本屋のとなりは写真館

朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2015年08月

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第140回2015/8/22

 「中西」と「大塚」、今までの描写では、「中西」の方にボクサーとしての魅力を感じる。それは、「広岡」の目を通してのものだ。
 「広岡」のアドバイスは、「大塚」本人も「令子」も考えていなかったが、必要なことだった。一言だが、「広岡」は、「大塚」の弱点となりそうなことを見抜いていたのだ。

うちに来て、あの子を見てくれない。

 「広岡」にとっては、恩返しをしなければならない人からの、望みようもないほどの誘いの一言であったろう。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第99回2015/8/21

 愛した女性とは、結婚をしなければならない。
 他の人と結婚している女性を、愛してはならない。
 これに承服しない考え方を、この作品の中だけでなく、今までに何度も聞いている。考えにとどまらず、それを実践している人を見ることは、現代では珍しいことでなくなった。
 しかし、夏目漱石が描く「代助」は、現代の考え方とはどこか違う。形式的な慣習や世俗の道徳に重きを置かないで、本能のままの感性に従って生きるべきだという主張とも何かが違う。
 では、その違いは何か、と問われると、まだ分からない。

 どうやって「三千代」との生活をしていくかという経済面の心配だけで、「代助」が苦しんでいるのではないと感じる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第139回2015/8/21

速さもうまさも大塚の方が上かもしれない。だが、何かが中西の方が勝っているような気がする。

 「何か」は、この小説が描こうとしている主題に関わることだろう。


真拳の会長は単なるアマチュアにすぎないんだと


 「会長」は、元プロボクサーやプロボクシング業界の人ではなかったことが分かる。そして、彼のボクシングの理想は、理論的でボクシング技術を大切にしたものだったようだ。


だが、広岡には、そのことに何となく現実味が感じられなかった。


 読者としても、そう思う。だが、説明されてみると、「令子」にまつわることが一気に納得できた。

 沢木耕太郎の緩急自在な表現力を味わえた。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第98回2015/8/20
 
彼は第一の手段として、何か職業を求めなければならないと思った。けれども彼の頭の中には職業という文字があるだけで、職業その物は体を具えて現れて来なかった。彼は今日まで如何なる職業を想い浮かべて見ても、ただその上を上滑りに滑って行くだけで、中に踏み込んで内部から考える事は到底出来なかった。

 私は小学校の頃から将来の職業について考えた。考えさせられたというべきかもしれない。だが、昨今のように学校教育のカリキュラムの一部として教えられたのではない。家庭と学校の両方から、しつけの一部のように、子どもの頃から職業について考えるのが正しいと教えられていた。
 上級学校を選択する場合も、それによって職業選択の幅が変わることを前提として学校を選択した。大学の入試に失敗した場合の浪人の期間は、社会一般の公認だった。だが、高校や大学を卒業すると、就職しないという選択肢はなかった。
 日本の近代以降は、このような感覚と現実が多数派であり、良識的であっただろう。
 だから、「代助」のような感覚は異端と見なされる。
 だが、どの時代でも私のような感覚が通用するものだろうか。
 子どもの頃から将来の職業を考えて、学校は職業に就くための準備の場という感覚に疑いをもってもよいのではないか。
 昨今の日本では、私の世代が持っていたこのような常識は通用しなくなってきた。

 「代助」の身近に「門野」がいる。「門野」は、資産家の出ではなく、特別な教養も才能も持ち合わせていない。彼は、住と食の面倒をみてもらっているが、使用人としての賃金を得ているわけではなさそうだ。彼もまた職業に就いているとはいえない立場だ。
 その「門野」は、毎日機嫌良く暮らしているように見える。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第138回2015/8/20

 アメリカのテレビで見た「中西」は、試合運びの冷静さとチャンスを待つ精神力から「広岡」にとっては、印象深いボクサーだった。「令子」は、その「中西」と真拳ジムの選手との試合を組ませようとしている。その試合が実現すれば、「広岡」は、どちらの立場に立つのであろうか。

 自分が打ち込んでいたことからすっぱりと身を引くというのは難しいことだ。
 引退しても、過去の経験を求められることもある。しかし、コーチとして本当に役に立つ存在になるというのは、あらゆる競技と業種において、非常に数の少ない存在であると思う。
 どんな技能でも、現役を去れば、たちまち過去のものになるのが現実だろう。

 それは、「広岡」のような男でも同じだと思うのだが。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第97回2015/8/19

 「父」は、この縁談が「父」にとって利益になることを正直に話した。また、自分の事業の状況が芳しくないことと、年のせいで弱ってきたことを、隠さずに話した。
 だが、我が子「代助」は、それを理解しながらも、「父」を助けようとはしなかった。「代助」がこの縁談についての不平不満をぶつけてくるのなら、まだ対処のしようもあるが、それもしない。
 「父」にとっての息子「代助」は、理解できない存在である。理解できないだけでなく、父としてどう接していけばよいのか、叱りつけるというよりは途方に暮れているように感じる。

 「代助」の方は、「父」をよく理解できる。だが、「父」が望むように動くことはもうないと心に決めている。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第137回2015/8/19

 これ、と決めたことは最後までやり抜く。「広岡」はそういう人間だ。だが、その決めたことをどうしても諦めなければならない事情を一度ならず経験してきた。
 一方では、諦めると未練を残さない人間なのだろう。
 ボクシング仲間の中心だったが、一度日本を離れると、昔の仲間と連絡すら取っていない。野球とボクシングに関係する仕事や人付き合いを断ち切った。ボクシングを諦めてから始めたアメリカでのビジネスとも縁を切って、今日本に居る。
 一つのことをやり抜く部分と、手を引いたらそこに未練を残さない部分はどこかでつながるのだろうか。

 アメリカを立つ前に偶然テレビで見たボクシングの試合のことが、ここにきてつながるかもしれない。

『母 -オモニ-』姜尚中

 読み終えた。
 「オモニ」が自らの一生を話してくれた。それを私が聴き終えたと感じている。作者を介して文章を読んだのであるが、語ってくれたことを直接聴いたような感覚が残っている。
 人の一生を知るということの価値を知らされた。しかも、その人は自分の家族だ。知るだけでなく、共に暮らした人の一生だった。
 この作品の特徴は、作者の母が中心になっているが、それだけにとどまらずに叔父と、さらに共に暮らしていた人の一生も丁寧に描かれているところだ。
 
 子どもに何を教育するかは、永遠の課題だと思う。でも、ここに一つの回答がある。
 子どもにとって役に立つのは、共に生きた人の一生を知らしめることだと思う。
 どうやって一人前になるのか、どうやって食っていくのか、どうやって困難を乗り越えるのか、どうやって老いていくのか、どのように死と向き合うのか、それが全て詰まっているのが人の一生だ。
 しかも、自己に最も近い人の一生だ。そして、その人が肉親だけでないところに一段の良さがあると思った。

 「在日」という存在と、戦争の時代ということがあるが、それにしても「オモニ」の語りには独特の存在感がある。それは、識字のことが影響しているかもしれない。「オモニ」にとっての表現手段は、音声言語だけである。それだけに生き生きと自分を表現できているのではないかと思う。
 幼児の頃だけでなく、親子兄弟のコミュニケーションは会話が根本だと意識させられる。

 文字の読み書きができなかった。故国を出て来るしかなかった。差別される苦しみを味わった。それらを跳ね返して生き抜いた「オモニ」の力強い声が耳に残っているような気がしている。 

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第96回2015/8/18

 親子、父と息子の関係がくっきりと表現されている。子が成人し、どのような形であれ、父子の別離が近づくと父の老いが明らかになる。
 「父」と「代助」の決別を避けることはできない。だが、父子の関係を妥協によって続ける道もある。
 世間には、妥協で繕った関係を続ける場合も多いのだろうと思う。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第136回2015/8/18

 「広岡」が、今の日本の様子や習慣に戸惑うこともあるだろう。「藤原」と「佐瀬」に会ったとしても、良いことばかりは聞かされないだろう。
 「令子」は「広岡」についてこのようなことを考えていたのだろう。彼女は、彼の現在をよく理解していることが分かる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第135回2015/8/16
 
 歩くのが好き、まるで恋人とのデートのように「広岡」を映画に誘う、「佳菜子」は妙な女性だ。今までも不動産の斡旋とは言い難いほど「広岡」の世話を焼いている。なによりも不思議なのは、年齢が離れ、しかも40年前の感覚しか持ち合わせていない「広岡」との会話を、いつも楽しんでいる所だ。
 「広岡」が、彼女とのいろいろな違いを無理に埋めようとしないのがよいのかもしれない。

 その「佳菜子」と行くレストランは、「令子」に紹介された店らしい。「広岡」が日本に来て頼りにした唯一の人がいる。それは、「令子」だと思う。彼の身元保証をしたのは「令子」だし、昔の仲間に会えたのも、「令子」が出発点になっている。
 「広岡」と「令子」には、過去には恋愛関係があったかもしれない。だが、それだけでなく、ボクシングを軸にした信頼関係があったのではないかと感じる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第134回2015/8/15

 最近は、老人ホームという呼び方はあまり使われない。介護施設、老人向けマンション、あるいは、トクヨウ(特養)、ロウケン(老健)などと細分化され、おまけに略称のまま使われている。だが、名称に惑わされてはいけない。介護、訪問医療付きマンションと呼ぼうが、自立が難しくなった老人が家族から離れて住む場所は、やはり老人ホームなのだ。マンションとアパートの違いが曖昧なのと同じだろう。

 私は、自分の最期までのある期間は老人ホームだと思っている。老人ホームでないとすると、病院かもしれない。私の癌の発見が遅かったら、病院で最期を迎えることになっただろう。自宅で、最期までの期間を過ごすというのが、最も可能性が低い。
 歩行に無理がなく自立して日常生活ができる年齢、いわゆる健康寿命と、寿命との間にはどうしてもある時間がかかる。今の制度では、その期間を病院入院で過ごすことはできない。自宅で過ごすのはある理想であろうが、それには家族の負担が伴う。
 そうなると、経済的な負担のめどが立てば、老人ホームという選択が、現実的だ。

 日本の現実が、こうなったのは次の二つの要素からだと思う。
○ 医療の進歩と、その一般化。
○ 法律と経済の変化に影響された家族形態の変化。
 衛生状態と栄養状態の改善、医学の進歩がもたらすものを多くの国民が受けることができるようになったことが直接的な要素だと思う。
 家族の変化は、倫理や道徳の問題ではなくて、国民全体の生活水準が上がったことと、相続に関する法律の影響が大きいと、感じている。

 「広岡」は、肝心の映画本編を見ながら、予告編のことを何度も思い浮かべている。それを読みながら、私はこんなことを思ってしまった。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第95回2015/8/14

 「三千代」との関係は、本心を打ち明け、彼女の覚悟も聞いた。「父」との関係も結着が付く見込みが立った。
 残るは、食うための金をどうやって得るかである。

 単純なようで、永遠の課題だと思う。
 根本的な問いにまで遡らなくても、いかに食うための欲求を満足させるか、いかに便利で安楽な生活を維持するかはどの時代でも、人に課せられている。必要最低限の生活では、人は満足できないし、豊かさを求めれば、きりがなくなる。
 そう考えると、今までの「代助」の生活ぶりは、非常にバランスがとれているのかもしれない。しかし、働かずに贅沢はし過ぎずにという生活を続けられるはずもない。

 原発が現在も将来も人に安心を与えないだけでなく、多くの犠牲者と被害者を出しているのは確かだ。だが、なるべく安価で現時点では手に入れやすい電力を、多くの企業と一般の人が求めているのも確かだ。
 物のために生きるのではないが、物がなければ快適に生きていけない。これは、明治も現代も変わりがないことを突きつけられたような気がする。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第133回2015/8/14

 この回では全く触れられていないが、真拳ジムの会長のことが気になる。どうやって、「広岡」が真拳ジムに入ることになったかは、明らかになっていない。だが、当時の「広岡」の境遇を考えたら、彼が相当に扱いの難しい若者であったことが想像できる。それは、四天王と呼ばれた他の3人も似たようなものだったろう。
 そんな血気盛んで、どこか屈折した気持ちをもっている若者に対して、ボクシングのトレーニングだけでなく、本と映画を勧める会長は、どんな人物だったのだろうか。
 ボクシングの技術を教えるだけの人でなかった。また、ボクシングで有名になろうとか儲けようとする人ではなかった。そういうことが想像できる。そして、その娘「令子」のこともやはり気になる。

 「佳菜子」の頼み事が映画とは、全く意外だった。若い女性からのデートの誘いとも取れるが、それだけではどうもしっくり来ない。彼女の過去と映画と「広岡」は、どう絡んでくるのだろうか。

朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第94回2015/8/13

 「代助」の何かが変わってきている。今の所は何事も起きてはいない。だが、彼の決然とした様子が伝わって来る。
 今までの「代助」について考えてみると、精神と行動を二元的に捉えることが無意味に思える。
 表面では、彼は思索の人であって、行動は起こさないで生きているように描かれている。しかし、食うためだけの、儲けるためだけの行動をしないことは彼の思索の結果だ。また、世間の道徳と常識に則った行動をしないのは、彼の精神の具現だった。
 つまり、「代助」の行動と精神は、一致していたのだと思うようになった。
 
 その「代助」が、今まで以上に決然と行動を始めたと感じる。次々と決断し、迷うことなく行動している。だが、何かを画策しての動きではない。

彼はただ何時、何事にでも用意ありというだけであった。

 こういう「代助」に、以前は歯がゆさを感じた。しかし、今はそうは思わない。かえって、度量の広さと思考の深さを感じる。
 世渡りの上からは、追い込まれているのだろうが。
 

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