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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年09月

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第29回2016/9/30

 挿絵の杏の手は、気力を失った人の手のようにダラリとしている。晴臣の手は、強引で支配欲に満ちているように見える。
 
(略)その乱暴さと弱さのコンボに母親や祖母、シッターまでもが心を奪われたせいかもしれない。

 これが、晴臣の本質なのだろう。だとすると、晴臣の次の行動は不穏なものだ。
 ストーリーが大きく動くと予想する。しかも、杏にとっては不幸な方向へ。


そもそも人は何のために恋愛をしているんだろう。決して不完全性を克服できないなら、全ての人にとって恋愛は暇つぶし、逃避でしかないんじゃないだろうか。でも、私にとって人生がそれ以上の意味を持ったことがあっただろうか。

 ここでも、結論が出てきた。結論というよりは、この作品にとっての命題のひとつだろう。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第28回2016/9/29

きっと、あの時そう思ったからだ。

 これは、母とのことにつながる予感がする。
 晴臣を拒否しながら、受け入れてしまう杏の気持ちが繰り返し描かれている。なぜ、これほど強調するのだろう?


しかし人は決して、恋愛でその不完全さを克服できない。

 理有の言葉として書かれているこの一つの結論は、今後のストーリーで覆されるのだろうか?否定されないとしたら、ストーリーの先が見えてくる。覆されることがあるとしたら、姉妹の心に何か別の要素が持ち込まれなければならないと思う。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第27回2016/9/28

 理有は、母親へ反発していたのに、杏を学校へ行かせようとするときに母と同じように装った。
 杏は、学校へ行く準備と晴臣への要求からは、浮ついた女子高生にしか見えないのに、自分の心理を見透かしている。

お前のママの金でな、と頭をよぎったけど、いつの間にか嬉しさがこみ上げていることに私は恐ろしさを感じる。

 「私は」と一語が入ったことで、この文の重みが増している。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第26回2016/9/27

 理有は、自分のことも母親のことも素直に話していた。光也は、それをそのまま受け入れていた。二人の間はこれから発展しそうだ。

 ストーリーは、杏に移った。
 杏は、理有がマレーシア留学から帰国してすごく嬉しかった。でも、理有との生活が再開した今はどうなのか?

理有ちゃんはどっしりとした目でそう言って(略)

 杏は今までの好き放題の生活ができなくなることに、不自由と反発を感じるかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第25回2016/9/26

 二人の間の問いかけと返事が回をまたがるので、前回を押さえておかなくてはならない。

「こういう人間って、どういう人間?」  (24回)光也
「うーん。面白みのない、真っ当なだけが取り柄の人間」  (24回)理有
「いいと思いますよ」  (25回)光也

 理有が母と自分についての踏み込んだ話をしたあとの光也の返事としては、ずいぶんとおざなりと感じる。でも、それが二人の間ではしっくりとくるのだろう。

 理有は、「合理性重視」「真っ当なだけが取り柄」という普段のペースが、光也といると乱れる。光也は、「いつも誰といてもペースが乱れる」のに、理有といると乱れない。この二人の関係がよく伝わってくる。


 「締め切り」が出てきたから、母は、作家のように締め切りをもつ仕事をしていたのだろう。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第24回2016/9/25

 読み過ごしそうになるが、理有は、光也の問い(23回)には次のように答えているだけだ。

「変わった人でした」

そして、どんな風に変わっていたかを話し始めた。


 相手に対する懐疑心が晴れるということはこういうことなのだ。
 会っていたい、話していたいと思う相手とは、こういう人なのだ。会話が楽しいというのは、聞いてもらえることが前提なのだった。
 理有は、光也には自分の気持ちを淀みなくしゃべることができている。光也には、それを聞いて理解できる経験と能力があるということなのだろう。

 それにしても、母の病的な状態についての理有のとらえ方はしっかりしているし、専門的とさえいえる。自分に関わる病気については、門外漢であっても、しっかりと調べるなら専門的な知識を得られるのはネット社会の特徴であろう。

 母の病的な状態が進行しているときに、父はどうしていたのだろうか?


 もっぱら聞き役になっている光也は、今度は理有自身のことを聞き始めた。

「こういう人間って、どういう人間?」

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第23回2016/9/24

 母、杏、光也に「とてつもない距離を感じる」理有は、杏からも光也からも好かれている。そして、自分では光也の生き方を否定しながら、光也に強い興味を持っている。
 理有の多面性だろう。母を激しく嫌悪しているが、母へは反発と嫌悪だけでないものがあるはずだ。

 理有は、光也の問いかけ「いいお母さんじゃなかったの?」に言葉ではまだ答えていない。
 会話はどう発展するのだろう?
 光也は、同じぬいぐるみを収集する理有の母の気持ちを察するのだろうか?
 それとも、自分の「いいお母さん」のことを話し始めるのか?


 子どもの作ったご飯をいつもおいしく感じ、子どものどんな絵や作文にも感動して、子どもの友達やその親と心から親しくする。そういうお母さんは、「いいお母さん」には違いはないのだが‥‥

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第22回2016/9/23

 光也への距離を縮める理有の心が瑞々しく描かれ、次回どうなるかとスリリングにさえ感じる。

・気味の悪いぬいぐるみを好きだと言う若者に興味を持つ。
・そのぬいぐるみは母につながり、そこから母の嫌な面を思い出してしまう。
・その思い出のせいもあり、若者との会話を中断したまま彼の店を後にする。
・だが、若者のことが気になり、SNSで呼び出して彼に会おうとする。
・約束の場所に行きながら、会うことをやめようとする。
・彼の方が理有を見つけ、焼肉店で話を始める。
・彼、名前は光也が自分のことを話すうちに、理有の懐疑心はだんだんに消えていく。

「その男の人のことも好きになるかもね」 ※パパの言葉 18回

判断材料が少なすぎる。踵を返そうかと思った瞬間、彼が私に気づいた。 19回

(略)彼を見ながら、どんどん相手への懐疑心が晴れていることに気づく。 21回

 光也を受け入れるかどうかが繊細に描かれている。


「お母さんて、もしかして亡くなってる?」
うん。と答えて、初めて敬語が消えたのに気づいた。無意識に敬語が消えたのは、そうしなければ肯定できないような気がしたのかもしれない。 
22回

 「肯定」は、「亡くなっている?」への返事だ。繊細な描写だ。一語一語に登場人物の心の動きが込められている。


 次回では、母ユリカのことが語られていきそうだ。パパは次のようにも言っていた。

「それにユリカから離れた方がいい」 18回

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第21回2016/9/22

「なんか、前衛的な家庭だね。」

 そう思う。
 日本もどんどん変わっているけれど、家族がバラバラに別々の国で生活している理有の家庭は「前衛的」と呼ぶにふさわしい。

 理有は、呼び出した若者光也への懐疑心を持っていたが、それがどんどん消えていった。フランスでの幼なじみエリアスに、光也の雰囲気が似ていると感じたことは当たっていた。
 理有は、エリアスと光也のように周囲の人間に同調するのが苦手な人の心にスッと入ることができるのだろう。

 光也の引きこもりと、ぬいぐるみでそれを克服できたエピソードは興味深い。
 自分には、他人とは違うところがある。しかも、それは、一般的には変だとか気持ち悪いとか思われるところだ。そういう場合には、それを無理やり直そうとしたり、隠そうとする。でも、そうすべきことなのか。他人との違い、他人にはよく思われないところ、そういうところも含めて自分だし、人だと思うことは大切だ。

「(略)自分は変な人間だって、前面に押し出して外に出ようって決めて。そしたらすっごい周りから変な目で見られて、それが逆に気持ち良かったっていうか。(略)」

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第20回2016/9/21

 理有の家族のアウトラインが分かってきた。
 大学講師の父と一緒に暮らすために、理有がフランスに渡った。
 理有がフランスに行く直前に母は杏を出産し、日本に残った。母は、日本で仕事を持っていた。母の色やデザインの好みからアーティストかアートに関係する仕事が予想できる。

 この家族の暮らしを整理する。
・理有と父<フランス>2年間 ・杏と母<日本> 
          ↓
・父<フランス> ・理有と杏と母<日本>
          ↓
・父<フランス> ・理有と杏<日本> ※母が亡くなる。
          ↓
・父<フランス> ・理有<マレーシア> ・杏<日本> 
 
 母が亡くなり、日本に理有と杏だけになったのに、父は日本には戻らなかった。今も、フランスと日本での生活が続いているようだ。杏が、親はいないと言ったのは嘘ではなかった。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第19回2016/9/20

 ためらっていたのは、あの喫茶店へ行くか行かないかではなく、店員の若い男と会うか会わないかだった。
 喫茶店の彼は、ぬいぐるみのことでは独特の感性を見せていた。でも、理有の呼び出しに応じた彼は、前の印象とは違う。選んだのが焼肉だったことも、そこでの話題も平凡な感じだ。それに、理有の反応にちっとも気づいていないようだ。
 彼は、デートのつもりで来ているようだが、理有が彼を呼び出したのには何か理由があるのではないか?

 理有は、母が好きだったぬいぐるみを気味悪く感じていた。それは、あのぬいぐるみそのものが嫌なのか。それとも、あのぬいぐるみを病的に愛した母をおぞましく思ったのか。そこは、まだわからない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第18回2016/9/19

 パパは、フランスにいるようだ。パパは、日本人なのか?
 ママの名はユリカ、すでに死んでいた。
 パパとは、連絡は取り合っていてもしばらく前から会うことはなかったようだ。
 理有は、フランスでの暮らしが長かったようだ。現在の彼女の感覚は留学の間に身についたものだけではなく、子どものときのフランスでの経験が基になっていると感じる。

 母であるユリカとの関係は、理有と杏の間に違いがあることが示されている。


 理有がそこへ行くのをためらう場所といえば、あの喫茶店しか思いつかないが、どうなのか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第17回2016/9/18

 理有と杏の父は、高収入の職に就き、二人の娘のためにお金を出していることが推測できる。娘たちに余計な干渉はしない。しかし、二人のことを深く心にかけていることは感じられない。
 生活や学校に行くためのお金を惜しみなく出してくれて、子どもに余計な干渉をしないとなると理想の父親だ。
 まだ、母がどうなったかははっきりと描かれていない。杏は、警察官には親はいないと言っていた。

 半年間のマレーシア留学から帰国した理有は、大学生活に戻り就職活動を始めようとしている。しかし、マレーシアで住み続けたかったという思いを今も持っている。
 半年ぶりに美容室で髪をカットし、買い物をした理有は、飾られていたベスティのぬいぐるみが気になって、ある喫茶店に入った。その店の若い男の店員は、そのぬいぐるみを好きだと言う。
 ベスティのぬいぐるみは、理有にとって母の思い出につながる。記憶の中の母は、モノトーンの物しか身の回りに置かないのに、気持ちの悪いぬいぐるみを愛していた。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第16回2016/9/17

 母の思い出が鮮明になってきた。

(略)中年女がぬいぐるみと床を共にするなど、おぞましいとしか思えなかった。

(略)毎日酔い潰れるようにして明け方眠りにつく母に憂鬱な思いでいた私は(略)

 これでは、母親が独特な感性の持ち主という域を超えている。理有の母は、病的な面をもっていたのであろう。
 それなら、理有はなぜこの店に入ったのだろう?

不意に、私は何故ベスティのぬいぐるみに吸い寄せられるようにしてこんなところにいるのだろうと不思議になる。

 母のことに今までとは違う見方をするきっかけになるのか?
 母の思い出から抜け出そうとしているサインなのか?

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