2016年12月

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第101回2016/12/14

 なんだか訳のわかんないやつばかり登場する。特にこの小説に出てくる男性はとらえどころがない。
 広岡は、理有が思うように「倫理の欠如したクズ」(97回)に違いない。でも、広岡がいなければ、杏はもっと転落していっただろう。なぜ、広岡が杏の面倒をみたかはまだ分からないが、杏の体だけが目的だったとも思えない。

 姉妹の父も光也も、姉妹にとってどういう存在なのか、不安定だ。

 この小説で、描かれていることがだんだんに見えてきた。それは、人は多面的な存在であり、人は他の人との関係性の中で本質を見せていくということだと思う。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第100回2016/12/13

 私は、普段はこの語を使わないし、自分の状態や心境をこの語で表したことがない。ところが、この作品を読み継いでいると、ついこの語が出て来てしまう。知人との会話でうっかりと使ってしまったら、知人にぎょとした顔をされた。

この好意だけが晴臣という地獄から這(は)い出すための命綱だと思うと、

 その語は、「地獄」だ。
 杏は、晴臣とよりを戻しても、広岡とくっついても「地獄」だと感じる。

 もうひとつ気になった表現がある。

そう言う広岡さんのゲスさに一瞬、強烈に胸が動かされる。

 
広岡のこの問いは、「ゲス」という語でしか表せない。杏の心が、「一瞬」反応している所に、彼女の今の状態が表れている。
 
 杏は、理有にも、晴臣にも、広岡にも、誰にも依存しないで進まなければ、「地獄」から抜け出せないと思う。

朝日新聞連載小説『吾輩は猫である』夏目漱石第99回2016/12/11 追加

 この小説の登場人物相互の関係性がおもしろい。杏と晴臣、理有と光也、母と姉妹、父と姉妹、祖父母と姉妹、広岡と姉妹、そして、理有と杏。ストーリーではなく、人間の関係性が描かれている。
 私にとってわかりやすいのは、祖父母と姉妹の関係性だ。孫を愛し、心から心配しながらも、結局どうしてよいかわからない祖父母。祖父母の気持ちを理解し、共感しながらも、心を打ち明けることのない理有。こういう様子がしっかりと見つめられている。
 これから、登場人物の人間関係が、より深く描かれていくと感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第99回2016/12/11

 前回の最後の部分は、理有が出て行った後の広岡と杏の会話だった。
 広岡と杏に三日間一緒だった様子がない。だとすると、杏が晴臣の浮気を見てから三日経っている(97回)ので、今までの二日間杏がどこにいたのか、まだ謎だ。

 杏の次の思いは、読者にとっても不思議だ。

私と理有ちゃんの関係性は、一体どこからどうやって発生したのだろう。

 姉妹というだけでこうはならないだろう。母親が我が子を愛せないというだけでもないような気がする。

 
 理有は、杏の精神構造を非難しながらも、杏が生まれた時から次のようにとらえていた。

私たちは二人で生きてきた。あらゆることを、二人で乗り越えてきたはずだった。(98回)

 一方、杏は、理有との関係性を次のようにとらえている。

ずっと理有ちゃんと二人で生きてきたと思っていた。(略)私の隣にはいつも理有ちゃんがいて、いつも理有ちゃんが大丈夫?寒くない?暑くない?何かあった?何が食べたい?学校はどう?ちゃんと勉強してる?そうやっていつも私のことを確認してくれていた。(77回)

 それぞれのとらえ方には、共通な部分と違う部分が同居していると感じる。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第98回2016/12/10

 今回の晴臣の浮気から始まったことは、結果的に理有に重いショックを与えた。杏には、晴臣とのことも、広岡との不倫現場に踏み込まれたことも、それほど重くないような気がする。
 立ち直れなそうもない嫌悪感から理有を救いそうなのは、光也だ。光也のスマホでのやり取りを読むと、今の若い人の「デリカシー」(93回)のあり方がよく分かる。

 理有と杏、二人だけの世界が壊れていく。と、同時に二人にはそれぞれの世界が始まるようだ。

 後半の文章は、広岡の呼び出しに理有が応じたときのことか?

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第97回2016/12/9 追加

 理有が怒るのはおかしい。
 妻帯者の広岡が十六歳の妹と寝ていたことに、理有はショックを受けた。だが、妹が高校生同士の同棲といえるような生活を送っていることにはこれほどのショックは受けていなかった。

この現実では、どんなに心配しても、どんなに真剣に考えていても、妹が倫理の欠如したクズと不倫し、私を邪魔者扱いするのだ。

 妹を心配しているときに、妹の不倫の現場に遭遇したのだから当然の感覚ではある。
 でも、あの夜、ママの部屋を覗き、そこから立ち去ったのも理有だ。広岡と杏に「最低」とつぶやく理有と、ママの死の夜の理有とがつながってこない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第97回2016/12/9

 当てもなく歩き出すが、晴臣の部屋の物を壊したときについた傷が痛み出す。病院へは行きたくないが、治療は必要だ。姉に連絡は取りたくない。パニック発作から救ってくれた広岡さんを思い出す。美容室に行くと、広岡さんは余計なことを聞かず、治療してくれた。そして、泊まる所を手配してくれた。

 こんな風なありきたりの話にはならないだろう。
 作者が杏の修羅場にどんなストーリーを展開するか、楽しみだ。

 それとも、ストーリーなどはそれほど重要ではないか。
 杏がどう感じ、どう行動したか、それだけに意味があるのかもしれない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第96回2016/12/8

 今回で、今までのいくつかのもやもやが消えそうだ。
 杏には、新しい登場人物が現れなければ、話を聞いてもらえる人は彼しかいない。杏が広岡をいい人だと思っていることは分かっていた。
 広岡が、杏に自分と同じものを感じていること(65回)も出てきていた。
 
 93回から繰り返し描かれていた杏の思考については、杏のこの行動の予告の意味もあったのか。そうだとすると、杏は晴臣への当てつけや、うっぷん晴らしのために、広岡と寝たわけではない。
 
 広岡の言葉は、言い訳なのだろうか。

「俺は誘われたんだよ」

言い訳だとすると、広岡の今までの言動と結びつかない。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第92回2016/12/7 追加 

 この作品は、理有と杏の視点から全てが描かれている。そして、理有が杏を、杏が理有を、相互の内面を描いている文章が、この小説の核心部分であろう。
 私には、その部分がどうもおもしろくならない。姉が、妹の幼い頃のできごとから妹の思考を、まるで分析するように考えている。そういうところに不自然さを感じる。
 これが、もし母ユリカが、我が子二人のそれぞれの性格と思考の特徴について考えているのなら、もっと楽に読めるような気がする。
 要するに、作品の視点がすっきりと入ってこないのだ。

 もう、ひとつは、連載という形態にしては、展開の一区切りが長過ぎる。
〇広岡さんからの深夜の呼び出しはどうなったのか。
〇理有は、光也と再度会えるようになったのには何があったのか。
〇晴臣に別れを告げた杏はどうなっているのか。
〇母の遺稿の内容は。
 連載でなければ、疑問や謎が増えていってもどうということもない。しかし、連載で次の日まで読み継げないのに、疑問が溜まりすぎると、楽しみに待つというよりももどかしさの方が大きくなってしまう。

朝日新聞連載小説『クラウドガール』金原ひとみ第95回2016/12/7

 杏の幼い頃のエピソードと、次の表現がピッタリと合うとは思えない。

つまり杏は、時間が経つと人は別物に変化する、そこに連続性はない、と考えているのだ。

また、上のような杏の思考と、次の表現のつながりにも無理があると思う。

人が感動するものに感動しない。あらゆる因果関係に無頓着。どこまでいっても思考回路がブツ切れなのだ。

 登場人物の言動と、登場人物の思考の結びつきがしっくりこない。


 ついでなので、今まででしっくり来なかった所を思い出しておく。杏が、パパの言葉を思い出す場面だった。(75回)

好きっていう言葉が示しているのは、そのものの本質を知らないってことなんだよ。例えば俺は政治学を研究しているけど、政治学が好きではない。政治学が好きなんです、という奴がいたとしたら、そいつは政治学について何も知らないと表明しているようなものだ。(75回)

 幼い頃の杏の「ねえ、パパこれ好き?」との問いに対するパパの言葉だ。パパの思考としては、理解できるし「好き」という心理を表現していると思う。しかし、設定場面を考えると妙な感じを受ける。小説の中に、唐突に哲学が持ち込まれたような‥‥
 杏についての、理有のとらえ方も似たような感じを受ける。
 こういうねじれた感覚、歪んだ魅力をもつ言語表現が挿絵にも表れている。

↑このページのトップヘ