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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年09月

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第19回2016/9/20

 ためらっていたのは、あの喫茶店へ行くか行かないかではなく、店員の若い男と会うか会わないかだった。
 喫茶店の彼は、ぬいぐるみのことでは独特の感性を見せていた。でも、理有の呼び出しに応じた彼は、前の印象とは違う。選んだのが焼肉だったことも、そこでの話題も平凡な感じだ。それに、理有の反応にちっとも気づいていないようだ。
 彼は、デートのつもりで来ているようだが、理有が彼を呼び出したのには何か理由があるのではないか?

 理有は、母が好きだったぬいぐるみを気味悪く感じていた。それは、あのぬいぐるみそのものが嫌なのか。それとも、あのぬいぐるみを病的に愛した母をおぞましく思ったのか。そこは、まだわからない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第18回2016/9/19

 パパは、フランスにいるようだ。パパは、日本人なのか?
 ママの名はユリカ、すでに死んでいた。
 パパとは、連絡は取り合っていてもしばらく前から会うことはなかったようだ。
 理有は、フランスでの暮らしが長かったようだ。現在の彼女の感覚は留学の間に身についたものだけではなく、子どものときのフランスでの経験が基になっていると感じる。

 母であるユリカとの関係は、理有と杏の間に違いがあることが示されている。


 理有がそこへ行くのをためらう場所といえば、あの喫茶店しか思いつかないが、どうなのか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第17回2016/9/18

 理有と杏の父は、高収入の職に就き、二人の娘のためにお金を出していることが推測できる。娘たちに余計な干渉はしない。しかし、二人のことを深く心にかけていることは感じられない。
 生活や学校に行くためのお金を惜しみなく出してくれて、子どもに余計な干渉をしないとなると理想の父親だ。
 まだ、母がどうなったかははっきりと描かれていない。杏は、警察官には親はいないと言っていた。

 半年間のマレーシア留学から帰国した理有は、大学生活に戻り就職活動を始めようとしている。しかし、マレーシアで住み続けたかったという思いを今も持っている。
 半年ぶりに美容室で髪をカットし、買い物をした理有は、飾られていたベスティのぬいぐるみが気になって、ある喫茶店に入った。その店の若い男の店員は、そのぬいぐるみを好きだと言う。
 ベスティのぬいぐるみは、理有にとって母の思い出につながる。記憶の中の母は、モノトーンの物しか身の回りに置かないのに、気持ちの悪いぬいぐるみを愛していた。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第16回2016/9/17

 母の思い出が鮮明になってきた。

(略)中年女がぬいぐるみと床を共にするなど、おぞましいとしか思えなかった。

(略)毎日酔い潰れるようにして明け方眠りにつく母に憂鬱な思いでいた私は(略)

 これでは、母親が独特な感性の持ち主という域を超えている。理有の母は、病的な面をもっていたのであろう。
 それなら、理有はなぜこの店に入ったのだろう?

不意に、私は何故ベスティのぬいぐるみに吸い寄せられるようにしてこんなところにいるのだろうと不思議になる。

 母のことに今までとは違う見方をするきっかけになるのか?
 母の思い出から抜け出そうとしているサインなのか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第15回2016/9/16

 母親の感覚は、「病的な」ほど個性的だ。だが、理有は「こんな気持ちの悪いぬいぐるみ」と思っていながら、ベスティのぬいぐるみに引きつけられてこの喫茶店に入っている。
 理有がボブだけを続ける感覚と、母親の「シンプルな物を好む感覚」にはつながるものがありそうだ。
 杏の方には、母親と共通する部分がまだ見えてこない。

ベスティというのはドイツ語で獣という意味なのだと母は私たちに教えた。

 姉妹に、狼のぬいぐるみを見せながら話す母の姿が浮かぶ。平凡で和やかな母と娘二人のイメージとはかけ離れている。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第14回2016/9/15

 理有の母のことが少し分かる。
 母は、何度もヨーロッパへ行っている。コレクションにするためにドイツからベスティを買ってくるのだから、観光だけで行っているのであるまい。

 喫茶店の店員の若者が興味深い。

きつねの目は左右で大きさが違い、黒目がいわゆる斜視のように左右に離れている。

 そんなぬいぐるみの顔を「多分僕の自己イメージに近いんですよ」と言っている。
 ほとんどのぬいぐるみの顔は、完璧に左右対称で大きな目だ。それをしげしげと見ると、かわいさの裏に不気味さも見えてくる。
 だが、左右の目の大きさの違うぬいぐるみの顔に安心できるという若者はいったいどんな人なのか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第13回2016/9/14

 美容室の広岡さんは、シニカルなものの見方と髪のカットだけにこだわっている。その広岡さんが、一人の客でしかない理有の髪をカットすることに、強い思い入れを持っている。理有の髪や顔立ちがその思い入れの理由ではないであろう。ボブだけを何年も注文し続ける理有の内面に、何かを感じているから、彼女のボブが広岡さんにとって特別なものになっていると思う。


迷いがある状態は地獄だ。選んだのが地獄へと続く道であったとしても、「地獄に行くか行かないか決められない地獄」から脱出できたということはある種の解放だ。

 魅力のある表現だ。
 「決められない」状態を、「地獄」と表現している。それに、彼女の先にあるのは、どっちにしても「地獄」なのだ。
 このような感覚の理有に強い興味を感じる。お店を三軒も回って買ったのは白いブラウス一枚だけ、カフェを素通りして喫茶店に入る、メニューも見ずにブレンドを注文する。
 そんな理有の行動と内面をもっと知りたい。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第12回2016/9/13

(略)あの支離滅裂な世界で、私は国籍を捨ててどうにか生きていけないか(略)

 理有の考えが表れている。
 これは、この小説の主人公だけのものではない。前の連載の『春に散る』沢木耕太郎作では、いわば国籍を捨てたような設定の主人公が登場した。この主人公によって、元ボクサーの老人とボクシングを捨てようとしていた若者に、新しい人生が開かれた。日本国内のルールや常識に縛られていては、息の詰まるような生き方から脱することのできない現実が『春に散る』では描かれていた。
 『クラウドガール』では、どうなるのだろう?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第11回2016/9/11

 挿絵を毎回楽しみにしている。今回は特に印象に残った。
 広岡さんのシニカルさを認める理有もシニカルな面をもつのであろう。自分の顔を「人の記憶に残らない顔」と自覚しながら、同じ髪型を続けるのはシニカルな心理だと思う。
 理有のこういう面は、聡明さを感じさせるし、自分の考え方を譲らないのではないかと予感させる。

 理有と杏の違いがますます出てくる。それだけに、この二人にはどんな共通点があるのだろうか、興味をそそられる。

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