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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第355~362回2019/6/2~6/9 朝日新聞

 実の親と再婚後の親、つまり実の父母と養父母がいる場合、子の立場からすると、実の父母との繋がりが強いのではないかと思ってしまう。しかし、そうとばかりは言い切れないことがよく分かる。
 そして、難しいのは、子も親も、実の親子と義理の親子の本当のところを、本人ですらとらえていないことが世間ではよくあるということだと思う。
 洋一郎の母は、義理の息子夫婦に遠慮しながらの余生を送っているように見える。
 洋一郎自身は、義理の父である隆さんを、心の底から父と思うことがなかったと感じている。
 洋一郎と洋一郎の母のこのような感覚は、二人の心の一面であったことは確かだ。一面であったが、違う面もあったのだ。
 母は、再婚を心から幸せだったと感じ、義理の息子夫婦に感謝している。洋一郎は、今になって、隆さんを父として懐かしんでいる。
 
 洋一郎本人ですら気づかないできた心の底にわだかまっていることを浮かび上がらせるのが、実の父の死だったのだと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第331~354回2019/5/9~6/1 朝日新聞

 洋一郎は、なんだかなし崩しに、父の遺骨への愛着が湧いてきたようだ。
 洋一郎が、父の死にかかわっているうちに、命のつながりを実感するようになり、父の遺骨に対しての気持ちが変化したのはわかる。しかし、その気持ちの変化が、列車の中で遺骨を膝に抱いたままでいるというのは、理解し難い。

 父の遺骨、いや父の死への洋一郎の変化しつつある気持ちに、母の長谷川の墓には入らないという意志が突き付けられた。姉の宏子にしても、母の意志の前では、それを否定することはできない。

 血のつながらない子である一雄が、義理の母に対してもっている気持ちは、昨今では常識的なものだと感じる。

 父の死についての全てを話し終えた洋一郎がスッキリしたのは当然だ。むしろ、最初に母に話すべきだったと感じる。だが、父のことを川端さんや神田さんや小雪さんから聞かずに話していたら、それはそれで違った展開になっていた。

 親の老いと死について、子は、悩み迷い、行きつ戻りつすることが自然なのかもしれない。
 子は、親の死から今までは持てなかった考えに至ることがある。それは、大切なのことかもしれないと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第329~330回2019/5/6~5/9 朝日新聞

 小雪さんに会い、佐山夫妻に起こった出来事を聞き、洋一郎の気持ちが変化してきた。
 孫の遼星への思いも一段と深まった。
 そして、ようやく母に、実の父の死を告げる決心がついた。
 ずいぶんと回りくどい、と感じると同時に理屈ではない自然な感覚が芽生えたとも感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第328回2019/5/5 朝日新聞

 
あのシェアハウスはよかった。いろいろな国の若者と八十代の小雪さんが一つ屋根の下で暮らしているというのが、とにかくいい。小雪さんは、彼らが一丁前のおとなになるのを見届けることはできないだろう。けれど、彼らは小雪さんと暮らした日々を決して忘れはしないはずだ。おとなになった彼らが、もっと若い世代に「学生時代にシェアハウスに住んでたとき、小雪さんっていう豪快なばあちゃんが同じ家にいてさ……」と語っていけば、小雪さんの存在は未来へと受け継がれていく。

 
ある人の人生が、後の人に受け継がれていく。このことの価値は、誰しも認めるであろう。
 だが、ごく普通の生き方をした人の人生が、誰の心にどのように受け継がれていくか、これは難しい。佐山夫妻と、小雪さんは、自分の生き方がいわば他人の中に受け継がれていく実感を得ていると感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第322~327回2019/4/29~5/4 朝日新聞

ああ、これも、ひこばえなんだな――。(327回)

 親から子へ、そして孫へという従来までの命の連鎖は、佐山夫妻の場合は絶たれていた。だが、命を繋げていきたい、他の人の命のために役に立ちたい、この思いが消えることはなかったのが分かる。
 佐山夫妻の「よしお基金」の活動が一人の少年の命を救ったということ以上に、その出来事に励まされて、生き生きした表情を見せるようになった佐山夫妻に心打たれる。

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