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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第213回2019/1/7 朝日新聞

「一番大事なコツは、ひっくり返さないことだ。背中から焼いていったら、最後まで背中だ。(略)」

 この言葉を言わせたくて、居酒屋の場面を選んだような気がしてきた。神田さんは、父のよくない面を表に出すな、と言いたいのだ。そして、洋一郎もそれを十分に承知した。承知しながら、「ひっくり変え」そうとしている。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第212回2019/1/6 朝日新聞

 洋一郎は、実の父のよい面を発見できることを、期待していたのだろう。
 姉や親類の人たちから聞かされてきた父と、自分がかすかに覚えている父とは、洋一郎の心の中で違いがあったのだと感じる。
 父が死んで、父の晩年を知る何人かの他人から、穏やかで人に迷惑などかけない父が、はじめて浮かび上がってきた。だが、そんな「幸せ一杯のおじちゃん」のイメージの父を認めることはできなかった。
 それが、今度は、今まで姉からさんざん聞かされてきただめな父の姿を突き付けられた。
 普通なら、洋一郎は、もう他の人には電話をかけないのでくれ、と言いそうだ。だが、ここまでくると、洋一郎は、父の悪い面をも確かめたくなるような気もする。

 章のタイトル「トラブルメーカー」の後藤さんと、真知子さんと神田さんのやっていることが、どうむすびつくのか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第211回2019/1/5 朝日新聞

 悪気はないのだが、その言動が他の人の神経を逆撫でする。真知子さんは、そんな風に描かれているのか。そうだとすると、トラブルメーカーの後藤さんとどこかが一致するのだが‥‥

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第回2019/1/4 朝日新聞

 今のところ、神田さん以外は、電話のやりとりをした人が父のことを忌み嫌っている、ということだろう。
 付き合わなくなったのではなく、二度と会いたくないし電話もくれるな、というのは、父が相手に具体的に迷惑をかけることをしたということなのだ。
 父に対してのこのような対応は、姉の感覚とも父の親類の人たちの態度とも一致する。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第回2019/1/3 朝日新聞

 やっと、父の過去の行動の実態が見えてきた。それにしても、父の実態が、真知子さんという洋一郎にとっては縁もゆかりもなかった人からもたらされるとは、皮肉というか不思議というか、妙な具合だ。
 姉なら、こういう結果は当然で、なぜそんなことをわざわざ他人にさせたのか、とあきれられるだけだろう。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第208回2019/1/1 朝日新聞

 洋一郎は、真知子さんのように、他人を気にしないある意味の行動力をもった人を、苦手としていると思う。それよりも、自分の考えと感性を他人に押し付けてきて、それに気づいていない神田さんのような人を、もっと苦手としていると思う。
 洋一郎は、そういう人を目の前にしていても、その人を嫌いとは感じていない。しかし、居酒屋での神田さんの行動から、この登場人物の趣味の悪さのようなものを、洋一郎は感じている。
 つまり、作者が、この二人の登場人物の本質を、居酒屋の描写を通して表現していると感じる。

 私も、この二人は、洋一郎の父の一面しか知らない人のように思えるし、こういう人とは付き合いたくないと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第207回2018/12/31 朝日新聞

 後藤さんと真知子さんは、まったく関係のない人同士だ。だが、この二人に共通のものを感じる。それは、自分なりの親子関係についての考えを、グイグイと他人に押し付けるところだ。
 真知子さんは、父、石井信也に多少の興味を感じているのだろうが、それよりも、父について興味を持たない子、洋一郎に腹を立てていて、そのままにしておけないのだろう。
 後藤さんは、自分の息子について自慢することだけが生きがいなのだろう。その後藤さんの思いが他人にどうとらえられるかにはまったく無頓着なのだ。
 洋一郎は、こういう考えの人、こういう感情の傾向を持つ人を、苦手としていると思う。

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 重松清作『ひこばえ』は、家族の在りようを描いていると感じます。
 家族というと何よりも、血のつながりが基本です。血のつながりこそが、親子の関係です。
 夫婦という他人同士のつながりも、子ができて、妻と夫が、父と母になり、より強い関係へと変化する、ととらえるのが世間全般の考えでした。
 ところが、主人公の洋一郎は、血のつながった父への感情がまったくわきません。その意味では、親子の情を感じない人です。
 洋一郎には、子がいて、さらに、孫が誕生しました。孫の誕生によって、祖父と孫の情を感じています。しかし、二人の子どもを育てる中で、親子の情を感じていたか、というと、疑問です。少なくとも、昔のような親子関係、そして、血のつながりを大切にする家族観を、洋一郎がもっているとは思えません。 
 昔は、親子の情が濃密にあったのに、現代ではそれが薄れてしまったというならば、分かりやすいと思います。
 この小説では、そうは描かれていません。
 川端さんと神田さんは、昔のままの親子の情を肯定する登場人物のようです。一方、真知子さんは、年齢からしても、旧来の親子の情を持ち合わせていない登場人物ですが、父のことを知ろうとしない洋一郎を否定的にとらえています。
 親子は互いを無条件に大切な存在、と考えている人と、血がつながっていることだけにとらわれない人とに、はさまれているかっこうの主人公を、今までのこの作品の展開から感じます。
 このどっちつかずの主人公洋一郎に、どんな出来事が待ち受けているのか、そして、洋一郎自身は、自分の家族へのかかわりを変えるのか、その辺りが、本年の展開の楽しみです。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第八章 ノブさん あらすじ

 神田弘之さん(トラックドライバーで父とは釣り仲間)、西条真知子さん(父が相談していた自分史の担当者)、それに加えて、川端久子さん(父が住んでいたアパートの大家)、田辺麻美さん(父がよく行っていた和泉台文庫のボランテェア)が、父の遺骨のある寺に集まった。この人たちを、洋一郎が呼んだわけではない。線香を上げたいと言い出した神田さんがきっかけとなり、真知子さんも同行したいと言い、さらに、遺骨のある寺の道明和尚が川端さんと田辺さんに、連絡を取ったものだった。
 神田さんは、お経を聞きながら、父のために泣き出し、参列の人たちもそれぞれに父の死を悲しんでいる。醒めた思いでいたのは、洋一郎だけだった。神田さんは、そんな洋一郎の様子を見て、息子として何か思わないのか、と迫る。洋一郎は、それに対して、父の死になんの感情もわかない、と答えるしかなかった。
 また、父が自分の名前の信也を、シンヤとノブヤで使い分けていたらしいことが、皆の話題になる。
 読経も終わり、洋一郎が帰ろうとすると、神田さんは、遺骨を洋一郎の家に置いてやれ、と言い出す。洋一郎は、それも断る。
 神田さんは、父の遺骨を預かり、父に海を見せてやると言い出して、結局、父の遺骨を借りていってしまう。また、真知子さんは、父のことをさらに知りたいからと、父の携帯を洋一郎から借りていくことになった。

 洋一郎は、母に、母の日のプレゼントを送り、久しぶりに電話をする。(母に、実の父の死を知らせることは、姉からかたく止められていた。)
 義理の息子家族と一緒に住んでいる母は、義理の息子に遠慮をしながら暮らしている様子が、電話の内容から伝わってくる。母が、義理の息子家族に、よくしてもらっている、と言えば言うほど、洋一郎は悲しく、悔しくなる。そして、その原因が結局、実の父に行き着いてしまうと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第206回2018/12/30 朝日新聞

 後藤さんが起こした「大騒ぎ」の顛末を聞けば聞くほど、後藤さんは酒乱でもなければ、喧嘩ばやいわけでもない。ただ、「ずれまくって」いるだけだ。だとすると、後藤さんの息子は、なぜコネをつかってまで、父親を急いで施設に入れたのであろうか?
 後藤さんのことを解決するには、そこを明らかにしなければならないと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第205回2018/12/29 朝日新聞

「後藤さん‥‥さっき食堂で大騒ぎだったんです」(201回)

 この本多くんの言葉が、この程度の騒ぎだとしたら、肩透かしをくった感じだ。こういう施設では、このような出来事も「大騒ぎ」のうちに入るということなのだろう。それとも、この後に後藤さんが本多くんに何か言ったのだろうか?
 今回の出来事では、後藤さんは酒癖が悪いという程度で、アル中でどうしようもなかったとか、酒に酔うと必ず人に迷惑をかけるという様子はない。むしろ、203回の挿絵の顔そのままで、ピントはずれているが、年齢にしては無邪気で気のいい人という感じがさえする。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第204回2018/12/28 朝日新聞

 後藤さんのことを次のように予想していた。
 若い頃はきつい力仕事をして、その仕事を引退してからは好き放題な荒れた生活していて、息子とは仲が悪かった。だが、息子が金を出すというので、しぶしぶ多摩ハーヴェストに入った。
 でも、そうではないようだ。

(略)後藤さんは、悪気なくピントのずれたことを言って、まわりの人たちの神経を逆撫でしてしまったのだ。

 そうだとすると、後藤さんに言動を改めてもらうのは、予想の場合よりもむずかしいと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第203回2018/12/27 朝日新聞

 自力での生活ができなくなって、病院にもおいてもらえず、どうしようもなくて、老人ホームに入る。こういう場合を、考えると、どうしようもなくなる前に老人ホームなどに入っておく方が賢いような気がする。でも、佐山夫妻や後藤さんのように、まだ介護なしで生活できるうちに、老人ホームなどの高齢者施設に入るというのもむずかしいものだと、思わせられる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第202回2018/12/26 朝日新聞

 介護サービス付きの共同住宅で暮らすのは、そこにしかないようなトラブルも付きまとうのだろう。
 自分で、人生最後の住まいとして、こういう施設を選んだ場合は、そこでの暮らしのトラブルやストレスを乗り越えることもできるだろうが、自分で望まない場合は、そうはいかないと思う。
 後藤さんの場合は、今までの様子から、自分で望んで多摩ハーヴェストに入居したとは思えない。望まないどころか、息子に無理やり入れられた、という推測さえできる。

 洋一郎は、後藤さんのようなタイプの人を上手に扱えると思えない。
 自分史の真知子さんやトラックドライバーの神田さんのように押しの強い人には、結局言いなりになってしまってきた。後藤さんも自分の言い分を変えないタイプの人だろう。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第201回2018/12/25 朝日新聞

 有料老人ホームでは、個室で、自分の思うままに時間を過ごせるし、食事、入浴、洗濯などに煩わされることもない。しかし、それは、一人暮らしで、食べたいときに食べ、酒も飲みたいときに飲む暮らしをしてきた人には、居心地が悪いのだ。
 後藤さんは、健康にはよくないが、自分の思うように飲み食いをする暮らしを続けてきたのだろう。あるいは、認知症というよりもアルコール依存症なのかもしれない。
 とにかく、後藤さんの息子が、自分の父の今までの生活を、急いでなんとかしないとならない状況にあったのだろう。

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