本屋のとなりは写真館

朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年07月

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第461回2016/7/17

 スパーリングでの中西は、広岡がアメリカで観た中西とは違うボクシングをした。翔吾も今までの戦い方とは違う動きを見せている。
 アウトボクシングが得意であっても、世界を狙おうというボクサーなら、国内チャンピオンレベルのファイタータイプよりも強いパンチを持っているということだ。

広岡はその中西に近づいて話しかけた。

 広岡は普段こういう行動をとらない。中西のボクシングの変化がよほど気になったのだ。
 「意外そう」な顔をした中西は、何を言うだろう?今のスタイルは、アメリカで注目を浴びるようになり、人気をより得るためには必要なものだったと、言いそうだ。

 このスパーリングの場面は、今までと違う。佐瀬たちの姿がない。佐瀬が来ていないわけはないが、描かれていない。
 これは今まで以上に、広岡が中西と翔吾のボクシングに関わっていくということだ。

gontii スーパーベスト 2001-2006 GONTII

 NHK FMの「世界の快適音楽セレクション」を聴いているので、GONTIIのアルバムを聴いてみたくなった。
 イージーリスニングというカテゴリーがあるが、私にとってはまさにこれだ。BGMとして聴いてもよし、一曲一曲を味わってもよしだ。
 ベストアルバムだけに、統一感がないのが難点といえば難点だが、安心して楽しめる。それに、ギターテクニックだけを誇示するようなところがないのもよい。

 こんなにシンプルに演奏される「Danny Boy」は珍しい。ストリングスの部分がしっかりしているのも感心した。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第460回2016/7/16

 ストーリーに沿って、時々見え隠れする登場人物の一人は佳菜子で、もう一人はテレビの中で逆転勝利した日本人ボクサーだった。
 謎に包まれていた佳菜子のことはかなり明らかになった。
 日本人ボクサーは、中西という名前で大塚と試合をすることになるかもしれないことが、以前の回で令子から話されていた。だが、その後は出てきていなかった。

 中西利夫、彼は重要な登場人物になると思う。なぜなら、まったくボクシングから離れていた主人公の心を久しぶりにボクシングに向けさせた張本人だったから。
 そして、現在の中西は、本物のトレーナーを心から欲しているボクサーだから。

 広岡には、あのときの真摯でクレバーな雰囲気が消え去り、どこか荒んでいるような気配が感じられた。

 もしも、「あのとき」がなければ、広岡がチャンプの家を作ることも翔吾にトレーニングすることもなかったはずだ。


 チャンプはどうなったのかなあ?

 宇佐見の来訪以後の佳菜子の様子はどうなのかなあ?

 広岡は、アメリカの知り合いの女性に、佳菜子のことを相談したのかなあ?

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第459回2016/7/15

 佳菜子が戻って来て、翔吾と一緒にチャンプを捜し見つけるという展開にはならなかった。
 しかし、佳菜子のことは出てきた。翔吾と佳菜子は何でも打ち明けあう仲になっていた。

 広岡は、チャンプを可能な限り捜して、見つからなかったので、それ以上の深追いはしなかった。翔吾は、無駄とわかっていても、チャンプを捜し続けた。
 広岡は、この違いを深く感じている。この二人の感覚は猫についてのことだけではない。ボクシングについても、好きになった女性についても同じなのかもしれない。

 試合の前にスパーリングの相手のことが出てきた。ここでは、単にスパーリングの相手というだけでなく、翔吾と大塚の試合にも影響するボクサーが登場するような気がする。


 広岡の言動には、翔吾を大塚に勝たせ、チャンピオンにも勝利させて世界チャンピオンにするという強い願いが感じられない。なぜだろうか?

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第458回2016/7/14

 心臓の発作に襲われ、それが原因でボクシングをやめたと思っていた。読者がそう思うように描かれていた。
 やめた理由を、広岡自身が語るのは、それが翔吾にも当てはまるからか。
 もしも、翔吾が「すべてにおいて及ばない」相手と対戦することがあれば、そのときはボクシングから身を退けということか。
 広岡の「自分が遠く及ばない人物がいる。それがわかっていながらその世界に止まるわけにはいかない」という思いを、この回だけでは理解できない気がする。


 そろそろ佳菜子が帰宅するだろう。彼女ならチャンプの居場所を察すると思う。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第457回2016/7/13

 翔吾は、広岡に聞きたかったことを聞いている。それは、誰も知らないことだった。星も藤原も佐瀬も令子も佳菜子も。
 広岡が、トレーナーのサンチェスから、「ひどく才能があるわけではない」と言われて、トレーナーを断られたのは知っている。しかし、別のトレーナーについた後の試合については初めて出てきた話だ。サンチェスが教え始めた白人ボクサーとはどんなボクサーだったのか、興味がわく。

 翔吾は、広岡がボクシングを止めた理由だけを聞きたかったのではないと思う。翔吾も日本を飛び出すことを考えているのかもしれない。

 広岡が自分の病気のことを、ここで話すことはあるまい。だが、そういつまでもチャンプの家の皆に黙っていることもできまい。

 広岡が、サンチェスの姿を追い求めるような場面からこの小説は始まっている。広岡は、自分を見捨てた名トレーナーをどう思っているのか。否定をしたり恨んだりしていないことは確かなのだが。

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第48回2016/6/16

 金田夫人のやり方はあきれたものだ。さらに、それを隠すこともせずに自慢げにベラベラしゃべるのにもあきれる。金の力で人を動かすことに慣れるとこうなるものだ。
 人を雇って他人の家の内を探り、金を払って人の心を確かめようとする。下劣な行為だが、それはよくあることだし、誰でもことの大小を問わなければ陥りがちな心境なのだ。

 金田夫人を品性下劣な憎むべき人間とけなすのは簡単だ。しかし、知人や友人同士の間でも、会社のような組織間でも、国家間でもこういう行為は行われ続けている。こういうことがなくならないのは、大多数の人間が本来持っているものに由来するのであろうか。それとも、近現代の社会構造に由来するのであろうか。

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第47回2016/6/15

 寒月の以前の話は事実以外が多いものと思っていたが、そうでもないらしい。それにしても、金田夫人は何をどう勘違いしているのであろうか。
 それとも、勘違いは寒月の方なのか。それとも、話を聞いただけの迷亭と苦紗弥の方なのか。

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第46回2016/6/14

 苦紗弥のこういう態度は、痛快だ。世間は、金田夫人が感じているような反応をするのが常だが、苦紗弥のような人物もいるのだ。
 ただし、苦紗弥が地位や金の有無で人を見ないかというと、そうではないと描かれている。苦紗弥の生活では実業家に全く縁がないので、金田の名前を聞いてもちっともありがたがらないというだけだとされている。
 その通りだとしても、地位や金にものを言わせて、横柄な態度を通す金田夫人に対する苦紗弥の態度はやはり痛快だ。

 永六輔さんの話しぶりは、ずいぶんと長い間耳にしている。
 ある番組を意識して選んで聴いていたのではない。彼の感覚や考え方に強く共感したのでもない。
 それでいながら声を聴くと、すぐに永六輔さんだと分かった。世の中への批判も安心して聴けた。その時の流行にのって、意図的に作られた意見とは違っていたから安心して聴けたのだ。
 
 番組を選ばないで、ラジオをつけることがある。その時の放送をただ受け身で聞くだけなのだ。そういう時にも引き込まれて聴いてしまうことがある話し手だった。

 永六輔さんのように、ラジオの役割をつかんで、ラジオで聞き手を楽しませてくれる人がこれからも出てほしい。
 年をとると、ラジオはますます大切な存在になっている。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第456回2016/7/12

 年齢の違う屈強な男二人が猫を捜している図が目に浮かぶ。

 こういう飼い方をしていると、猫が数日戻ってこないということはある。今は、こういう飼い方は過去のものになった。だが、犬も猫も今の人間との距離が昔よりもよくなったかというとそうは思えない。
 他所の家の猫が、入り込んで糞尿をするのは現在では不愉快なことだが、犬や猫が家の内外で自由に動くことができるのは、人間の生活環境としては悪いものではない。

 チャンプのこともあるが、この二人は何か普段はできないような話をするのではないか。
 佐瀬も藤原も星も、翔吾にボクシングを教えた。広岡は、彼のクロスカウンターを説明しただけで、何も教えていない。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第455回2016/7/12

 黒木と大塚は、似たスタイルのボクサーとして描かれていた。この回では、二人の違いが出たようだ。
 大塚は、完成形に近いボクサーだが、黒木はまだまだ未完成で、これから成長するのだろう。
 
 「階段」を、昇るのは黒木だけではないと思う。佳菜子の「階段」もあるのではないか。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第454回2016/7/10

 星独特のパンチは、サーフィンの動きに由来していた。
 たった一日のサーフィンのトレーニングで、「キッドのキドニー」を自分のものにした翔吾の能力は並外れている。また、荷役での体幹トレーニングも効果があったのだ。
 これで、大塚との試合で、翔吾が有利になったと考えられる。しかし、そう簡単にいえるだろうか?
 スパーリングのときに大塚は、翔吾のインサイドアッパーを知らなかった。今の大塚は、翔吾のジャブもインサイドアッパーも研究し、対策を立てているだろう。それに、大塚の周囲の人を考えると、星が教える「キッドのキドニー」のことも、試合前に知ることが可能だと思う。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第453回2016/7/9

 「キッドのキドニー」をマスターするためのポイントが、「難しければ」「難しい」「難しかった」と重ねて表現されている。
佐瀬のジャブと藤原のアッパーパンチよりも難しいのであろう。


「(略)膝を柔らかく使って体を沈めるんだ」

 これはボクシング特有の体の使い方ではない。星でなければできなかったトレーニングがあるのではないか。
 翔吾は、まだまだ「キッドのキドニー」を自分のものにできていない。もしも、大塚との試合までにこれをマスターできれば、黒木に勝算がでてくる。


 広岡は、真拳ジムから世界チャンピオンを出すことに力を尽くすであろう。そうすると、第一の試合の勝者がどちらでもよいことになる。また、第一の試合の敗者が世界チャンピオンへの道が閉ざされたのではない。プロボクシングの世界では、階級の違いや団体の違いからほぼ同じ体格のボクサーが、それぞれ世界チャンピオンになることもある。

朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第452回2016/7/8

 広岡の決断は相変わらず早い。
 翼ジムの丸岡会長の言うことは信用できるのか?
 黒木が敗れた場合は?
 大塚が敗れた場合の真拳ジムは?
 そういうことを考えだしたらきりがなかっただろう。それよりは、チャンスを生かす方を選んだ。
 
 いよいよ星のボディフックが出てきた。
 佐瀬の三段打ちジャブは決定打にもなるが、本来は決定的なパンチの前段の技術だ。藤原のアッパーは相手をノックアウトできるパンチだが、本来はピンチになった場合の捨て身の戦術だ。
 星のボディフックは、この二つとは違う戦法、技術だろう。

 もう一度先の日程を復習しておこう。
○ 現在は、十二月の半ば過ぎ
○ 第一の試合 一月下旬 
 大塚 対 黒木(勝者は東洋太平洋チャンピオンとなり世界選手権の挑戦権が与えられる)
 チャンピオン ディアス 対 挑戦者 (勝者がスーパーライト級世界チャンピオン)
○ 第二の試合 四月初旬 
 黒木or大塚 対 スーパーライト級のチャンピオン(勝者がスーパーライト級世界チャンピオン)

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