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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第90回2015/8/7

 前回の「兄」とは、誰だろうと思っていたら、「三千代の兄」であった。
 慎重な表現で、読者に示されているが、次のように読み取れる。
 「三千代の兄」は妹の結婚相手に「代助」を考えていた。「兄」は「三千代」へそれを伝えていた。「代助」は暗黙の内にそれを承知していた。
 しかし、その事の全ては、直接の言葉にならずに過去の中に埋もれてしまった。

 「兄」の突然の死によって、三人の関係は消失した。
 「代助」は意識していなかったが、「三千代」の言葉から、過去の「代助」の変化が明らかになりそうだ。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第89回2015/8/6

 食うために働くことが、働くことの意義を損なってしまうことも、食うためにあくせくすることが、無価値であることもよく分かる。だが、人は生きるためには食わなければならない。
 結婚という社会的な形式が男女の愛の本質に影響しないことも分かる。だが、他人の妻と一緒に暮らすには、彼女の夫や既成事実としての結婚と、なんらかの折り合いを付けなればならない。人は生きるためには、社会の一員でなければならない。
 「代助」と「三千代」の昔が、美しく純粋なものであったとしても、二人してそこへ回帰することはできないだろう。

 「代助」の無力ぶりと、同時に「代助」が辿り着いた境地が汚れのないものであることを感じる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第125回2015/8/6

 昔のジムだとは、意外だった。だが、「会長のお嬢さん」の話題が出てきて納得した。
 「佐瀬」が「会長のお嬢さん」と呼んでいる「令子」が登場したのは、もうずいぶん前の回のことだ。
 登場した時は、40年ぶりの「広岡」を直ぐに見分けている様子や「広岡」のために不動産屋へ念入りな連絡をしている事が分かった。だから、二人は浅い関係ではなかったと読めた。
 しかし、その後は「佳菜子」の登場と入れ替わるように全く取り上げられることがなかった。
 「令子」から「佳菜子」へ読者の視線を向けたのは、作者のしかけだったのかもしれない。

『母 -オモニ-』姜尚中

 「オモニ」の生涯に、生物の要素を満たした人間の一生を感じた。
 この世に生を受け、独り立ちしてからは食べるために必死に働き、子を生み育て、やがて死を迎える。これは全ての生物に共通する営みの要素だ。
 「オモニ」の生涯にははっきりとその足跡が残っている。
 一方では、生物としての要素と共に、人間に固有の要素も明確だ。
 民族と国家を意識し、伝統的な信仰と慣習を支えとし、家族を中心にした共同体の維持に全力を傾ける。これは、人間固有の要素だ。

 二つの国家と戦争の時代を抜きにしては語ることのできない生涯だが、それ以上に生命力の強さと生命の誕生から死までの完結の見事さを感じた。

 私を含め、現代日本ではこういう力強さで生涯を終える人が少なくなったと思う。

 それは、何を意味しているのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第88回2015/8/5

 旧来の日本の思想と道徳に束縛されることがなかった。明治の日本社会の道徳と常識に囚われることはなかった。西欧の思想をそのまま受けいれることは無理があると考えていた。
 何かのために行動するということをしなければ、頭脳と感覚は広がり、論理も感性も冴えていた。
 しかし、それは「代助」の頭脳の世界だったからだと思う。
 行動を起こすと、今までの「代助」の世界はたちまち変化する。

重なる雲が一つ所で渦を捲いて、次第に地面の上へ押し寄せるかと怪しまれた。

 この情景が「代助」のこれからの世界を象徴しているのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第87回2015/8/4

自分の行為に対して、いうべからざる汚辱の意味を感じた。

 こう感じるのが当然と思える「代助」の行動だ。
 彼のような境遇だから、思うように生きてくることができた。曇りのない頭脳で人間社会を見つめることができた。古今東西の美しい芸術に触れて、感性を磨くことができた。
 しかし、その境遇の一部が崩れると彼のあらゆる事が齟齬をきたし始めた。
 父の意見に背いて行動すれば、金に困る。愛する女性と会おうとしても夫の存在に阻まれる。
 この状態に陥ったのは、周囲が変化したからか。父のせいか。「三千代」のせいか。
 そうは思えない。「代助」が今まで生きてきたその生き方が、「汚辱」と感じる「自分の行為」を招いているのではないか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第123回2015/8/4

広岡は、日本に帰ってきて初めて心が安らぐのを覚えたような気がした。

 町営の温泉施設で、湯上がりに水を飲んで、満ち足りている。描かれていないところで、昔を懐かしむ会話があったとは思えない。二人は、思い出を確かめ合うような話さえしていない。過ぎ去った四十年間を詳しく語り合うこともしていない。
 気持ちが通じ合っていると言ってしまえばそれまでだ。だが、どんな気持ちで通じ合っているというのか。
 「佐瀬」は「広岡」に、会えて嬉しいとも世話になったことを感謝しているとも言わない。ただもてなしたいだけだ。そして、「広岡」は、そのもてなしをこの上ないものとして受けているだけだ。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第86回2015/8/3

縁談を断る。
   
父との関係を断つことになる。
   
父からの援助がなくなる。
   
自分の将来の運命の半分を破壊することになる。



縁談を受けいれる。
   
自分の気持ちを曲げ、父をまたごまかす必要がある。
   
それは断じて嫌だ。
   
心の迷いをなくするために「三千代」との関係をもっと深める。
   
そのために「三千代」とすぐに会う。
   
すぐに会うのは、夜だから都合が悪い。


 「代助」だけでなく、人が心に迷いを持つとは、こういうことだと分かる。人が自分の考えと行動を整理できなくてうろうろしている状態を、こんなにもきちんと整理して文章表現できることに感心させられる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第122回2015/8/3

 家族と一緒に住んでいるとしても、現代では親子だけがほとんどだ。これだけ高齢化が進むと、夫婦だけと、子も高齢になっている親子だけの家族の方が多くなりそうだ。
 三世代が同居していた時代の家族とは同じようには考えられない。
 また、夫婦関係も親子関係も、規範らしいものがなくなったので、例えば親子四人の家族と言っても、一定のイメージに当てはまらない場合が多い。
 学校での関係から始まる友人や仲間を持つ人は現代でも多い。クラス会、同窓会は盛んなようだ。しかし、そういう学校時代の知人とはクラス会という枠を外れると、途端に冷たい関係になる場合が多いようだ。私は、クラス会の類は出ないので、実態は分からないが。

 「広岡」と「佐瀬」と「藤原」には一緒に暮らす家族がいない。学校時代の仲間と親しくしていることもないようだし、現在は三人とも社会から孤立していると言ってもよいだろう。
 さて、「星」はどんな家族と共に暮らしているだろうか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第121回2015/8/2

 身近にいて支えてくれる家族はいなかった。銭湯に行く金にも困っていた。住んでいる所はジムの2階の狭い部屋で仲間と共同生活だった。一日は練習とアルバイトでつぶれ、遊ぶ時間なぞなかった。
 あったのは、チャンピオンへの夢と若さだけだった。
 しかし、今の二人は、その時代に戻りたいだろう。その辛い時代が、人生で幸福な時だったと思っているように、感じた。

 失ってみると、何が大切だったか、分かってくる。
 そこには、仕事の成功や名誉や健康や支えてくれる人の存在も含まれるだろう。しかし、そういったことと別の何かがあるのかもしれない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第120回2015/8/1

 挿絵を見て、20、30歳代の男は、「佐瀬」の体型に違和感や滑稽を感じるだろう。40、50歳代の男は、自分と「佐瀬」の体型を比較して、これほどはひどくないと思うだろう。60歳代の男は、「広岡」の体型に不自然さを感じるだろう。
 だが、二人と自分を比べるなら、その認識はまだ甘い。その理由は、自分の体型のイメージは何歳になっても、自分の10代のものだから。

 「広岡」の年齢で、彼の体型が特異なのと同じく、彼の行動と思考は極めて個性的だと感じる。
 だから、魅力があるのだ。

 挿絵を持って、上半身が映る鏡の前へ。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第85回2015/7/31

 「代助」らしくない「代助」がいる。
 平生の彼なら、縁談が本人に関係なく進むことを、予測するだろう。
 兄嫁に向かって言い切った彼の言葉は、内容もタイミングも相手も全てふさわしくなかっと、と感じた。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第119回2015/7/31

 年を取ると、新しいことに付いて行けず、過去の習慣から抜け出した思考ができなくなると言われる。物忘れが多くなり、五感が衰えるとも言われる。
 そのどれもが私にも当てはまる。
 しかし、老化が一番はっきりと現れるのは、体型の変化ではないか。たとえ、体重が変わらなくても、40年経てば体型は変化して当然だ。
 だが、「広岡」は違っていた。

だが、佐瀬は依然として驚きを含んだ声で言った。
「体型がほとんど変わっていない…」

 ここに「広岡」の本質がありそうだ。

 「気が若い」「若々しい心」と言う言葉があるが、信用できない。若く見える体型のままでいるのは、不自然だし、不可能だ。若い頃の体型を維持しつつ年を取れば、精神の若さを保つことができるのかもしれない。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第84回2015/7/30

 父に会えずに、兄嫁に縁談を断った。父の都合が悪かったことが、今後の成り行きに影響するような気がする。
 そして、兄嫁の話から、本人に知らされずにこの縁談が進んでいることも分かった。当時としては、これは不自然なことではなさそうだ。

 父に直接断ったのではないのに、「代助」が珍しく緊張しているのが伝わって来た。

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