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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年06月

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第444回2016/6/30

 医師資格の女性が動いてくれたのだ。
 宇佐見弁護士の身の軽さ、バイクでの行動力が功を奏した。すぐに動くことは大切なことだ。困っている時こそ、頼りにしたい専門家の動きの速さは救いになる。
 ゴタゴタした騒動にならずに、佳菜子が教団からうまく脱出できたことに安堵した。

 今やバイクというと、中高年の趣味の乗り物になっている。私はバイクには乗れないが、その行動範囲の広さと移動手段としての実用性の高さを知っている。簡単な話、公道上でバイクを追跡するなんていうことは、四輪には不可能だ。それに、人一人を移動させることを条件とすればバイクほど燃費の優れたガソリンエンジン付きの乗り物はない。
 この弁護士は、趣味だけのバイク乗りではなかった。

 佳菜子は、教団の集落から今の生活に入ったのではないことが示されている。教団から脱出した佳菜子に、次は四国の高知でのできごとが待っているのだろう。

 
 佳菜子は現在でも特殊な能力を持っている。
 数奇な生い立ちと特別な能力をもつ女性が、チャンプの家にいることが不思議だ。佳菜子の過去のことを知ってしまっても、広岡と他の四人の彼女への態度は今まで通りだと思う。しかし、佳菜子の能力はこの小説に今後も何らかの影響を及ぼすのではないかと思う。
 たとえば、翔吾と大塚が対戦するとしたら、その勝敗を佳菜子はどう予知するだろうか。   

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第443回2016/6/29

 子どもの頃の佳菜子は、拉致されなくとも、元来が一般の社会から隔絶された環境にいた。それに、保護者に当たる血縁者はいない。一緒に住んでいる医師資格の女性は、悪い人ではなさそうだが、佳菜子の幸福のために動くという様子はない。
 一方、教団側の人々にとっては、佳菜子は母と二人だけで自分たちの集落に逃げてきたのだし、その母が亡くなってしまってからは、彼女を操るのは容易だったと思う。
 佳菜子がこの環境と教団の生活から抜け出すのは、きわめて困難だったと思う。
 佳菜子を教団から救いだし、今のような生活ができるように援助したのは、いったい誰なのか。宇佐見が一人だけでそれをやり遂げたのか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第432回2016/6/28

 失踪者をたちどころに発見したり、ショーのように観客を楽しませたりする能力は、超能力とは思えない。しかし、それほどはっきりとはしていなくて、場面や場合によっては発揮できるような特殊な能力を持つ人がいることは信じられる。

この子には、動物や植物の声が聞こえるのではないか?
しばらくすると、佳菜子は、天気の変化を正確に当てるようになった。

 こういう能力を持つ人は、小説の中だけでなく、現実にもいると思う。


だが、その集落に変化が起こった。

 これは、母が亡くなった佳菜子が医師の女性と暮らすようになったことだけを指すのか?

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第441回2016/6/27

 一読者としては長い間謎に包まれていたことが、明らかにされてきた。
 ここまでを聞くと、佳菜子を守るとすれば、母の再婚相手(義父)からということになるが、それだけだろうか?
 シェルターのような集落でのできごとが次に明かされるのだろうか?


 藤原、佐瀬、星、翔吾、佳菜子、そして、猫のチャンプ、みな共通点があると思う。それは、広岡にも。
 「チャンプの家」は、チャンピオンの家であり、捨てられた子猫の安住の住処でもあると感じる。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第440回2016/6/26

 佳菜子が何かにおびえている様子は今まで描かれていない。また、暗い過去を背負っている風も見せていない。だが、彼女の話からは家族や友人について一切出てこないだけでなく、子供の頃の家庭での生活が感じられない。

それは、単に若い女性が都会で暮らすことによって生ずる危険、といったものとは本質的に異なるものから佳菜子を守る必要があると(略)

 広岡のこの推測と、宇佐見の「一緒に暮らす人たち」の言葉が手掛かりになりそうだ。

 この章で、佳菜子のことが明かされるとすれば、それはどこかで翔吾と大塚の対戦にも関連してくるのではないか?いや、それは私の勘ぐりか‥‥

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第439回2016/6/25

 金儲けを唯一の目的にする人を好きにはなれない。でも、仕事をするからには金を稼がなければ話にならない。それにどうせなら時間と手間をかけないで稼げる方がいい。私はそう考えている。


(略)金になればどんな仕事でもやる。(略)しかし、頼まれて面白そうなら金にならなくてもやる。

 宇佐見というのは、なかなかに面白い人物だ。名声や権威には無縁な人だ。
 名声や権威というと古臭いが、リスペクトされたいとか「イイネ」をたくさんもらいたいとかは、横行している。人の実力よりも他からの特別扱いの評価だけを願う姿勢で、現代の名声や権威至上主義だと思う。
 宇佐見は、いわゆる善良な弁護士ではなさそうだが、「ボランティア」をする面もあるようだ。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第438回2016/6/24

 初対面の人への第一印象というのは当てにならないと思っていた。特に職業上では第一印象が偏見につながると取り返しがつかないので、持たないようにしてきた。
 職がなくなると、むしろこの第一印象の方が役に立つ。要するに理由などなくとも、好きな人は好きだし、嫌いな人はなかなかのことでは好きになれない。そして、好きでも嫌いでもない人は、たとえ頻繁に会ってもそのままであることが多い。

 広岡は、この宇佐美なる人に対して、佐瀬が感じたような悪印象は持たなかったことが分かる。この男は、登場の仕方は怪しいし、表情やものの言い方もよい印象を与えない。しかし、話してみると、広岡の気持ちを和ませるものをなにか持っているようだ。
 宇佐美が「来訪者」の本命かもしれない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第437回2016/6/23

 借金取りではなかった。
 佳菜子に関係がある人物らしい。432回で書いた「ますます重要な登場人物となった佳菜子の謎につつまれたままの来歴。」が明らかになるのだろうか。


 小説の先のストーリーを推理して、その推理を覆す展開を読ませてくれる。これぞ、エンタテイメントという感じをもつ。

 もし、進藤の知り合いの弁護士なら佳菜子に害をするような人ではないはずだが。


 この小説の食べ物では、カレーライスに続いて蕎麦が前回出てきた。私の年齢になると、珍しいものよりも、カレーや蕎麦が一番だ。それに、ペーパードリップのコーヒー。なぜ、珍しいものやプロが作る手の込んだ料理よりも、毎日食べるものの方がよくなるのだろう。不思議だ。
 広岡は、ホテルの経営者だ。それに、アメリカ暮らしが長い。それなのに、カレーライスや蕎麦をうまく作る設定に違和感はない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第436回2016/6/22

「この数ヵ月で、翔吾を大塚に勝てるボクサーにすることはできない相談だろうか」

 翔吾と大塚の二人が、それぞれの意志で試合をしたいのは理解できる。
 だが、その二人をサポートする側はどうなるのか。翔吾を広岡たち四人がサポートし、大塚には郡司トレナーがつくことになるのだろう。そうなると、会長の令子の立場はどうなるのか。また、試合後の真拳ジムの中はどうなるのか。
 例えば、翔吾が勝ち、広岡たち四人がその後も支え続けて、世界チャンピオンにまでなったとする。広岡たちは、それで真田の夢を実現できたといえるのだろうか。私には、どうもそうは思えない。
 翔吾が大塚に勝ち、真拳ジムの所属のままで世界チャンピオンにまでなるというストーリーはないような気がする。


 広岡が、佐瀬の家を探したときに、近所の人に借金取りと間違われた。佐瀬がおびえる相手は、借金取りか、それとも身内の人か?

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第435回2016/6/21

 藤原と星の考えは筋が通っている。立場は逆だが、佐瀬の意見もわかる。広岡は、迷っていたようだ。そして、広岡も腹を決めたようだ。
 
 翔吾と大塚の試合ということになると、四人は、翔吾の側に立つことになる。それは、二人のボクサーの対決だけでなく、トレナーとセコンド同士の対決にもなっていくのであろう。

 勝負ということを理屈で理解するのはそれほどやっかいなことではない。だが、一人のチャンピオンを生み出すためには、多くの敗者が必要とされることを理解し、感じ取るのは難しい。
 ボクシングだけではなくて、あらゆる分野で、勝者のことはたびたび描かれ、スポットも当たる。だが、敗者の気持ちと考えを描いているものは多くはない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第434回2016/6/20

 翔吾が、大塚とは戦わないとあっさりとは言わないだろう。

 山越との戦いでは、翔吾は圧倒的に優勢だった。しかし、山越のラッキーパンチとその後の強引な攻めの前に、危機を迎えた。
 大塚とのスパーリングでは、翔吾がスタミナでもパンチ力でも優位に立てるところはなかった。
 もしも、藤原のインサイドアッパーがなければ、大塚に負けていただろうし、山越にも勝てたかどうかわからないと思う。

「危険だぞ」
 
 星は、大塚と戦うことを止めろとは言っていない。
 そして、広岡はまだ何も言っていない。


 「来訪者」は、令子のことなのか?他にもいるのか?

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第433回2016/6/19

疑問一
 令子は、大塚のことを広岡にだけかそうでなくとも最初に広岡に相談したと思っていた。しかし、他の人に相談して解決ができないので、広岡の所に来たのだった。令子が、広岡を特に信頼していると思っていたが、そうでもないのかと感じた。

疑問二

「よかった。負ける姿なんて、どちらも見たくないものね。」 

 ジムの会長とはいえ、令子の母性的な面と優しさが出ている。
 だが、広岡たち四人はどう考えても負けた男たちだ。
 この小説は、勝敗をきっちりと描く。勝者だけが取り上げられるのではなく、敗者へも、むしろ敗者の方に焦点が当てられると感じる。


 挿絵では、広岡と令子の実際の年齢相応の表情が描かれた。「お嬢さん」と「広岡君」は、もう過去のことなのだ。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第回2016/6/18

 前回を読んで、令子の話が父の残した家についてのものだと思った。まったく違った。
 令子からの電話の時には、佳菜子についてのことではないかと思った。それも違っていた。真拳ジムでは話しづらいことと電話では言っていたので、てっきりチャンプの家の誰かに関わることだと思ったら、大塚のことだったとは!
 大塚と翔吾の関係については、確か以前に触れられていると思う。星が、翔吾の体格から大塚と階級が重なることを見越していたと思う。
 また、スパーリングの際に大塚を倒した翔吾のアッパーパンチを、藤原と広岡が止ようと叫んだ。それがここにつながってきた。

 伏線ともいうべき筋立てが地下水脈のようになり、それが思いがけぬ場所で湧き出してくる。

 次のこともどこかで、つながり合うのだろうか?
○令子の話に出てきた真田の残した家。
○翔吾の父と話しながら広岡が感じていたこと。「――これが翔吾を不幸にすることにはならないだろうか‥‥。」
○チャンプの家のことが報道された影響。
○星が自分のパンチをまだ教えていないこと。
○ますます重要な登場人物となった佳菜子の謎につつまれたままの来歴。


 広岡は大塚のボクサーとしての能力を認めていたが、肝心の黒木翔吾のことは本心では認めていないのではないかと思っていた。しかし、この二人の能力について広岡のとらえ方がはっきりと表現された。

(略)異なる団体の世界チャンピオンの座に、二人同時に就かせることも夢ではない有望な選手なのだ。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第431回2016/6/17

 挿絵にあるようなペーパーのドリップ式を愛用している。ミルは、電動のありふれたものだ。コーヒーメーカーもいくつか試してみたが、いちばんの欠点は同じ種類のコーヒー豆ならいつも同じような味になることだ。その点ドリップ式は、ちょっとの違いが香りと味の違いになる。自分で飲むのだからいつもベストに近い味を求める必要がない。違いが、はっきり出るのは挽き方の違いだ。電動のミルなので、自分の感覚でしかないところがおもしろい。もちろん挽いた豆の分量と湯の量でも変わる。
 ペーパーのドリップ式でひとつこだわっている。一般的なプラスチックのロートを使っているが、これに二種類あって、完全な円錐形のものの方がよい。


しかし、それはもう比べようもないくらい遠いものとなっていた。

 広岡たち四人が翔吾へ教えていることは、真田と白石が考えた方法であり、昔をなぞっている面がある。しかし、そればかりではないのであろう。回顧ばかりでなく、真田の気持ちを継ぐ方法を、広岡は考えているように思う。

 真田の家が話題になった。空想が広がる。
○真拳ジムの運営を令子一人でやるには限界を感じている。
○真田の残した家は、広岡たち四人が共同生活をしたスペースがそのまま残っているのではないか?
○今まで残し続けてきた家を売り払ったりしないで、亡き父の遺志を継ぐ形で残したいと、令子は思っているのではないか?

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第45回2016/6/10

 迷亭の話をはじめてまじめに聞いた。東風のドイツ人にドイツ語で話しかけられたエピソードだ。
 他国語を少しかじったことがあるというのが危ない。例えば、英語に興味があるというだけで、それを使ってみようとするのが危ない。
 できなくても使わなくては他国語をものにすることはできないであろう。(私は、他国語をものにしたことはないので、仮定でしか言えないが)
 自分の語学力はまったくの初歩であると自覚していれば、東風が陥ったようなことにはならないであろうが、少しでも通じると、なんとかなると思ってしまう。

 それにしても、苦紗弥は教師だし、寒月はギリシャ語を読む、東風は例え初歩であろうとドイツ語をしゃべる。この三人の語学力は、相当のものと感じる。迷亭の語学力は分からないが、雑学の知識は豊富だ。

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