本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

 19回の挿絵を見ると、この佐山夫妻を応援したい気持ちになる。
 一人息子を亡くした両親の心情はもって行き場がない。少し、前であれば、大切な人の死に向き合う方法として、慣習としてある葬儀や法事を執り行うことに忙殺されたであろう。また、葬儀に要する時間や場所は、いろいろな人と悲しみを分かち合う空間でもあった。それは、多分に表面的ではあったが、亡くなった人を惜しむ空気は確かに存在した。
 現在は、死者を弔う時間や場はどんどん簡略になっていく。また、具体的には、すっかり商業ベースにのっている。だから、たとえ葬儀に多くの人々が集まっても、それが終われば、たちまち人々はいなくなってしまう。
 佐山夫妻も、ある日数が過ぎれば三人いた家族が、両親二人だけで暮らすことを突き付けられたと思う。そういう、空虚感をなんとかするために、夫妻は考えに考えて『よしお基金』を起ち上げたと思う。
 この活動は、意義あることだ。しかし、死者を悼む多くの人がこういう活動ができるか、といえばそうもいくまいと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第19回2018/6/20 朝日新聞

 佐山夫妻を心配していた「私」の気持ちが伝わる。しかも、子ども喪った悲しみだけでなく、奥さんのことを心配していた佐山の心中を察していることも伝わってくる。
 また、紺野とのいかにも学生時代から続いているようなとぼけた会話に、「私」と佐山と紺野のつながりが表れている。

 我が子の突然の死という悲しみを友人がどう受け止め、その友人にどんなことができたかがもっと詳しく描かれるのであろう。
 それはまた、孫の誕生ということを友人間でどう受け止めるか、にもつながるのであろうか。

 読者としての私は、子どもの頃に三世代同居の家庭生活を経験している。現在と比べて、近隣の人々とのつながりが濃く、家族の人数が多く、一家族の子供の数も多かった。そうすると、人の生死を経験する機会も少なくなかった。しかし、それはもう過去のことだ。
 一夫婦の子どもの数が、四人以上の場合と、二人以下の場合では、あらゆる面で違いが出ると思う。
 「私(長谷川洋一郎)」と友人の場合は、近隣とのつながりは薄く、家族の構成は親子だけであり、兄弟の数は少ないという経験のみだと思う。
 そういう場合には、佐山夫妻が陥ったような状況が生じやすいと感じる。
 むろん、明治時代や大正時代や昭和の戦前であっても、我が子に先立たれた親は悲しみにくれた。悲しみに圧し潰されそうになるのは同じだが、その悲しみをどう乗り越えるかでは、昔と今では違いがあると思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第18回2018/6/19 朝日新聞

 この小説の第一章が、いよいよはじまった。
 第一章冒頭から、「私」の性格がわかる。
 この主人公は、平凡な勤め人で、社会に順応していて、目立つような個性の持ち主などではないと思う。だが、若いころの気持ちを持ち続け、学生時代と変わらぬ友達付き合いができる精神の持ち主と思う。
 子どもを亡くした佐山の気持ちに共感し、その佐山の活動に六年間協力している。静かに、振り返っているが、それだけの年月協力し続けるということは、金銭的にも相当の額を負担しているであろう。
 小説上の時間は、現実と一致しているので、「私」の年齢は五十五歳だ。
 読者である私よりも十五歳若い。現在を生きる五十代の「私」の感覚や考えを、これから知ることができると思うと、楽しみだ。こういう酒の飲み方、こういう語り口だけに、ますます親しみを覚える。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 序章 こいのぼりと太陽の塔 あらすじ 

 洋一郎にとって、父の思い出はベランダにこいのぼりを飾ってくれる父であった。
 洋一郎が小学二年のとき、父と母は離婚して、父が家を出て行ってしまった。離婚の原因は、父が金にだらしがないことにあった。
 洋一郎の姉は、そんな父をひどく嫌っていた。
 まだ幼かった洋一郎に、父を嫌う気持ちはなかった。母と姉と洋一郎の三人で行った万博会場の人ごみの中で、洋一郎は、父を見たと思い、その人を追いかけているうちに迷子になるという出来事もあった。

 そんな父と、「私」(洋一郎)は五十五歳になって再会した。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第17回2018/6/18 朝日新聞

 次回あたりからこの小説が本格的にはじまると感じさせる。

 洋一郎が、小学校二年生のときに父と別れて、今五十五歳になっているのだから、四十七、八年ぶりの再会なのだろう。
 姉が父と再会したというのなら、そのときの雰囲気は予想しやすい。姉の場合なら、だいたい再会を拒否しそうだ。
 洋一郎の場合は、どうなるか、予想が難しい。
 どんな経緯であれ、この父が残された家族三人を気遣っていた様子はない。そうではあるが、洋一郎がもつ父についての思い出は、父を慕うものだ。
 では、洋一郎は父との再会を喜ぶか。そうはならないと考える方が順当だ。再会した父がどんな意図をもっていようと、父の年齢と離婚の原因と、父がいなくなった後の家族の生活を思うと、再会は、相当に厄介なものになると感じる。

 
 ここまで、連載を読んで疑問に思うことがある。
①「一章」でなく、「序章」なのはなぜか?
②姉も母も名前が出て来ないのは、なぜか?※父は信也という名だった。
 疑問と同時に、連載にしてはずいぶんとゆっくりとした感じの展開だと感じる。そして、小説の現在が、現実とぴったりと一致しているのが不思議な気がする。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第15・16回2018/6/16・17 朝日新聞

 両親の離婚、父がいなくなることの影響を、幼い子がどう受け止めるかが、列車の座席のことに表れている。
 幼い子だけでなく、大人になっていても、家族の変化を実際はどのように感じるかは、こういうところに出るものだ。

 母が子どものことを思って、無理をして行った万博は、よい思い出とは逆の結果になった。
 万博での洋一郎の思い出は、自分にとってはよい父であった父の記憶を強めているようだ。迷子になった洋一郎に残された思いは、父の姿を見つけてその後を追ったのに父の背中は遠ざかる一方だった、ということに帰結すると思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第14回2018/6/15 朝日新聞

 幼い洋一郎が、両親の離婚があっても日常が坦々と続いたと思っていたのは、わかる気がする。そして、それは幼い頃の思い出だけでなく、五十代のいまもあまり変わっていないようだ。父の側に離婚の責任の大半があると理解している現在も、出て行った父に対する非難の気持ちはまだ表現されていない。
 また、母への同情も表現されていない。姉の感覚とこんなにずれているのは、何か、理由があったのだろうか?
 
 母が生まれ故郷へ戻っても、この三人家族の境遇が好転するとは思えない。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第13回2018/6/14 朝日新聞

 賢司さんが、母と姉弟の面倒を今後みるわけではないだろう。離婚した父に対する賢司さんの考え方は、正しい。その正しさは、世間的な良識に照らしてものだし、それよりは賢司さんの好悪に基づいていると思う。
 賢司さんや母の親戚の人たちの行動が、母を救ったことになるのだろうか。はなはだ疑わしい。
 洋一郎にとっての思い出の父は、こいのぼりを飾った父であり、煙草屋のおばさんから「お父さんとお出かけ、いいね」と言われた父であった。母が離婚した父をどう見ようが、賢司さんが離婚した父を悪しざまに言おうが、洋一郎にとっての父は、別の人であったと思う。

 万博には、まだ行っていなかった。洋一郎の反応は、年齢からするとごく自然だ。

 私は、この賢司さんのように自分が持っている良識を自分の兄弟に押し付けるような人を、避ける。私自身がこのような態度をとったことがあっただけに、なおさら嫌だ。

『国宝』の特徴
①語り手の存在
 連載小説を読んでいるのに、まるで、舞台を観ているような気分になった。小説中のこととしても、できごととできごとのつながりや時間の経過が妙なところがあったが、舞台上で場が変わるような感じで、そこに違和感を感じなかった。それは、場面転換を「語り手」が行っていたからだ。
 また、歌舞伎の題目と舞台の描写にかなりの紙数が割かれているが、それもストーリーに溶け込んでいた。これも、「語り手」の役割であった。
 ただし、第一、二章くらいまでは、この「語り手」の存在や口調に慣れるのに時間を要した。

②昭和という時代背景
 「喜久雄」のような天才役者はともかくとして、「春江」や「市駒」像は、現代を舞台にした小説では不自然な面もある。それが、そう感じなかったのは、昭和という時代の描き方だったと思う。
 戦後復興もバブルも書かれていたが、昭和の明るい面は描かれていない。むしろ、アンダーグラウンドな昭和が描かれていた。
 民主主義、男女平等、所得倍増、個人尊重を謳歌したのが、昭和時代であった。だが、それは昭和の一面であった。昭和の明るさの陰には、戦中の傷跡から立ち直れなかった人、低所得の労働者、旧来の職業から抜け出せなかった人、戦前の家の考え方にしばられ続けた人などがいた、というのが正しい認識だと思う。
 「徳次」、「弁天」、「春江」、「市駒」は、まさに昭和時代の暗部で、その青春を過ごした人であったと感じる。だから、個性尊重や学校教育に無縁であっても、現代を生きている人物として受け止めることができたのだと思う。

 この小説は、あらためて、昭和という時代について考えるきっかけになった。

③最終回の後味
 劇場から出て行った「喜久雄」は、その後どうなったのか?
 中国から二十年ぶりに日本に帰った「男」を、「徳次」と書かなかったのはなぜか?
 読者に疑問を持たせたままに、『国宝』は終わった。

 「喜久雄」が「徳次」や周囲の人々の手厚い看護を受けて、長い治療と休養の後、正気を取り戻し、舞台に復活する。舞台に復活した「喜久雄」は、円熟を極めた演技を見せる。さらに、「一豊」をはじめとして後進の指導にあたり、歌舞伎界全体の発展に力を尽くす。
 中国で成功を収めた「徳次」は、その財力で「喜久雄」をますます支え、「綾乃」と「喜重」にも力添えをした。
 もしも、こんな風に『国宝』が終わったならば、それこそ、夢物語になってしまう。
 「喜久雄」が完璧を求めれば求めるほど、孤高の存在になるしか道はない。
 成功して、周囲が羨むような社長になるなら、「徳次」の仁侠の道は行き詰る。
 「喜久雄」が、他のどんな歌舞伎役者も及ばぬ究極の役者として存在するには、あの終わり方しかないのであろう。
 「徳次」が、いつまでも「喜久雄」へ忠義を尽くし、常に弱きを助け強きをくじく男でいるには、社長は似つかわしくないのであろう。

 「喜久雄」は、舞台と舞台の外の区別がつかなくなり、「徳次」は、中国で何をしているかわからぬままである。

 それでこそ、長崎の新年会で踊った「喜久雄」と「徳次」なのだ。
 「俊介」と自転車に二人乗りしている「喜久雄」なのだ。

 「徳次」は、「喜久雄」よりも「俊介」よりも愛着を感じる登場人物だ。
 「徳次」は、仁侠の人として描かれていると思う。信義を重んじ、義のためには命を惜しまない。「徳次」は、「喜久雄」のためなら命を惜しまないといつも言い続けてきた。そして、それを「綾乃」を救う場面で、実行した。
 また、弱い立場の者を助けるということも実行していたからこそ、芸者衆やホステスさんたちに人気があったのであろう。「徳次」は、「喜久雄」に忠義を尽くしながらも、「俊介」にとっての「源吉」のように、完全に従うことはしなかった。
 従者でありながらも、主人から離れ、自分の道を歩んでいる。

 「徳次」は、どんな時代でもその価値を失わない人の生き方の典型として描かれていたと感じた。
 だからこそ、作者は、「白河公司」社長を「徳次」として描きながらも、歌舞伎座に向かう「男」を「徳次」とはついに明示しなかったのだと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第12回2018/6/13 朝日新聞

 思い出と過去の記録は、違う。記憶の中でも、思い出は記録とは別のものになるのであろう。
 父がいなくなったことが、洋一郎にとって重い思い出になるのかと予想したが、そうではないようだ。子どものときの洋一郎にとっては、父はこいのぼりを飾ってくれた父であり、万国博に連れて行ってくれた父であるのだろう。
 父と、姉の思い出は詳細なのに、母が登場しないのが不思議だ。

 「春江」と「市駒」と「彰子」、この三人の「喜久雄」を巡る関係を考えれば、互いに憎み合っても無理はない。
 それなのに、この三人は憎み合うどころか、互いに感謝し、尊敬し合っている。
 「俊介」から、丹波屋の御曹司の位置と役者のプライドを奪ったのは、「喜久雄」だ。たとえ、「俊介」がプライドを取り戻しても、憎しみとわだかまりは、そう簡単に消えるものではない。
 それなのに、「俊介」は、「白虎」を襲名するときには、「喜久雄」への感謝を言葉にしている。さらに、両足を失った「俊介」が信頼したのは、当の「喜久雄」だった。
 父を殺した張本人の告白を聞いた「喜久雄」が、目の前の「辻村」に対して動揺と憎悪を隠し切れなかったとしても、それはむしろ自然な反応だと思う。
 それなのに、死期を悟った「辻村」の告白を聞いた「喜久雄」は、平静で、「辻村」を許す言葉さえもらした。

 むすびつくことが難しい関係の人と人とを、むすびつけてしまう。それが、「喜久雄」だった。「喜久雄」がいなければ、「喜久雄」が、歌舞伎だけを求める人間でなければ、この小説の登場人物たちがむすびつくことはない。
 「喜久雄」は、あまたの観客に喜びを与えただけでなく、周囲の人と人をむすびつけていた。

 親を殺した張本人を前にして静かな気持ちでいることができる人が、「喜久雄」だから、読者もそこに共感してしまうと感じた。

 両親の離婚の原因の多くが父にあったことを理解している現在も、思い出の父はよい父だと、洋一郎は感じていると思う。
 煙草屋のおばさんにとって、小学二年生の男の子にとって、この父は親しみやすい人だったのは間違いない。それは、この父の性格の一面だったのだろう。また、この父は、外面では人づきあいがよく、幼い子どもをかわいがる人であったと思う。

 『国宝』の主人公は、歌舞伎の舞台に立つ魅力に取りつかれただけの人間だった。
 『国宝』の全編を通して、「喜久雄」は、空っぽの人間に描かれていると感じる。
  好きになった「春江」と「市駒」と「彰子」、認知した娘「綾乃」、綾乃が生んだ孫娘「喜重」、育ての母親「マツ」、実の父のように感じた「二代目半二郎」、散々世話になった「幸子」、共に修行し互いに競い合った「五代目白虎」、兄同然だった「徳次」、「喜久雄」が大切に思う人は多い。しかし、そのだれよりも大切したのが、歌舞伎の舞台に立つことだったのは明らかだ。
 家族であっても恩人であっても親友であっても、芸の上達ためには犠牲にする者だけが、稀代の役者になることができる。芸術を創り出す真の名人は、「喜久雄」が歩んだように、運命の命じるままに求めるもののためだけに生きなければならない。
 作者は、「喜久雄、三代目半二郎」という主人公を通して、至高の芸術を生み出す者の喜びと孤独と悲しみを描いていると感じる。
 「喜久雄」は、完璧な歌舞伎役者を求め続けただけで、他の人を思いやって、歌舞伎のことを二の次にすることは、まったくなかった。人を思いやるどころか、役作りに没頭すると、周囲の人のことなど考えもしなかった。
 その意味でも、「喜久雄」は、人間として空っぽだと感じる。

 ‥‥ただ、「喜久雄」という人間の存在が、「人間国宝」の歌舞伎役者というだけなのか、というとそうとも言い切れない‥‥

↑このページのトップヘ