新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第144回2018/10/27 朝日新聞

 姉の言っていることは、もっともだ。だが、共感ができない。
 今まで、母についてのことを洋一郎は語っていない。母については、姉がもっぱら代弁している。理屈でいくと、母についてのことは姉の意見が妥当だ。だが、人の心情は理屈ではないし、時間の経過で変わる部分もある。
 姉はあまりにも頑なだと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第143回2018/10/26 朝日新聞

 田辺麻美さんと姉の宏子は、似通った年代だと思う。それなのに、洋一郎の父についての印象がまるで違う。この二人は、洋一郎の父との関係が違うし、接していた間の父の年齢も違う。だが、その違いを考えてもこんなにも印象が異なるには何か訳があると思える。
 
 父が、自分の家族との別れに強い思いをもっていたことが予測できる。父は、少なくと年を取ってからは、別れた家族に無関心ではなかった。
 洋一郎と姉の宏子の方が、無関心であったと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第142回2018/10/25 朝日新聞

 姉(宏子)は、次のような割り切った考え方が感じられる。
①父親であっても、だめな生き方をする人なら冷たく批判したし、父の死へなんの感傷もない。
②自分の子には、結婚という形式にとらわれなくてもいいと言う。
③自分の孫に対しては、『見守る』距離感をキープしなければならないと言う。
 一方では、次のような感情的な面も感じられる。
④母親に、自分を犠牲にしてでも寄り添い、協力した。
⑤母親を、義理の父の家の墓には入れたくないと言う。
⑥弟に、夫・父・祖父の立場があると言う。
 旧来の親子関係や家族観にとらわれない考え方と、自分を中心とした家族を大切にするという考え方が混在している。そして、こういう考え方をする人は、今の時代の多数派とも言える。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第14回2018/10/24 朝日新聞

 疑問に思っていたことが明らかになって来た。
①洋一郎が母に、実の父、別れた父が死んだことを伝えないのはなぜか。
②洋一郎が母に、孫(母にとってはひ孫)が生まれたことをすぐに言わないのはなぜか。
 この二つの疑問に、姉の意見が絡んでいた。姉は、姉なりに母のこと、そして洋一郎のことを思いやっている。それだけに、こういう姉弟の間柄は、複雑なものだ。

 母が別れた夫のことを心の底ではどう思っていたのか。
 ギャンブルさえしなければ、よい夫であり、よい父であると思っていたのか、それとも、心底から夫のことを嫌いになったのか。
 姉は、父のことをどう思っていたのか。
 物心つくまで姉は、父のことを好きだったのか、それとも、父についてのよい思いではただの一つもないのか。
 今度は、こういうことが疑問になる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第140回2018/10/23 朝日新聞

 姉には、洋一郎に話したことのない父についての記憶があると思う。

 姉は昔、よく私に言っていた。
 「洋ちゃんはずるいよ」
 なにが──?
 「あのひとのこと、消したよね。すごいと思う、皮肉抜きでうらやましい」(第7回)

 
姉は、亡き父が最晩年にカロリーヌの本を読んでいた、と聞いて、父についての感じ方を変えるどころか、ますます嫌悪感を強めている。

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