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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第149回2017/6/2

 家出ということであれば、役者を捨てるという覚悟なのか。
 俊介の行動は十分に理解できるし、喜久雄が半二郎の跡取りとして活躍するには、自分がいない方がよいと考えるのももっともだ。もっともではあるが、ここで家出というのは、よほど先の見込みがない限りは、まだまだ苦労知らずの気分が抜けていないとも考えられる。
 ただし、千穐楽を迎えるまで俊介はよく耐えたと思う。今度は、俊介の気持ちを突き付けられた喜久雄がどんな行動をとるか、先が楽しみだ。
 私が想像できるのは、次のような何例かの展開しかない。
①喜久雄は、徳次や弁天の力を借りて無事俊介を見つけ出す。
②喜久雄は、半二郎に相談して俊介が自分から出て来るまで待つ。
③喜久雄は、市駒からの連絡で、俊介が富久春の所にいることを知る。
④家出をしたはいいが、行く当てのない俊介は辻村の所に身を寄せる。
⑤家出をして歌舞伎界から身を退いた俊介が、テレビや映画で人気者となる。

 でも、これが、俊介の家出なのかどうかは、まだ分からない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第148回2017/6/1

 京都南座での喜久雄と俊介の「二人道成寺」は、二人同時の人気沸騰だった。半二郎の事故後の大阪中座でのそれは、違っていた。ここで、俊介は初めて喜久雄をライバルとして見ざるを得ない状況に追い込まれた。ライバルどころか、俊介が「ヒール役の扱い」を受けてしまっている。
 喜久雄は、喜久雄で得意になるどころか、毎夜「悪夢」を見続けている。
 二人ともが、「ただただ必死、外野の声など気にしている余裕」もない状態だったことがよく分かる。
 この状況は、半二郎が狙った通りになっているといえるのではないか。いや、半二郎とてここまで、世間に注目されるとは予想できなかったであろう。だいたい、半二郎の交通事故は不運な偶然であった。
 だから、半次郎の意図や喜久雄の芸の上達がもたらしたものというよりは、運命の必然が働いていると感じる。
 
 ここでも、『国宝』で描かれている作者の次のような思惟を感じる。
 人の意図など、運命の力に比べたら小さなものでしかない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第147回2017/5/31

 今の喜久雄に、俊介の立場になってみろというのは無理な話だ。しかし、俊介を追い出して、半二郎の跡取りになろうなどという気はなかったはずだ。が、喜久雄の言っていることは、正にそのことになるのではないか。
 
 この『国宝』では、喜久雄の内面を直接描くことがなかったと感じる。
 親の敵討ちをしようと決心した心の内。ひたすらに、稽古に打ち込んでいる年月で思っていたこと。半二郎の代役に指名され、立ち稽古を無事に終えるまでの心理の変化。全てが、読者の想像に任されている。それは、読者の想像を掻き立てるためなのか。
 そうとばかりもいえないような気がしてくる。
 この主人公には、一般的な意味合いでの良い人間関係がない。春江は恋人といえる存在とは違うし、育ての母マツは優しい母とは違うし、徳次は親友などと呼べる存在ではない。
 喜久雄に、青少年に在りがちな喜び、悲しみ、悩み、夢があるように思えない。それは、喜久雄という主人公が極めて特殊な環境にいて、特別な才能を持っているからだ。
 しかし、そうとばかりもいえないような気がしてくる。『国宝』の今までを読み、次のような作者の主張を感じる。
 人の才能を発掘し育てるのは、世間で考えられているような良い家庭と良い学校などではない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第146回2017/5/530

 一読者としても、庄左衛門の言葉にほっとした。
 喜久雄はどれほど安堵したか、喜久雄の心の内が伝わってくる。しかも、その庄左衛門の言葉がただ褒めるだけでなく、教えを含んでいる。
 喜久雄は、自分が代役に指名されてからはただ無我夢中で稽古し、この立ち稽古ではものを考える余裕などなかっただろう。
 俊介は、喜久雄に怒りをぶつけた後は、喜久雄の稽古相手を一生懸命にやってきた。立ち稽古の前までの周囲のうわさは、俊介に同情するものが多かったようだ。そして、立ち稽古で喜久雄が褒められた時は、我が事のようにほっとしたはずだ。それが、次の瞬間には、自分の芸が喜久雄よりも劣るという評価に結びつくことに気づいた。
 普通なら、代役としての喜久雄の評判が高くなればなるほど、喜久雄は慢心するし、俊介は悲哀を味わうことになるだろう。さて、そうなるだろうか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第145回2017/5/29
 
 ある意味では、初日の舞台よりも厳しいのがこの立ち稽古なのであろう。喜久雄の必死さはもちろん、俊介の緊張、関係者の不安が伝わってくる。
 さて、この後が、半二郎が𠮟責した「(略)舞台でちゃんと生きてへんから、死ねへんねん!」の場に入るのか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第144回2017/5/28

 代役を立てなければならないという時には、あらゆることが半二郎の頭を巡ったのであろう。
①半二郎の役どころであるお初をきっちりと演じられる芸を持った役者。
②代役にした役者と半二郎の今までの関係と、代役を頼んだ後の関係。
③代役に立てた役者の興行的な人気。
④代役に立てた役者と今回の舞台の他の役者との関係。

 ①を考えれば、実績のある役者がふさわしいのであろう。②の条件なら、息子の俊介がふさわしい。③は、結果的には、喜久雄がふさわしかったのかもしれない。④は、いろいろに考えられるが、俊介の場合はその芸を、他の大御所にさんざんに貶される可能性があるのかもしれない。が、逆に、半二郎の息子だからと芸の未熟をなんとか補おうとしてくれるのかもしれない。
 半二郎は、芸の上での優劣はもちろんのことながら、俊介と喜久雄の将来を考えて、今回の代役を選んだのではないか。
 または、他のどんなベテラン役者よりも息子よりも、喜久雄が自分の意図する役どころに近いと判断したのかもしれない。
 いろいろな条件から喜久雄を選んだのか、それとも純粋に芸の力から選んだのか、どちらなのだろう?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第143回2017/5/27

「(略)舞台でちゃんと生きてへんから、死ねへんねん!」

まだお初が頭の中にいる。早くこのお初を追い出して、自分がお初にならなければと、(略)

 どうすれば半二郎の境地に、そして喜久雄が求めている境地に達することができるのだろうか。
 稽古に稽古を重ねることか。それとも、観客のいる舞台を何度も踏むことか。それとも、才能や血筋なのか。
 今のままでは、病室での稽古を重ねても、半二郎と喜久雄自身が満足できるような役作りは無理だと思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第18回2017/5/12 眼鏡の町の漂着②

あらすじ
 鯖江SCのホーム開幕戦を香里と一緒に観戦するという約束をしていたのに、何の連絡もなく吉原さんは現れなかった。 その夜から、香里は吉原さんの部屋へ行ってみたのはもちろんのこと、あらゆる手段で連絡を取ろうとするが一向に消息がつかめない。吉原さんが借りている部屋の管理会社にも連絡をしてみたが、管理会社では部屋に異常はないし、部屋の借主とも連絡が取れたと言う。香里が部屋の主と話したいと言うと、それはプライバシーに関することだからと断られる。吉原さんと香里の共通の友人に聞いてもはっきりとしたことは何も分からない。ただ、噂で吉原さんは地元の鯖江に帰ったらしいということだけが分かった。
 それ以来、香里は、鯖江アザレアSCのホームの試合へ一人で足を運ぶようになる。ゴールデンウイークは、香里は鯖江に滞在して、スタジアムに通った。スタジアムでも、鯖江の町の中でも吉原さんについて何の情報も得られない香里は、もう吉原さんには会えないだろうと思い、滞在先のホテルで一人で泣いた。
 その後も香里は、鯖江の試合がある毎にスタジアムに足を運ぶが、吉原さんのことをたずねまわるのはやめた。その代わりに、鯖江でメガネを新しく買ったり、アザレアSCの応援を楽しむようになってきた。

感想
 親しくなった男女であっても、お互いに地元から離れて都会で暮らしていると、どちらからか連絡を絶つとこういうことになるというのが分かる。
 都会で、一人暮らしをしている者同士が親しくなれば、互いの部屋を訪ねるのに制限はないし、互いの動向は携帯で常時つかめる。それなのに、その人の背景や過去はつかみようがない。携帯を中心とした通信手段を絶つと、人と人との繋がりそのものが絶たれてしまう。
 香里も相手の吉原さんも特殊な仕事や事情を抱えているのではなさそうだ。それが、このようにいきなり消えるかのような行動を取るのにはどんな理由があるのだろうか。この小説が、現代の日常を描いているだけに興味を増す。
 
 吉原さんについての情報を得られないことに、ショックを受けた香里が、コンビニの店員の一言に救われた気持ちになった場面にリアリティを感じる。また、いなくなった人捜しからサッカー観戦へと気持ちを変えるきっかけが、チームマスコットとの握手だったことも面白いと思った。現代のいろいろなマスコットやキャラクターブームがすたれないのは、人々がそれを求めることが続いているからなんだ、と改めて思った。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第142回2017/5/26

 普段は表面に出ないが、喜久雄と俊介の間には、激しい競争心があるのかもしれない。
 喜久雄が稽古に熱心に取り組んだのは、最初は好きだからという単純な理由からだったと思う。しかし、それだけで並外れた熱心さが持続するはずもない。そこには、歌舞伎役者として圧倒的に優位に立つ俊介に追いつこうとの意識が働いたのではないか。
 一方、俊介にとっては、父半二郎が、自分と喜久雄を同等に扱うことに平静ではいられるはずがない。半二郎が、意図的に喜久雄を俊介のライバルにしようとするなら、俊介の前では喜久雄の芸を褒めていたのかもしれない。 
 「二人道成寺」では、二人揃ってスターになった。それは、今度の舞台ではあり得ないだろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第141回2017/5/25

「(略)人ん家(ち)に入り込んで、一番大切なもん盗みくさって!(略)」

 俊介は、怒りと憎しみの感情を爆発させ、それを吐き出した。そして、吐き出した後、冷静になった。、

「(略)『実の息子より部屋子のほうが芸が上手(うま)い』言うのが、あの天下の二代目花井半二郎なら、もう諦めるしかないわ」
 
 冷静になった俊介の役者としての筋道の通った判断だと思う。さらに、俊介はこれから先の事を思っている。

「とにかく丹波屋の一大事。いや、関西歌舞伎の一大事や。『二人道成寺』成功させるんはもちろんやけど、喜久ちゃんがちゃんと代役勤まるよう、俺にできることはなんでもするしな」

 この言葉通りに俊介が行動できるとするなら、俊介こそが二代目花井半二郎を継ぐ役者としてふさわしいと、思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第17回2017/4/28
第4話 眼鏡の町の漂着①

あらすじ
 
香里は、一人で鯖江アザレアSCの最終節の試合に向かっている。マスコットキャラクターを見たり、知り合いのサポーターと声を交わす。しかし、香里がスタジアムに来るのは、鯖江を応援する目的だけではなかった。
 香里は、吉原さんという男性と付き合っていた。吉原さんとは、一緒に食事をしたり映画に行ったりしてうまく行っていた。そして、吉原さんの地元の鯖江の試合を観戦に行くことも二人の習慣のようになっていた。
 ところが、約九か月前の今シーズンの開幕戦を二人で観に行く約束をしていたのに、何の連絡もなく吉原さんは来なかった。それ以来、吉原さんとは会うことはおろか連絡さえ取れなくなっている。香里は、消えてしまった吉原さんを捜す目的もあって、一人でスタジアムへ通っている。
 そんな香里の乗るスタジアムへのバスの隣の席に見知らぬ男性が座った。

感想
 
第4話は、今までと違ってミステリー仕立ての雰囲気がある。突如消えた好きだった男性を見つけるために、サッカースタジアムに通っている。そういうと、何か悲壮感が漂うが、主人公の様子はそうでもない。一人で来るようになっても、香里はサッカー観戦をけっこう楽しんでいる。
 第1話から共通しているが、登場人物はサッカークラブを応援することに熱心ではあるが、それにのめり込んでいたり、なによりも優先しているということがない。どこかで、冷めていて、応援する自己を客観的に見つめている所がある。
 今回の香里も、どうしても吉原さんを見つけたいかというと、それほどの強い感情は感じられない。香里は鯖江を応援しているし、そのチームのグッズを好きなことには間違いないが、それが他人の関心を呼ばないであろうことも意識している。
 これは、単にサッカーのサポーターに限らないであろう。何かに熱狂して、それに同調してくれる他人がいても、そこにはある限界があるということを互いに知っている、今の世の中の一面だと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第140回2017/5/24

 半二郎が、喜久雄に義太夫の稽古をさせたのには、理由が二つあった。
 
 まず一つ目が、一人息子の俊介には、どうも甘えがあって、ライバルでもいなければ稽古に身が入らないので、その相手にしたい旨。そして、もう一つが、まだ海のものとも山のものとも分からないが、どうもその子には生来の役者の資質があるように思える(略)(75回)
 
 喜久雄を預からざるをえなかった時に、半二郎が思っていたことだ。それからの年月で次のことが言える。
 喜久雄に、役者の資質があり、それが花開いたのは半二郎の見込み通りだった。しかし、息子のライバルにするというのは、どうであったか?これは、俊介が、役者としての喜久雄をどう見ているのかにかかっている。それは、まだ明らかになっていない。また、俊介については、芸の上達以外で気がかりなことがある。それは、愛甲会の辻村との繋がりができているらしいことだ。これは、半二郎にとってなんとかしなければならない悩みだと思う。
 一方、喜久雄に対しては、マツの実情を知らせ、仕送りとして預かっていた金を渡している。これは、喜久雄を自分の手元からそろそろ離してもよいとの半二郎の気持ちの表れか?
 半二郎は、代役に喜久雄を指名した本当の理由を誰にも語っていない。そして、喜久雄の父の死の真実も自分の胸に抱えたままだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第139回2017/5/23
 
 俊介は、地方巡業で前の晩に飲みつぶれて舞台に遅れそうになったことがあった。『二人道成寺』で人気が出ると祇園での遊びも一段と増えたようだった。
 喜久雄は、地方巡業の頃から舞台一筋のようだ。観客が少ない時でも、その少ない観客を自分の芸で酔わせようと思っていた。また、人気が出てからも稽古をおろそかにするような様子は描かれていない。
 稽古と舞台に対する熱心さでは違いがあった。だが、だからと言って、俊介と喜久雄の間で、はっきりとした芸の実力の差が出ていたのであろうか。少なくとも、今までの流れからはそれを読み取ることは難しいと感じる。
 半二郎は、どんなことを考えて喜久雄を代役に指名したのであろうか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第138回2017/5/22

 興行的な話題性を狙っての喜久雄の起用ではなかった。
 事故に遭った半二郎の代役としては、息子の俊介がふさわしいと、梅木社長も大御所の役者も歌舞伎好きの観客も思ったはずである。それが、まだ大役の経験の少ない俊介であっても、今回は特別に納得されたであろう。
 そして、普通に考えれば、半二郎自身がそう願うはずだ。
 花井の家では、俊介を差し置いてまさか喜久雄が起用されるなど全く予期していなかったことがよく分かる。さらに、喜久雄を代役に指名したのが、半二郎自身だったことが驚きをより大きなものにしている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第137回2017/5/21

 喜久雄と俊介が、スターになれたのは、地方巡業で二人が「二人道成寺」を演じ、それが劇評家の目に留まったからであった。二人が「二人道成寺」をやれたのは、半二郎が若手活躍の場のための地方巡業を行ったからであった。
 俊介が、大抜擢で半二郎の代役をやるとなれば、それはもう半二郎の事故ゆえである。

(略)こうなった今となりましては、半二郎に虫の知らせがあったとしか思えぬほど、『曽根崎心中』という戦後の関西歌舞伎を代表する当たり狂言の稽古を、二人に一から叩き込むつもりで毎日見せていたのでございます。

 
「二人に」ということは、喜久雄にも可能性があるということか?
 俊介には、血筋という何よりの強みがあり、観客の同情をひく効果がある。喜久雄には、熱心さと興行的な意外性があると思う。

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