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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年02月

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第318回2016/2/22

 シェアハウスを舞台にした映画とテレビドラマを何作か観た。どの作も、テーマは、そこで共同生活をする人同士の関わり方に行きつく。
 広岡たち四人は、このシェアハウスにいるが、部屋は共有していない。しかし、食事は分担して作ったものを一緒に食べている。特殊なのは、家賃がいらないことと、過去に四人で共同生活をした経験があることだ。
 この四人の中に、共同生活の経験のなさそうな「新しい人」が加わることができるのだろうか。できたとしても、そうやすやすとはいかないと思う。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第317回2016/2/21

 どんな住まいに住むのか、は重要なことだ。それ以上に、住宅という器にどんな人と住むかは、人生を左右するほどのことだと思う。
 
 「白い家」は、しっかりと作られた家で、広さも十分にある。そして、一部屋一部屋はホテルなみに備品を整えてある。だが、一軒の家の中であることは変わりはない。この家に住むということは、個室があったとしても、この一軒の家の中の空気も音も共有することになる。「白い家」に住む人同士が、互いの動向を知られたくないと思えば、そこに住むことは大変な苦痛になるだろう。
 広岡のように感じることができれば、一軒家での共同生活が心地よいものになると思う。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第316回2016/2/20

その思いがけない展開に、広岡たち四人は、なんとなく顔を見合わせて、息をついたり、苦笑したりした。

 夕方から飲みに出かけた五人の一日がようやく終わろうとしている。厄介事に巻き込まれ、それに仲間で取り組んで、なんとか片付けた。四人の男たちのやり終えた安堵と快い疲労が、伝わってくる。
 挿絵の時計も効果的にそれを示している。


 藤原と星と佐瀬がそれぞれの考えを言い、広岡がそれを括って結論を出す。この物事の決め方をちょっと変えてしまったのが、佳菜子だった。広岡は、自分が送ってでも彼女を帰そうと思っていたのではないか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第315回2016/2/19

 藤原は、若者を諭す口調になっている。星は、まだ追及の手を緩めない。佐瀬は、細かに若者の世話をしだした。そして、広岡が要所を締める。
 この四人の組み合わせの妙は挿絵にもよく描かれている。でも、この絵で一番目立っているのは、テーブルだ。あんなのは、なかなか手に入るものじゃない。

 
 ストーリーの中心と細部のつじつまが合わないと、小説を楽しむことはできない。老人の広岡が、プロのライセンスを取得した若者を倒したのは、虚構の世界と言えども普通は無理がある。
 だが、この作品ではそこを納得させる設定がなされていたと思う。
 広岡は、かろうじて若者のパンチを避けた。そして、一発のクロスカウンターで若者を倒した。
 広岡が軽いパンチでも当てられていたら、倒れなくても、そのダメージは深刻だったはずだ。また、クロスのチャンスは、たった一度きりで、それをつかんだのだ。広岡には、二発目三発目のパンチは無理だ。
 広岡がキーウェストで偶然見たテレビの試合では、圧倒的に強い相手に逆転した日本人ボクサーが登場していた。彼は、その試合の中で、たった一度きりの一瞬のチャンスをつかんで勝者になった。あの試合の流れが、今の広岡のクロスに重なってくる。


 若者がプロのライセンスを持っているとなると、所属ジムとコーチはどうなっているのだろうか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第314回2016/2/18

 星は、パンチが鋭いが、言葉も鋭い。星が問い詰めるように発した言葉から、若者が事情を話し始めた。
 そして、星が肝心のことを訊いた。

「おまえ、本当にプロなのか?」

 プロだとすると、今回の暴力沙汰は徹底して隠すか、広岡が一方的に暴力を振るったと嘘をつかなければならないだろう。それよりも、チンピラ風と一緒だったというだけでもまずいのではないか。
 プロを目指している段階だとするなら、今回路上で殴り合ったことが、表沙汰にならなければ、なんとかやり直しが効くのではないか。

 四人の行動と言葉が、ここでも見事にかみ合っている。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第313回2016/2/17

 藤原は、この若者の態度からもう親近感を持っているようだ。
 星は、因縁をつけてきたチンピラとの関わりから、この若者に疑いの目を向けている。
 これから男たち四人が、それぞれにこの若者に働きかけていくと思う。それぞれの個性の描かれ方が楽しみだ。

 それにしても、この白い家の作りはいいなあ。
 みんなが集まれる場所があって、そしてまるで小さなホテルみたいに個々のプライベート空間がある。初めて泊まった佳菜子も若者も、それぞれの部屋で自分の時間を過ごせただろう。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第312回2016/2/16

 「白い家」の新しい住人として、佳菜子とあの若者が加わった。
 この二人が過ごすのは一晩だけかもしれない。広岡は、この家での共同生活が一日で終わろうが、何年間も続こうが、意に介さないと思う。

 広岡の言葉にも心理描写にも、彼が、その時その時を懸命に生きて来たという表現はない。なぜか、そう感じさせるものを持っている。それは、この作品の冒頭から流れ続けている広岡の行動の核とでも言うべきものなのかもしれない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第311回2016/2/14

‥‥‥眼が覚めると、コーヒーの匂いがした。広岡はベッドに横になったまま、その香りをしばし楽しんだ。

 人生に一度あるかないかの大変な日でも、いつもと同じ平凡な日でも、一夜明ければ、また朝が来る。そして、眼が覚めたときに何を感じるかが、大切極まりないものだと、思う。

 広岡の今朝の眼覚めは、いかにも心地よさそうだ。



 作者の語句の選び方と国語表記には、いつも教えられる。
 「眼が覚める」は、「目が覚める」とされることが多いし、それが正しいとされる。この場面では、この朝が意味のある朝であり、その目覚めの気分を伝えるためには、「眼が覚める」の方がしっくりする。
 「‥‥‥」の使い方と、「匂い」と「香り」の使い分けにも感心させられる。

朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第91回2016/2/11

 いよいよ座禅の修行が始まったが、それは宗助が期待していたようなものではなかった。
 宗助は、他者に対する責任を強く感じ、その罪の意識から逃れることができずに、苦しんだ末に、この寺へ座禅に来た。それなのに、その心の苦しみに触れるようなものは何も得られそうそうもない。
 
 禅寺での修行ではなくて、他の宗教の門を叩いていたら、宗助が今求めていることに応えてくれたかもしれない。だが、直接的な教えが、不安と悩みを乗り越えるものになるとは限らないと感じる。
 

朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第90回2016/2/10

 宗助が訪れた庵には、もう一人の修行者がいた。その男は、修行に来てもう二、三年になるというのに、宗助の目には次のように映っている。

彼は剽軽な羅漢のような顔をしている気楽そうな男

 宗助は、当時の世間一般の人々に比べれば、静かでつましく寂しい生活をしている。そんな宗助にとってさえ、修行に来ている人たちは、より静かで、世間の考えから離れた生活ぶりをしていると、感じている。
 しかし、宜道や他の修行者を尊敬して、自分もあのようになりたいとは、思っていないようだ。
 また、寺の周囲の「幽静な趣」は感じても、それで心が休まるとは感じていない。

 心の救いを求めて寺へ来たのに、その場の雰囲気と修行者の様子を客観的に見ているところが、非常におもしろい。

朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第89回2016/2/9

 宗助が役所勤めを休んでまで、座禅に出かけるには相当の決心がいったと思う。そうしなければ居たたまれない心境だったことが改めて分かる。
 それと同時に自己にとって最大の苦しい心境を、乗り越えようとしていることも分かる。その乗り越える道は、何かにすがることで救われようとするのではなく、自身を変えようとしているのだと感じる。


悉く寂寞として錆び果てていた。

 自身の心を自身で変えるために訪れた寺は、寂しく閑散としたものだった。
 だが、紹介の手紙にあった宜道という若い僧は、温かく宗助を迎え入れている。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第310回2016/2/13

 病院へ行くかどうかを、藤原が若者に訊ね、広岡が行こうと決断した。タクシーの運転手もそうした方がいいと態度で示した。
 この小説では、物事が決まる過程が気持ちよく進む。しかも丁寧に描かれていると感じる。

 年を取ると、他人の意見を聴き、それを判断材料にしながらも自分で決断し実行することが、だんだん困難になる。そういう傾向を減らすためにも、この辺のやり取りを覚えておこう。


 現実の老後の準備としては、資金が必要だとされる。それは、老後の住まいと介護サービスのためが大半を占める。資金が多ければ、設備の整った住居と手厚い介護サービスが約束される。だから老後の準備は、まずは資金だという考え方は、今のところ的を射ているように見える。
 小説の中の広岡たちは、こういう考え方とは逆の道を進んでいる。広岡たちの老後生活はフィクションの世界のものだ。
 かたや、金があれば約束される介護付きマンションや手厚い介護サービスは現実の世界のことだ。
 だが、立派な介護付き住居や、至れり尽くせりの介護サービスの将来がフィクションにならないと言い切れるだろうか。私は、疑問に思う。
 総人口は減るが、これから高齢者の人数は増えピークとなる。高齢者が増える時期は、高齢者の様々な需要もあるが、その後はどうなるか。立派な高齢者マンションも、新規の高齢者がいなくなったら、人のいなくなったニュータウンのようになるのではないか。
 現に、介護保険は、近い将来今の水準を維持できないのは明らかだとされている。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第309回2016/2/12

 今までは、佳菜子を含めた四人へ指図を一切しなかった広岡が、細かく指示した。それは素早くて的確だった。四人は広岡の言うがままに動いた。

若者の足取りが少しずつしっかりしはじめているのを感じていたが

 若者はすでに回復しつつある。ところが、広岡は若者を連れていくのを、止めていない。


 四人と佳菜子は表面にはまだ出さなくとも、興奮している。
 四人は、ボクサーとしての現役時代以外ではこんなに興奮し、やったぞ、という感覚を味わうことはなかった。藤原のように暴力沙汰に巻き込まれることがあったかもしれないが、そのときは独りで始末しなければならなかった。
 「チャンプの家」の住人たちは、この夜のことをこれからも何遍も話題にし続けると思う。藤原は何もできなかったことを悔しがり、それはみんなの笑いを誘うだろう。しばらくの間、三人は活躍ゆえの筋肉痛に悩まされ、それも笑いのタネになるだろう。


若者のその動作が、意外に思えるほど素直なものに感じられた。

 若者がプロのライセンスをもっているなら、見かけはパッとしない老人の星と佐瀬の技術を理解している。そして、広岡のスピードとタイミングに圧倒されていると思う。  

朝日新聞連載小説『門』夏目漱石第88回2016/2/5

 宗助は、苦しくて逃げ回っているように見える。
 だが、責任転嫁は一切しない。自分を不幸だと一言も嘆かない。

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