本屋のとなりは写真館

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2016年11月

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第71回2016/11/12

 光也からママ(中城ユリカ)のことが出ても、杏は理有ほどにはショックを受けなかった。しかし、杏にとってもママのことが話題になれば、ママにまつわる思い出が湧きおこってきただろう。
 晴臣の母、女優長岡真理のことも話題に上がった。晴臣が母をどう思っているかは詳しくは書かれていない。でも、晴臣にとっても母のことは話したくなさそうだ。
 話題は続き、場は盛り上がっているが、それは表面だけだ。理有だけでなく、杏と晴臣もそれぞれの母については触れられたくない思いは強いと感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第70回2016/11/11

 晴臣はますます調子づいて、しゃべりまくっている。
 
 くだらない奴だ。それでいながらビールで乾杯ときた。これが、今の男子高校生の典型なのだ。
 
 私の高校生のころは、どうでもいい話も多かったが、政治を語ることもあり、将来について議論することもあった。
 そして、当時の権力者を批判し、自分の進むべき将来について議論した世代によってつくられた国が、現在のわが国なのだ。私たちの国は現在こうなっている。

 現代の高校生の思考を伝えてくれる作者に感謝。

 ところで、晴臣は嬉しいだけではしゃいでいるのではないという気がしてきた。
 杏は、母のことを思い出し、パニックになった。理有は、光也の中に母を感じて、逃げ出した。杏、理有、光也の三人は、中城ユリカを挟んで非常に微妙なバランスにある。
 晴臣は、そういう微妙な三人のつながりを無意識のうちに感じ取っているのかもしれない。あるいは、理有と光也から、自分と杏のことについて問われることを恐れているのかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第69回2016/11/10

 晴臣は、いつも軽薄な人物として描かれる。髪型、言葉遣い、そして考えていることも。今回の晴臣は、一段と軽薄な感じだ。
 なぜ、こんなに浮ついているのか。

マシンガンのように喋る晴臣は心底嬉しそうで楽しそうで(略)
 

 晴臣は、杏と一緒にいることが何よりも幸福なのだ。その杏の姉と姉の彼氏と、話が通じるということが心底楽しいのだろう。晴臣は、杏を除いては気持ちが通う人と食事と共にしたことがないのかもしれない。
 この後、杏と理有と光也は、晴臣にどう接していくのだろう。このままスムーズに会話が続くとは思えないが、意外に晴臣が場を盛り上げることも考えられる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第68回2016/11/9

 晴臣についての杏の感情は、いつも行ったり来たりを繰り返す。
 浮気はしないという晴臣の言葉を信じられないのに、信じたい気持ちに負ける。
 杏のことを心から心配する晴臣に愛おしさを感じながら、一方では晴臣と一緒にいることが自分を衰弱させていくと感じている。

晴臣の全てが、強烈に愛おしかった。(67回)

彼にがんじがらめにされたまま、私は少しずつ死んでいくのかもしれない。(68回)

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第67回2016/11/8
 
 この二人の日常生活についての感覚の欠落はなんなのだろうか。
 生活費は、晴臣の母が出しているとしても。
 杏にも、亡き母の遺産があるとしても。
 現代の学校はこういう生徒を許容するとしても。
 現代のマンションの近隣の人はこういうカップルを許容するとしても。
 それにしても、掃除、洗濯、食事の片づけやゴミの始末、買い物光熱費などの家計処理、そういう生活に伴う活動が感じられない。
 これが、今の感覚なのか。
 いくら今の感覚としても、こういう生活とこういう二人の結びつきは、このままでは続かないだろう。
 
 二人をつないでいるのは、それぞれが持ち続けている死への怖れだけのようにも思える。
 その意味では、純粋な思いではあるが。

 作者は、この二人の今の関係にどういう終止符の打ち方をするのだろうか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第66回2016/11/7 №2
 
 この小説の視点が気になる。
 今のところ、杏だけが、本人の視点で自己の内面が表現されている。
 理有にも、本人の視点で内面が表現されている部分があるが、杏に比べると少ない。
 そして、理有は杏を、杏は理有を、互いの心理を互いの視点で表現している。

 晴臣と光也と広岡のそれぞれの心の動きは、本人の視点からはほとんど書かれていない。この三人の感情や心の動きについては、理有と杏の視点から描かれているだけだと思う。

 さらに、次の表現も興味深い。

空っぽの頭で何も考えられないまま、窓の外を見つめる。二時間前まで見ていた風景と、今見ている風景が全く違うような気がした。透き通った黒いフィルターがかかったように、いつもの世界が、地獄のように見える。いつもの世界が、重々しく、何の希望もない、荒地(あれち)に見える。別世界に来た新参者の気持ちで、私は座席に頭を預けたまま渋谷の街を見つめていた。

 杏の気持ちの表現だ。だが、杏だけの視点とは言い切れないものを感じる。「別世界に来た新参者の気持ちで」の部分には、作者の視点を垣間見ることができる。それだけに、この部分は重要なのだと感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第66回2016/11/7

 杏をこんなに変えたのは、恐怖だと思う。
 死への恐怖なのか?そうだとするなら、母の死の体験との違いはなんなのか。
 自分が死ぬことの恐怖なのか?

 杏に伴って、晴臣も変わったことが興味深い。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第65回2016/11/6
 
 広岡さんは、理有が日本に戻りたくなかったことを分かっていた。
 理有は広岡さんからの深夜の呼び出しに応じた。
 
 杏は、パニックから救われて、広岡さんに信頼感を持ち始めている。
 その広岡さんは、杏に対して自分と共通のものを感じていそうだ。

「俺も敬語使えない奴で、ずっと叩かれてきたんだよ」

 こんなことを言われたら、杏にとっても広岡さんは特別な存在になるだろう。


 晴臣が、今でも心臓外科に通っていることが示された。
 挿絵は、杏と晴臣の手だろう。挿絵では、広岡さんの手やハサミではなくて、杏と晴臣の怯えや恐怖が描かれている。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第64回2016/11/5

 広岡さんの話しぶりは、カッコつけていたり、シニカルというだけじゃなさそうだ。

「ゆっくりでいいよ。君は、一旦(いったん)その頭どうにかしてもらってきな」

 いろいろと細かいことは聞かずに、杏を落ち着かせ、さらに、晴臣を店内に戻している。晴臣は広岡さんの指示に従うしかない。
 そして、パニックの原因を探ろうとしている。

 次の言葉も、具合の悪くなった客に対して言うことじゃない。

「お前、それ今よく言えんな」

 ここには、含みがあると思う。杏が高校生だからか、それともモデルにしたいような顔立ちだからか、それともすでに何かを察しているのか。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第63回2016/11/4

 重症の病気だと思った。救急車で、運ばれるだろうと思った。そうはならないようだ。
 広岡さんの対応は落ち着いていて正しいと、思える。姉のことを探るという緊張状態、その中で「夢」という言葉から連想した衝撃が、杏にパニックを引き起こした。心的なパニックによる呼吸障害、過呼吸と呼ばれるもののようだ。
 もしも、これが、心臓発作などの病気だったということになるなら、そうとうの逆転的なストーリー展開だ。
 
 杏の状態についての広岡さんの冷静な観察を考えると、理有に対しても不倫などという関係ではないという気もしてくる。

 今回は待ち遠しかったが、次回もだ。特に、杏が落ち着いたときに、広岡さんは杏と晴臣に何を聞き、何を話すのだろうか、知りたい。

このページのトップヘ