本屋のとなりは写真館

朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

あらすじ 第176~200回 第八章 風狂無頼

 四代目花井白虎と三代目花井半二郎の同時襲名披露の初日、口上の席で吐血した白虎は、救急車で運ばれ緊急入院する。診断は、糖尿病と膵臓癌の併発による余命半年というものだった。襲名披露公演は、全て中止となり、興行会社社長の梅木も責任を取らされ、左遷となる。
 喜久雄は、襲名はしたものの白虎と梅木の二人の後ろ盾を失う。白虎の復帰が望めなくなり、喜久雄は人気の立女形(たておやま)姉川鶴若(あねかわつるわか)の下に預けられる。鶴若は、喜久雄を冷遇し、喜久雄の役を奪った上に地方巡業に回してしまう。

 地方巡業に回る前に、喜久雄は白虎を病院へ見舞う。病室では、白虎が『仮名手本忠臣蔵』の台詞を呟いている。喜久雄に気づいた白虎は、両手を差し出して喜久雄を迎え入れる。病室で二人きりになった喜久雄は、白虎に「なんや実の親父といるみたいですわ。」と言う。その言葉を聞いた白虎は、喜久雄に何かを伝えようとするが、それは言葉にならない。ただ、「おまえに一つだけ言うときたいのはな、どんなことがあっても、おまえは芸で勝負するんや。どんなに悔しい思いをしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはおまえの芸で、いつか仇(かたき)とったるんや、ええか?約束できるか?」と言う。
 大阪の家に戻った喜久雄は、幸子が新宗教を信じ込んでいる様子を目の当たりにする。
 喜久雄が大阪の家にいる時に、病院から白虎危篤の知らせが入る。喜久雄は、白虎が幸子と自分を待っていると信じて、幸子を伴い病院へ駆けつける。だが、病室から聞こえてくる死を間近にした白虎の声は、我が子俊介を呼ぶ叫びだった。それを聞いた喜久雄の口からは、「すんまへん‥‥」という言葉がこぼれた。
 昭和50年7月18日、白虎の葬儀告別式には歌舞伎界、日本舞踊界、故人を偲ぶ約千人が参列した。

 地方巡業の舞台を勤めている喜久雄の所に三友の経理担当者が来る。経理担当者は、白虎の自宅は借金のかたに三友が譲り受けることになっており、今年中には自宅を明け渡してくれ、と言う。
 白虎は、自宅を抵当に入れ、巡業に回ったり、人気歌舞伎役者として世間をがっかりさせないために金を使っていたのだった。
 喜久雄は、幸子をがっかりさせないためにも、その借金を自分が相続できないかと持ち掛ける。三友本社にも思惑があって、喜久雄のその頼みは受け入れられる。
 喜久雄は、自分に何の貯えもないのに、億を超える借金を背負うことになった。

 喜久雄の娘、綾乃は幼稚園の桃組で一番強い子に成長している。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第201回2017/7/26

 第九章が始まった。章を追うごとにおもしろくなってきた。特に、第八章は息をもつかせぬ展開だった。第八章の題「風狂無頼」の意味を、次のようにとらえた。
 後ろ盾など頼みにするところがない状況。その天涯孤独な中で、世間の常識を超越した振る舞いをする。その生き方は世の中の規範を無視しているようでありながら、人の生き方として筋の通ったものをもっていること。
 これは、第八章に垣間見ることができる主人公喜久雄の姿だと思う。
 第九章の「伽羅枕」は、言葉の意味と、尾崎紅葉の小説の題名の両方が考えられる。八章の最後に注目するなら、尾崎紅葉の『伽羅枕』にも関連があるかもしれない。

 この回も、喜久雄の生き方がはっきりと表出されている。荒風と喜久雄が遊んでいたのは、二人ともがまだ人気のある頃だった。喜久雄はともかくとして、荒風は完全に相撲の世界では敗残者となっている。体を壊し、相撲に関連する職にもつけない元相撲取りに義理堅く付き合う人は、喜久雄以外にはいないであろう。
 喜久雄は、希望を失って故郷へ戻るしかない男に精一杯のはなむけをしている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第200回2017/7/27

 いつも崖っぷちにに立つ喜久雄だが、ここにきて今までと違うと思う。天涯孤独、何も失うもののない喜久雄だった。それが、今は、失うものがないどころか、とんでもない大荷物を背負っている。
 三代目花井半二郎という大看板、憶を超す借金、そして綾乃というなんともかわいい娘、もちろん幸子とマツは喜久雄だけが頼りに違いない。お勢さんや源さんも喜久雄が不甲斐なければ散り散りになるしかないであろう。
 誰かのために働くことをしたことのない喜久雄は、どんな行動を取るのか。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第199回2017/7/24 

 劇評家から絶賛されて、人気が高まった時があった。代役を見事にこなして、人気が沸騰した時もあった。その時よりも、今の方が喜久雄にはふさわしい。
 喜久雄には、何の貯えもなく、収入の当てもない。ただ、恩を受けた白虎のために、幸子に悲しい思いをさせないために、憶という借金を背負った喜久雄が生き生きしてみえる。喜久雄よりも、もっと金の入る目途のない徳次でさえ、いかにも徳次らしくみえる。

「俺ら、どんだけ旦那に世話になった思うてんねん。世話になった人に借金があったんやったら、それは俺らの借金やで」


 
同じ紙面の「語る 人生の贈りもの 歌舞伎俳優 中村 吉右衛門」で、吉右衛門主演のテレビドラマ「鬼平犯科帳」のことが書かれている。これは、どこかで『国宝』の喜久雄にも繋がるのか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第198回2017/7/723

 前回に続き、またまた先読みが外れた。前回の感想に、「金銭感覚が全くないと描かれている喜久雄には、この問題は解決できないであろう。」と書いた。今回を読み、逆の感想を持った。
 金の苦労を痛いほどしてきた徳次の心配に共感できない。無謀な喜久雄の借金の相続に頼もしさを感じる。
 なぜか、語り手も喜久雄の借金申し込みを誇らしげに語っているように読める。
 喜久雄は、純粋で、恩義を感じた人のためならなんでもする人だと強く感じる。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第26回2017/7/7 第五話 篠村兄弟の恩寵④

あらすじ 
 靖が応援している奈良FCは、最終節で昭仁が応援する伊勢志摩ユナイテッドに勝たなくてはプレーオフに行けないという状況にあった。靖は、サッカーのことで真面目になり過ぎることに気後れを感じて、付き合っている嶺田さんとは奈良FCの最終節には一緒に行かないことを決めていた。
 最近は、別々の試合を観に行っている靖と昭仁だが、この最終節は二人が応援するチーム同士の対戦なので、同じスタジアムに行くことになる。試合を観に行く準備をしながら靖は、昭仁に京都に転勤になることを告げた。それは、今まで、兄弟二人で住んでいた家を靖が出なければならないことを意味していた。

感想 
 
家族が別れる時を感じる。進学であったり、転勤であったり、家族はいずれは別々になる。その別れの時に、それまでの繋がりが改めて表面に出て来る。
 靖と昭仁の場合は、両親を早くに亡くしたせいもあるが、普通の兄弟よりもずっと強い関係で生活していたと感じる。そして、いきなりの別れではなく、サッカーへの興味の変化を通して徐々に二人は自立していったように思う。兄弟二人だけであれば、別れはいろいろなストレスを伴うであろう。でも、サッカー観戦という共通の行動と、窓井選手という独特なキャラクターの人物、それに靖には嶺田さんという女性の存在がある。どんな人間関係の変化でも、閉ざされていないということが重要なのだと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第25回2017/6/30 第五話 篠村兄弟の恩寵③

あらすじ
 友達とも遊ばず、口もきかなくなっていた弟昭仁と奈良FCの試合を観に行くようになって、昭仁は生気を取り戻した。特に、奈良FCの窓井を兄弟揃って好きになった。窓井選手も、昭仁がサインを求めた時に声をかけてくれた。そんなこともあって、昭仁は窓井をますます応援するようになった。お
 靖には、窓井が自分たち兄弟に遣わされた存在のようにさえ思えた。
 その窓井が奈良FCから伊勢志摩ユナイテッドへ移籍し、昭仁は伊勢志摩ユナイテッドを応援するようになった。靖は、窓井がいなくても奈良FCのサポーターを止める気にはなれなかった。
 そんな靖に、京都の工場への転勤の話がきた。

感想
 好きになった選手のプレイだけでなく、普段の言動にも励まされることがある。きっと、自分とその選手を重ね合わせるのだろう。
 自分は、その選手のようなプレイはできなくても、その言動に表れたものでは共通の部分があると感じて、自分の中に好きな部分を見つけることが可能なのだと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第197回2017/7/22 

 幸子が新宗教に入れあげて、屋敷をなくするという筋書きを予想していたが、そうではなく、既に屋敷は抵当に入っていたのだった。金銭感覚が全くないと描かれている喜久雄には、この問題は解決できないであろう。
 襲名披露の前後には、登場がなかった徳次がいるが、彼が鍵になるのか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第196回2017/2/21

 経理担当者が来たということは、金銭のトラブルか?喜久雄の周囲で金銭のトラブルというと、幸子の信仰を連想するが‥‥

 喜久雄は、地方の少ない観客の前でも手を抜くことなく演じている。しかし、監督や演出家の存在しない歌舞伎俳優の世界では、先輩の名優の舞台を間近で観て、直接習うことがなければ、芸は磨かれないであろう。
 その辺りの実情は、同じ紙面の「語る 人生の贈りもの 歌舞伎俳優 中村 吉右衛門」に如実に示されている。

○まだ明らかになっていないと思うこと。
①俊介は、現れるのか?
②権五郎を殺したのが辻村であることを、喜久雄は知るのか?
③喜久雄の芸の真価は、どんなできごとによって認められるのか?

○今後再登場すると思われる人物。
①辻村。  俊介とつながりがありそうで、喜久雄の後援者として動いていた。
②春江。  俊介と共に消えたままになっている。
③弁天。  時々顔を出している。
④竹野。  喜久雄と喧嘩をして、その後登場していない。
 俊介は、姿を消したままになっているが、登場人物としては消えていないと考えた。

 物語の発展を考えても、気になる登場人物を思い出しても、楽しみが満載だ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第195回2017/7/720

 病室のベッドで、『仮名手本忠臣蔵』の語りや台詞を諳(そらん)じる白虎の声を聞きながら、喜久雄は、白虎を実の父のように感じる。(188・189回)
 白虎危篤の報を受けた喜久雄は、白虎の末期を看取ろうと必死で病院へ駆け付ける。白虎が、幸子と自分の到着を待っていると信じて疑わなかった。しかし、病院の廊下に響いたのは、喜久雄を呼ぶ声ではなく、我が子俊介を呼ぶ父白虎の叫びだった。それを聞き、白虎に覆いかぶさって泣いている幸子の姿を見た喜久雄の口から出たのは、「すんまへん‥‥」の一言だった。(192回)
 白虎の葬儀告別式で、喪主として挨拶に立った喜久雄の口から出たのは、次の言葉だった。
「私は父と慕う花井白虎を、心から尊敬しております。ただただ、心から‥‥尊敬しております‥‥」(194回)

 
喜久雄は、亡くなった今でも白虎を尊敬している。慕い、尊敬している白虎は、喜久雄ではなく、俊介をひたすらに待っていた。白虎が最期に会いたかったのが、喜久雄ではなく俊介だったことを、喜久雄は思い知らされた。
 
 喜久雄の心の動き、心から信頼していた人に背を向けられた境地に、引きつけられる。


 空席の目立つ地方巡業で、喜久雄は沈んだ心を抱きながら、舞っているのであろう。だが、その舞は精彩を欠いたものでも暗いものでもないことが描かれていると感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第194回2017/7/19

 白虎、三代目半二郎の同時襲名にも、白虎の急病にも、白虎の死にも、俊介は現れなかった。俊介は、父に起こったできごとを知っていると予想できるのに、姿を現さなかった。物語は、俊介の事情をどう描くのか、非常に楽しみだ。
 俊介出奔以後では、次のことが書かれていた。
 俊介には春江がついているので、俊介を自殺させるようなことはしない、と喜久雄は信じている。(163回)
 そして、今回は、弔辞の中で、
「(略)今どこかで、必死に戦っているだろうあなたの息子、俊介くんのことは、(略)」
と述べられている。
 どちらも、根拠のあることではない。しかし、俊介がもう登場しないことを予感させるものもないといえる。



 年月日が出てきたので、今までの物語の時系列を並べてみる。昭和45年から昭和50年までのできごとのそれぞれの年月日は書かれていない。※私の読み落としもあると思う。

昭和39(1964)年元旦 ・喜久雄と徳次は、新年会の余興で「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」を踊る。その踊りを花井半二郎が観る。立花権五郎は、新年会への殴り込みで銃弾を二発受けて、三日後に死ぬ。

昭和40(1965)年1月末 ・喜久雄は、学校に講話に来た宮地を襲うが、失敗する。その後、喜久雄と徳次は、大阪の花井半二郎の家へ。更に、数か月後、春江が大阪へ。

昭和41年(1966)年 ・喜久雄は、半二郎に連れられて京都へ。京都で、六代目小野川万菊の演目を観る。また、舞妓市駒と出会う。

昭和42(1967)年 ・喜久雄(17才)は、芸名花井東一郎として初舞台を踏む。

昭和45(1970)年4月 ・花井半二郎一座の四国巡業で、喜久雄と俊介が『二人道成寺』の白拍子を踊る。 

・喜久雄と俊介が、大阪南座で主役に起用される。これが大評判となり、喜久雄と俊介は、スターとなった。

・半二郎が交通事故に遭い複雑骨折。舞台を休むことになった半二郎の代役に俊介ではなく、喜久雄が指名された。大阪中座の『曽根崎心中』の『お初』を演じた喜久雄は、ますます人気を得た。この公演が終わった次の朝、俊介は出奔した。

・喜久雄と市駒との間に娘が生まれた。

・半二郎の緑内障が悪化し、視力が落ちる。実子俊介は、行方知れずのまま。視力が失われていく半二郎は、白虎への襲名を急いだ。自分は、白虎に、喜久雄を三代目半二郎に、同時襲名を決めた。

・同時襲名披露の舞台で、白虎は吐血をした。白虎の病状は深刻で二度と舞台に立てる状態ではなかった。

・三代目半二郎を襲名した喜久雄だったが、人気は低迷していた。後ろ盾であった白虎と梅木社長の影響力が落ち、喜久雄は人気女形の鶴若に預けられた。鶴若は喜久雄を冷たく扱い、喜久雄を地方巡業へ出すことにした。

・入院していた白虎が亡くなった。

昭和50年7月18日 ・白虎の葬儀告別式。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第193回2017/7/717

 俊介が突然現れる。そんな気がしてならない。
 白虎の気持ちはやむを得ないと思う。だが、それは喜久雄には辛すぎる。
 俊介が現れ、また、役者への道を歩み始めれば、喜久雄はますます崖っぷちに立たされる。
 それでも、俊介が帰って来て、舞台に立つという展開を期待してしまう。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第24回2017/6/23 第5話 篠村兄弟の恩寵②

あらすじ
 靖(兄)と昭仁(弟)の兄弟は、十八年前に父を亡くし、九年前に母を亡くしていた。兄弟の年の差は八つだった。
 母を亡くした時には、靖は十七歳だが、昭仁はまだ九歳だった。靖は、十七歳なりに弟を何とかしないといけないと決意した。できるだけ傍にいてやるとか、話しかけてやるとか、食事や洗濯などの世話をしてやるぐらいのことだったが、それをやった。
 靖と一緒に食事に行くようになった嶺田さんも、小学四年の時から母一人子一人で育ってきていた。そのせいもあって、高校生の弟のことを心配する靖の気持ちを分かると言ってくれた。
 靖は、嶺田さんが一緒に行きたがっているのに、二部のチームの最終節に嶺田さんを連れていくことをためらっている。
 弟は伊勢志摩の試合に行きそうなので、靖は奈良FCの最終節に一人で行くことになりそうだ。

感想
 靖には、二つのわだかまりがあるように思える。
 八つ下の弟を不憫に思う気持ちとその弟のことを心配してしまうこと。
 二部のしかも強くないチームに入れあげているということを引け目に感じていること。
 この二つは、心配や引け目に感じるようなことではないと思うが、そこに靖の優しさや他人を思いやる気持ちが表れていると感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第192回2017/7/16 

 勘が冴え渡っている。
 力強く頼もしい。
 生きていくことの全てが、歌舞伎の舞台と繋がっている。
 
 逆境にある喜久雄が描かれている。

↑このページのトップヘ