2016年10月

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第59回2016/10/31

 なんだろう?
 俄然、『クラウドガール』がおもしろくなってきた。

 晴臣の言葉がおもしろい。
 
 58回追加で書いたが、杏が自分の気持ちを、自分の言葉で表現しているのがおもしろい。特に、次の部分が興味深かった。

「そんなことないよ。何も変わってない。理有ちゃんと暮らすマンションがあって、晴臣のマンションがあって、時々友達んちとかクラブで朝まで遊んだりもする。そうやってふらふらしてるのが今は一番いい」


 ダンス仲間が集まって来る過程の表現が興味深い。こういう動きを知る機会はなかった。

 今の理有から考えれば、理有は迷いなくそれを捨ててしまうと思うが‥‥

 作者の視点から書かれることは限定されている。それは、人物の行動がほとんどだ。
 人物の心、内面を、作者の視点から表現することは少ない。
 
 杏の心は理有の言葉で、理有の心は杏の言葉で書かれている。
 だが、パパの内面はパパの言葉で表された。
 ママが理有と杏をどう思っていたかは、誰の言葉で書かれるであろうか?
 
 誰が誰の内面を語っているかに注目することで、この作品への興味が増す。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第58回2016/10/30

 どうしてそんなに対人関係に無神経なんだ、という人が世の中には大勢いる。逆に、直感的に人間関係の本質を見抜く人はめったにいない。

 杏は、姉が母をどう思っていたかを見抜いていると思う。そして、感じ取り見抜くだけでなく、それを言葉にできる。

「(略)多分理有ちゃん、一度もないの。ママ以外のものに夢中になったこと。(略)」

「(略)とにかく理有ちゃんはママのマニアだったの。多分好きっていうのとは違って、何ていうか、執着心みたいなもので。(略)」

 杏が、家族について回想する。
 両親の離婚。母と姉妹の三人になる。母が急死する。姉妹は祖父母と暮らす。祖父母の家を出て、姉妹二人だけで暮らす。姉が留学する。姉が帰ってきて、姉の理有と妹の杏二人の生活が再開される。

 母は、中城ユリカ、小説家だった。

 理有は、喫茶店で働く光也に好意をもった。二人の仲が深まりそうになったときに、光也が母の著作の読者であることを知らされた。その途端に、理有は光也の店から逃げるように飛び出した。部屋に戻った理有は、光也からの何度ものメールに返事をする気になれない。
 動揺する理有は、パリのパパとスカイプで話すが、気持ちは安定しない。そんな理有に、美容師の広岡さんから誘いのメールが入る。理有は、広岡さんの誘いに応じて‥‥

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第57回2016/10/29
 
 心配しているような。おもしろがっているような。やっぱり心配しているんだろう。実生活では、杏は理有に全く及ばない。
 だが、恋愛関係のことになると、杏の方が鋭く物事を見抜くように思う。
 杏が広岡さんに会えば、その観察を信じられる気がする。

「(略)付き合ってプラスかマイナスかくらいちょっと話せば分かるっしょ」

 杏は口だけでなく、こういうことができそうだ。

 晴臣は、今回はまだ浮気はしていないようだ。もし、杏と晴臣が美容室へ行けば、広岡さんと晴臣の間で、何か起こるかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第56回2016/10/28

 杏がおもしろい。
 今までも、杏は行動の奔放さと異質の内面を見せることがあった。今回出てきた樋口くんに対しての悪感情からも、彼女の内面が感じられる。
 本人は、高校生でもビールは飲むし、晴臣との行動では一切の規制がない。でも、それは行動だけ外側だけなのだ。そして、晴臣は、杏にとってはチャラ男ではないということだ。

 理有自身は明かしていないが、杏は姉の内面をも観察している。

(略)多分何もかもが面倒になってしまったんだろう。ママの死から数カ月間、理有ちゃんは日課だった白湯さえも飲まなかった。

 ママの死後の理有の内面がはじめて描かれている。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第55回2016/10/27

 作者は、理有よりも杏の方をずっと身勝手で、感情的な人物にしている。
 ところが、杏の視点から小説上の客観的な事実を伝えて来る。ママの死の顛末も杏の回想でしか書かれていない。この回では、杏の思ったことから、姉妹と両親の関係を客観的に知ることができる。

 ママが死んだ後、半年くらいおじいちゃんの家にお世話になって、ここに引っ越してから一年半ほどが経つ。ママと住んでいた前の家は3LDKで、この家は2LDKだ。この家にもう一つ、ママの部屋がある形で、ママの部屋はリビングと直接つながっていた。パパがいなくなり、ママがいなくなり、理有ちゃんがいなくなり、理有ちゃんが戻ってきた。

 
もしも、理有がこの夜帰って来なかったら、杏はどう思うだろうか。今は、姉に男ができたとおもしろがっているようだが、実際にそうなって姉が家を空けたら、不安でどうしようもなくなるかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第54回2016/10/26

 杏は、晴臣からに迫られて付き合いだした。理由は、まだ明かされていないが、晴臣が死の直前までいったことによって仲を深めた。
 理有が、光也と知り合うきっかけになったのは、母にまつわるぬいぐるみだった。そして、光也から逃げ出したのは彼が母の著作の読者であることだった。
 理有が、広岡さんに特別な思いを持っているとすると、彼のシニカルなものの見方だと思う。でも、そのシニカルなものの見方は、母に似ていると思う。

 姉妹が、それぞれ好意をもつ男性には、どこかに母にまつわるものが見え隠れする。

 広岡さんが、理有の家族のことや理有が髪型を変えない理由などに立ち入らなければ、理有は彼に惹かれていくように思う。彼に、家族があろうとも。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第53回2016/10/25

 理有と母の関係が徐々に明かされてきた。
 母は小説を書いている時が一番解放されている。理有はそれを理解していた。だから、母が小説の世界に没頭できるように、家事や事務的なことを懸命に担った。
 だが、理有がいくら努力しても、それは報われない。

それでも彼女は常に苦しんでいた。

 理有が努力しても、母は苦しみ続け、アルコール依存症や強迫神経症の度合いを深めていったと読み取ることができる。

 広岡さんは、パパとは全く違う立場から理有のことを見つめ続けてきた人なのだろう。

 次の表現がおもしろかった。

「俺は人と共感を糧にするようなコミュニケーションを取らないからね」「どういうこと?」「同じものに喜んだり悲しんだりして仲良くなっていくようなコミュニケーションは取らないってことだよ。(略)」

 
共感を得ることとコミュニケーションを、関連させて考えたことがなかった。意見や主張には、共感や賛同と同様に、反感や反対も大切だということは考えていた。だが、そのこととコミュニケーションを関連付けたことがなかった。
 コミュニケーションとは、互いを理解しあうための手段だととらえていた。だから、多くの人々の共感を得ることが、コミュニケーションの目的だと思っていた。
 それとは異なる見方を示されるとおもしろい。
 共感はされなくとも、正しいことを伝え合うコミュニケーションというのもある。
 そして、受け手を説得するだけでなく、送り手と受け手の互いの相違を際立たせるためのコミュニケーションにも価値がある。
 
 互いに相槌を打つだけで終わるコミュニケーションは心地よいが、印象に残らない場合が多い。

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