本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2015年05月

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第34回
 「代助」の言葉を、私は次のように受け取りました。
 働く目的が生活のためだけであれば、その仕事を誠実にやることはできない。仕事そのものより、得ることができる収入の方が大切になるからだ。そうなると、誠実に働くことよりも、より高い収入を得られるような仕事の仕方をしてしまう。
 
 今の世の中では、こういうことが議論にならないほど、職業に就いて働くことは報酬を得るため、になっています。仕事の内容も、ユーザーの要求に応えることを優先するのが、当然のことになっています。どんなに良い仕事をしても売れなければ意味はない、ということは常に言われています。「代助」の言葉を借りるなら、「食いやすいように、働き方を合わせて行く」ことに、疑いすら持ちません。
 なんのために働くのか。どんな理由から職業を選ぶのか。古くて新しい課題なのだと思いました。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第48回
 「広岡」は、不動産屋でまったく信用されません。店主が次のように言いました。
「ひとり暮らしの老人は、特にしっかりした保証人がいないと、どこの大家も貸したがらなくてね。それでなくても、寝こまれたり、死なれたりして、面倒なことになるんでね。」
 
 今の日本の社会を実によく表しています。これは、フィクションではなく、現実です。
 そして、私自身も、今の条件がいくつか変化すれば、たちまち「ひとり暮らしの老人」とみなされると思いました。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第33回
 「代助」の考えは次のようなものでした。
 今の日本は西洋に追いつこうとして、無理ばかりしている。国のこのような姿勢は、国民一人一人に影響していて、国民は目の回るほど働かなければならなくなっている。
日本国中どこを見渡したって、輝いている断面は一寸四方もないじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何といったって、何をしたって、仕様がないさ。
 「代助」のこのような観察と意見について、現代の私が何を感じるか、難しいところです。
 「代助」は、当時の上流階級の一員であり、教育の程度は高く、西欧の事情と思想に通じていました。明治の人間の中でも、恵まれた環境にあると設定されています。ですから、当時の庶民の感覚とはいえないでしょう。
 しかし、当時の日本人が感じていたことを、ここから受け取ることはできます。

 歴史上の事実を知ることはできますが、その時代の人間の感じ方や考え方を知るのは難しいと思います。
 例えば、私たちの世代が昭和のバブル期に何を感じていたかは、現在、既に伝わらなくなっています。昭和のバブル期には、多くの勤め人の給料が上がったのは確かですが、それによって、投資や不動産売買に手を染めるようなことは、少なくとも私の身の周りの人にはいませんでした。また、有り余るお金で贅沢をしたなどという人は、当時の世の中の一部の人々です。だから、 バブルの頃は日本中が、景気のよさに舞い上がっていたなどという観察は、当てはまりません。
 それどころか、当時の職場の一般の勤め人は、経営者側と労働組合側の双方から出される指示の板挟みになっていた、という感覚を思い出します。

 その時代の人間の感じ方と考え方は、歴史学だけではなくて、当時の文学の中に見ることができるのだと思います。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第47回
 「今朝も寒いですね。」「これから散歩ですか?」ご近所の方の顔を見ると、こう聞かれるだろうと予想してしまいます。相手の方は、私からの返事をなんとなく予想しているのでしょう。
 日常の会話とはそういうものです。
 けっこう交渉がいる物の売買でも、それは言えると思います。車を買おうとしている場合は、売り手はこちらの予算を基準にいろいろと条件を示してきます。買い手の好きな車のタイプや買いたいと思っている車種については、意外に質問してこないものです。売り手と買い手の双方に交渉の進め方の予定があって、その予定通りに進まないと話はまとまりません。

 「広岡」は、不動産屋で、女店員の一般的な質問に、うまく答えられません。そこで、店の奥から店主らしき人が出てきて話し始めますが、この店主らしき人の「広岡」への見込みが全く違っているようです。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第46回
 生まれてから一度もアパートの類に住んだことがありません。そんな私が「ワンムール」という不動産物件の言葉を聞いたときは、なんとなく一部屋を借りるのだろうと思っていました。
 友人が、ワンルームマンションに住み始め、そこを訪ねたことがありました。驚きました。小さな玄関に入ると、トイレのドア、キッチン、いくつかの家具、冷蔵庫などの電化製品、ベッド、それらが一気に目に入ってきたのでした。
 私がイメージしていたのは、昭和の時代の「間借り」の部屋だったことが、そこでようやく分かりました。
 最近は、部屋数があり、いろいろな機能が付いた戸建て住宅なのに、敷地面積の狭い物件があるようです。必要性がないので、見学などには行きませんが、これも私なぞのイメージを超えた住宅なのでしょう。

 「広岡」が、40年ぶりの日本の不動産屋の様子に戸惑うのも無理はありません。そして、どうやら彼の日本滞在は長いものになりそうです。

『病床六尺』 正岡子規
 子規は、次のように書いています。
 病気が重くなってくると、いろいろな問題が起こる。「死生」の問題は大問題だが、いったんあきらめてしまえば解決されてしまう。それよりも、大きな問題は病人の家族の問題だ。家族がどのように看護してくれるかが、病人の苦痛を和らげるか、またはより苦しい思いをしなければならないかを決める。
 
 これは、現代の病人にも当てはまる気持ちです。現代は、病気が重いときは、入院ということになりますが、その場合には、医師の診断と治療が中心になります。けれど、実際の入院生活を経験すると、看護師のはたらきが、入院患者の生活の質を決めることが多いのです。
 手術後の痛みに苦しめられた際には、お医者さんの処置が頼りです。でも、痛みが来そうなことを伝え、痛み止めが効いてきたことを伝える相手は看護師さんです。ただ、麻酔の薬に頼るだけではありませんでした。痛みの箇所と度合いを伝え、それを理解してもらう看護師さんの仕事が、患者の気持ちを楽にしました。

 子規の時代は、一家の主の看病はその家の女性がするのが当然だったと思われます。そのことは、現代とは違いますが、介抱、看病が病人にとっての「大問題」だというのは、よく分かります。

 そして、現代で入院をしている場合にも家族の看護ということは、病人にとって大きな要素になると思います。 
 それは、現代の日本のように、高齢者が多く、家庭の人数が減っている時代には、より深刻な問題になっていることを、実際に経験しました。今は、病人の看病や高齢者の介護は、看病や介護される方だけでなく、看病や介護する方にとっても大問題なのです。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第45回
 たまに昔の写真を見ると、若い頃は、現在よりも生き生きした外見だったことが分かります。個人の中でだけ比べると、若い頃の方が少なくともツルンとしています。おかしな気負いや恥ずかしい服装やポーズもありますが、それでも、現在よりは見栄えはしていました。
 目指していることも、現在よりは生きのよいものでした。ただし、それほど価値があると思えない夢や目標であったことも確かです。 

 「広岡」は、チャンピオンになることができずに、日本に戻ってきました。「広岡」とともに、ボクシングに励んだ仲間の一人は、傷害事件を起こして刑務所に入っていることが分かりました。
 年を取ると、現実に押し流されたことが分かります。
 でも、それは、負の面だけなのでしょうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第32回
 退職してからは、酒を飲むのも家が多くなりました。この頃は酒を飲んで話をする機会は本当に減りました。今は、家で飲むこともしません。
 若い頃は、議論というのに当てはまるかどうか分かりませんが、自分から進んで友人や同僚と飲みに行きました。今は、それを懐かしいとも思いません。
 当時は、そういう場があってよかったのだと思います。理由はよく分かりませんが、自分が年を取っていく過程と、仕事を続けるための精神状態をつくるためには、気の合う仲間と酒を飲むことは役に立ったと思います。

 昭和の頃の宴会は、本音を出し合うコミュニケーションの場になったという意見もあります。職場の人間関係の不平不満を吐き出すことによって、それを解消する場になったという意見もあります。
 でも、今振り返って見ると、果たしてそうだったか、と疑問に思います。ある時期からは、職場の同僚との宴会はぐっと減りましたが、それを続けていれば、昔通りの人間関係をつくることができたでしょうか。そんなことはないと思います。
 家族も、学校も、職場も、昔の方が人と人との結びつきがあったというのは、当てはまらない気がします。社会の中で、家族も学校も会社も、それ自体が変化したのですから、それを構成する人と人の関係が変わるのは当然なのだと思います。
 
 今の若い人たちは、一人か少人数で、カラオケボックスに行ってカラオケをするのがおもしろいのでしょう。私は、それをしても、すぐに飽きてしまいます。若い頃の私は、スナックに仲間と一緒に行き、酔っぱらいながら話をするのがおもしろかったのです。今の若い人は、そんなことに興味をもたないでしょう。それだけの違いなのです。

 
 議論の上では、「平岡」は「代助」を言い負かしているようです。そして、「平岡」は、自身を敗者だとしています。
そうしながら、「三千代」の目から見ると、「平岡」は機嫌良く、得意になっているのです。
 「平岡」は、「代助」のことを、次のように決めつけています。
君はただ考えている。考えているだけだから、頭の中の世界と、頭の外の世界を別々に建立して生きている。
 このように、言いながら、「代助」と話すことを、楽しんでいるようです。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第44回
「あいつらの住所、どうしたらわかりますかね。」
 主人公の一言です。今までは出てこなかったことです。過去のボクサー仲間についても、その後の彼らについてどう思っていたかも。
 こういう一言が出るということは、主人公の帰国と彼らの動向に、何か関係あるのでしょうか。
 小説の展開として見ても、あまりに突然の一言です。

ラジオNHK第一 大相撲中継
 テレビで相撲の中継を見ることはほとんどありません。ラジオだと聞くことがあります。
 先日、カーラジオで、偶然に白鵬と逸ノ城戦を聞きました。立ち会う寸前まで、落ち着いて、白鵬の優勢を解説者と伝えていたアナウンサーが、一瞬間、何も言いません。その代わりに場内の大歓声だけが聞こえました。
 ラジオの中継がおもしろかったので、テレビの相撲中継を見てみましたが、すぐに興味を失いました。
 なぜ、ラジオの方がよいか、よく分かりませんが、ラジオ中継とテレビ中継には、映像のあるなしだけでなく、何か根本的な違いがあるようです。
 
 今日の白鵬戦の中継が終わりました。両者立って、数秒の内、白鵬の勝ちを言ったアナウンサーが「白鵬強い。」の一言を叫んでいます。
 そして、今は、臥牙丸の初金星を興奮した声で伝えています。更に、臥牙丸が、インタビューに答える息づかいが聞こえています。

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