経惟 いいジジィだな、いい顔のジジィになったって言われたいなって。 北野武  こんな風に、ジジィを自覚して、消えていくことを認めながら、生気に溢れているところが、いいと思いました。 読んでいただきありがとうございます。 最近はレコードも見直されていますね。ジジィのこともおおいに見直してほしいところですね。 クリックしてもらえればさらにうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ       

TV番組 「ハナタレナックス」「サワコの朝」  大泉洋は、NHKの朝ドラマでダメな父親を演じています。大口ばかりたたいて、さっぱり実行できない、それでいてどこか憎めない所を持っている、そういう役を演じたらピッタリの役者だと思います。  泉ピン子は、言うまでもなく、イジワルな女を演じたらピカイチの役者でしょう。  その二人を、それぞれ違うトーク番組で視聴して気づきました。  二人とも、見てきたことを、おもしろく話す能力が抜群に高いということです。  泉ピン子は、芸能界に入ったきっかけを、芸人さんたちに「見てきたことをうまく話すおもしろい娘(こ)だ。」と言われたことにあったと、話していました。  大泉洋は、ナックスのメンバーに、自分の周囲にいたおもしろ人間のエピソードを、熱弁と言える勢いで紹介していました。おそらくこの話は何度も聞いたことのあるはずのナックスのメンバーは爆笑していました。視聴者がおもしろくないはずはありません。  見たこと、経験したことを、おもしろく伝えられる才能って、すごいことなんだと思いました。 読んでいただきありがとうございます。 ブログの記事も、おもしろさが伝えられたらと思いますね。そのためには、まずは筆者がおもしろく感じることでしょうね。 クリックしてもらえればさらにうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ      

朝日新聞連載小説『それから』 平成27年4月3日分  学校へ行くのでもなく、職を探すのでもなく、自宅中心にただ時間を過ごす若い世代のことが、新しい現象として注目されています。そういう人たちのことを、「モラトリアム人間」と呼ぶこともあるようです。  主人公「大助」の家の書生である「門野」は、現代の見方なら「引きこもり」に近い生活を送っていた若者ということになるかもしれません。ただし、「門野」は、現代の何もしていないように見える引きこもりの人に比べると、自分のことをよくしゃべります。  この小説の時代は、不景気だったとあります。世の中、不景気になると、ただ怠けているように見える若者が出てくるのでしょうか。  それとも、好景気で、学校を卒業した若者が、ほぼ全員たちまち職に就いてしまう社会の方が、珍しいのでしょうか。 読んでいただきありがとうございます。 『それから』は、明治時代の連載と同じ分量で、現代も連載されているようです。 ストーリーの展開は、はでではありませんが、毎回の切れ目は鮮やかだと思います。 クリックしてもらえればうれしいです。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎4月2日分  その場に似つかわしくない服装や行動をする人はいつも他人の目を惹きます。  レンタカーを自分で運転した方がよっぽど安く行ける長距離の目的地に「客の男」は、タクシーで向かっているのです。  タクシーのドライバーにそのわけを尋ねられて、「客の男」は、答えます。  「医者に運転を止められているんだ。」  医者に運転を止められるというと、身体的に障害がある、発作が起こるような病気がある、精神的な障害がある、などが考えられます。タクシードライバーが尋ねているところから、身体や精神状態にはっきりと分かるような障害があるようには見えません。 読んでいただきありがとうございます。 毎日連載への毎日感想です。続くかどうか、自信がありませんが、やってみています。 クリックしてもらえればさらにうれしいです。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説『春に散る』4月1日分  道を進みながらその途中途中で物語も進むというスタイルの映画があります。こういうスタイルの映画、ロードムービーが好きです。   『春に散る』の第1回は、次のように、  アメリカの国道1号線、ルート1は、 と道路の説明から始まります。  挿絵(中田春彌画)からも明るく広大な風景の中を貫く1本の道がイメージできます。  ところが、このルート1を走って行くのは、 いま、そのルート1のマイアミからキーウェストに向かう車線に一台のタクシーが走っている。 とあります。  長距離トラックでも、スポーツカーでもなく、ビジネスライクなセダンでさえなく「タクシー」なのです。 読んでいただきありがとうございます。 クリックしてもらえればさらにうれしいです。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

朝日新聞連載小説『それから』 平成27年4月2日分  「損得を考えてから」ということは、人間が行動を起こす動機の大部分を占めていると思います。  私などは、損はいやだといつも思っています。それどころか、遠い先にある得を取ろうと行動するのは難しく、すぐ目の前にある得はあせって取ろうとすることが多いのです。  『それから』の「大助」は、次のように言っています。 「今の人間が、得にならないと思ってあんな騒動をやるもんかね。ありゃ方便だよ。」  「学校騒動」の原因をこんな風にとらえている「大助」は、『それから』の中で、今後どんなものの見方を見せてくれるでしょうか。  「損得ずくで行動する」とそのための「方便」は、人間の行動の特徴だとつくづく思います。「損得で言っているのではありません。」というのが、代表的な「方便」なので、なかなかやっかいです。  また、損をしてでも正しいことをしている、ように見えて、実は裏にあるより大きな得を狙う人もいます。人間の行動には、どこまでいっても損得ずくがなくなりはしないようです。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ   続きを読む

朝日新聞連載小説『それから』 平成27年4月1日分    新聞は以前から購読していますが、連載小説を読んだことはありません。今の健康状態は、ものを読むには適していますが、他のことをするには制約があります。これも、与えられた機会です。連載小説が、今月から新しく始まるので、楽しんでみます。    『それから』を、私が読んでから、驚くなかれ50年近く経っていました。冒頭部分はほとんど記憶にありません。  こんなにも色彩と音が描かれ、さらに細やかな映像が浮かんでくる冒頭部分だったのは驚きでした。 彼は胸に手を当てたまま、この鼓動の下(もと)に、暖かい紅(くれない)の血潮の緩(ゆる)く流れる様を想像して見た。これが命であると考えた。自分は今流れる命を掌(てのひら)で抑(おさ)えているんだと考えた。それから、この掌に応(こた)える、時計の針に似た響(ひび)きは、自分を死に誘(いざな)う警鐘のようなものであると考えた。  今更一読者が言ってみても何の発見でもない、と言われるでしょうが、すごい文章力だと言うしかありません。  命というものを、どうやって感じ取るか。  そして、命というものが、限りあるものだということを、どうやって言葉で表すか。  言葉で表すだけでなく、そこには、真実が描かれていると思いました。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

 初めてこの番組を視聴しました。『なまさだ』、しかもスペシャル、5時間。さすがに、体力がないので、「ろくさだ」で。録画でみることをこういうらしいのです。  今までは、さだまさしに特に興味あったわけではないのですが、入院中に聴いたさだまさしのCDが気に入りました。それから少し気になるようになり、NHKFMの『今日は一日さだまさしざんまい』を、録音で聴き、『なまさだ』のことを知りました。  5時間、おもしろかったですよ。視聴し終わるのに3日間かかりましたけれど。  さだまさしという個性で、統一がとれているので、生番組で長時間なのに、安心して気を楽にしてつきあえました。 ゲストで出演するタレントは、皆その世界で実力のある人なので、その芸、技量が楽しめました。  それにしても、さだまさしという人の番組を創る力、段取りを決め、その段取りにそって演じる力はすごいと思いました。だから、歌だけでないライブステージがあれだけの人気になるのでしょうね。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 続きを読む

 今注目されているミュージシャンのことはさっぱり分かりません。テレビでも歌番組が少なくなったせいか、新しい曲や歌手のことを聞くのは、せいぜいラジオを通してです。ラジオで流れてくる新人とされる人々や、その曲もそうとうに長い間有名でないと、覚えることができないのが今の私です。  もともと、音楽への興味はそれほどないのですが、坂本九・上を向いて歩こう、石田あゆみ・ブルーライト横浜、ベンチャーズ・ウォークドントランなどは、検索をして確かめなくとも出てきます。年代によるのでしょう。  これは、好きな本についてもあてはまるようです。  最近の流行作家については、さっぱり頭に入ってこないなあ、と思っていたら、『吉里吉里人』に次のような部分がありました。 洋書といってもよく見ると松本清張や司馬遼太郎や野坂昭如や大江健三郎や丸谷才一や筒井康隆など日本語の本ばかり、  吉里吉里人国営食堂内の購買部の書籍コーナーのこととして書いてありました。  最近書評などに取り上げられる作家はなじみのない人の方が多いのですが、ここの6人の方々は、私にとってドンピシャリ、名前がわかるだけでなくて、作品のいくつかは読んでいます。その本を買って、私の本棚に今もあるものもあります。  時代を写して注目をされた作家、そして、流行し注目された作家に共感することができる読者の年代というものがあるのでしょう。  にほんブログ村 本ブログへ
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