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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年02月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第50回2017/2/21

 喜久雄が敵討ちを心に決めたのは、権五郎の臨終の時と読み取れる。そうなると、周囲の皆と徳次を完全に欺いていたのだ。しかも、決行の手順については、冷静に計算している。

この一年、喜久雄はじっとこの瞬間だけを待っておりました。

ここから壇上まで五メートルほど、駆け出しながらドスを抜いて、壇上に飛び乗るまでに一、二秒。

 
この展開は、予想できなかった。だが、親を殺された十五の息子の一途さは伝わってくる。喜久雄の真情は作者の胸の内にあり、まだそのほとんどが読者には語られていないのだと思う。
 不審なのは、一年前から心に決めていたのに、直前にドスを盗んいるらしい(49回)ことだ。それと、前回の感想にも書いたが、学校に行っていなかった彼が、宮地が学校に来ることをどうして知ったかだ。尾崎から聞かされたのか?

 尾崎は、喜久雄の動きを見て、自分を刺しに来ると思ったのではないか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第48回2017/2/20


「俺も昼まで学校行ったら、徳ちゃんと一緒に大阪にいくけん」(48回)

 喜久雄は、大阪に行くものと思った。長崎にいては先が開けてこないと思った。

(略)事務所から盗んできた刃渡り二十センチのドスの重みが伝わってまいります。(49回)

 喜久雄は、尾崎を刺すつもりだと思った。


 父の敵と思い込んでいる宮地恒三が学校に来ることを、喜久雄はいつどうやって知ったのか?
 敵討ちはしないと徳次に言っていたのは嘘だったのか、それとも心変わりしたのか?
 父の位牌に手を合わせたのは、これを決心していたからのようだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第48回2017/2/19

「今日、坊ちゃんが久しぶりに学校に行くって、春江に聞いたもんやけん」
「ああ」
 徳次の言葉を喜久雄は聞き流します。

 徳次は喜久雄とは顔を合わせていなかったが、春江とはちょくちょく会っていたのかもしれない。そうだとすると、徳次と春江は、喜久雄に全てを話していないことになる。喜久雄も、昨夜春江と分かれてから、春江が徳次と会ったことに気づいたが、そこを追及はしなかった。
 春江の生い立ちと事情については、いずれストーリーの重要な部分になるだろう。
 

 この小説の登場人物たち、昭和を生きた世代の一般的な考え方の特徴に、平等意識があると思う。身分や階級に縛られた過去の社会から、身分や階級を全面的に否定する社会へ変化した。若者は、自身の才能と努力でどこまででも自分の人生を切り開くことができると信じられた。それは、考えや理想だけだったかもしれないが、世の常識でもあった。
 昭和の東京オリンピックの時代の若者は、自分の人生や自分の職業が、家や親に束縛されるべきではないと信じていた。少なくとも私はそうだった。
 喜久雄を見ると、今の年齢まではその生い立ちが全てを決めている。父権五郎の羽振りがよくならなければ、親分の息子としてチヤホヤされることはなかった。権五郎が殺されなければ、親分の息子の位置から引きずり降ろされることもなかった。中学生で情婦がいたり、刺青を入れることもなかった。
 その事情は、徳次も同じだ。
 世間では、子どもは平等であることと無限の可能性をもった存在であることが常識であった。ところが、実際の世間では、子どもは親の職業や経済力の影響を多大に受けていた。それが、経済発展へ向かう昭和の世間の一断面であったのかもしれない。
 喜久雄、徳次、春江の様子を読むと、こんなことを考えてしまう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第47回2017/2/18
 
 学校に行こうとすると、母親に珍しいと言われる。昨晩教師に殴られてきたことを、若い衆に知られていて、しかもそれを母の前で言われる。父の位牌に手を合わせると、これも珍しいと組員からちゃかされる。
 組の本家だから、一般家庭とは違っている。しかし、一般の家庭でも、似たような様子はあった。この頃の時代の家庭の食事は、家族や同居している人たちとみんなで食べるのが普通だった。また、子どもがやった悪い事は、親にはバレなくても、兄弟や近所の人には知られてしまい、それを平気でみんなの前で話された。
 
 喜久雄の周囲と、小説『クラウドガール』の姉妹と比べるなら、家族関係、人間関係はまるで別世界の様子を見せている。

 喜久雄の環境は父が死んでから、特に悪くなっていて、中学生に良い影響を与えることは何一つない。それでいながら、今感じるのは、不思議にも彼が不幸のどん底にいるとは感じられないことだ。乱暴でも、教師や周囲の大人が子どもに関わってくるのがよかった、などと昔を懐かしがっても、なんの役にも立たない。
 ただ、『クラウドガール』に描かれている若者は、喜久雄の青春よりもつらいのではないかと思う。子どもの心を傷つけるようなことには親でも触れようとしない人間関係の中で、豊富な物に囲まれながら食事は独りでとるような生活が、幸福だとは感じられない。

 喜久雄が、学校に行こうと思い、権五郎の位牌に手を合わせたのは、昨夜のことが、彼に何か変化をもたらしているのだろう。昨夜、尾崎が春江に何を言ったのかも気になる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第46回2017/2/17

 錆刀は、包丁とは違うので、研ぎ直しても元にもどりはしない。錆刀は、捨て去るしかないのだ。

「俺が将来、立花組ば継いだら、真っ先にお前の玉とってやる」
 
 この言葉が、喜久雄の唯一の武器、喜久雄の刀なのであろう。

 教師を「尾崎」とだけ書いていること、鰻屋の出前のこと、作者の巧みさが楽しめる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第45回2017/2/16

 この教師は、厳しいけれど心配もしてくれている、と思いたい。が、尾崎という教師は、普段から喜久雄をヤクザの息子ということで毛嫌いしているだけのようだ。
 喜久雄を取り巻く大人たちと春江のことを見直すと、彼の環境は厳しい。
 父は、喜久雄のことを嫌ってはいなかっただろうが、本人の将来を真剣に考えてはいなかった。後妻のマツは、親身になって育てたが、自分の芝居好きを押し付けていた。彫師の辰は、中学生なのに金を払えば刺青を入れる。気の合う徳次は、命を落としかねない敵討ちに誘う。春江は、立花組が落ち目になっても離れないが、平気でポン引きをさせている。
 喜久雄の周囲は、とんでもない人ばかりだ。
 だが、本当にそれだけだろうか‥‥

 春江は、喜久雄より少し年上かと思っていたが、まだ中学生なのか?春江の母は、ちっぽけではあるが、スナックをやっている。それなのに、娘に身体を売らせるということはよっぽどの事情があるのだろう。
 春江と喜久雄が今の関係になったのには、何かが隠されているのか?
 
 喜久雄を殴ったのは、立花組に敵対するヤクザや中学生のワルではなく、喜久雄の先生だった。これが、喜久雄のこれからへのきっかけになりそうだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第44回2017/2/15

 先の展開の楽しみとなる伏線が、縦横に張られ続ける。

 殴ったのは、誰か。喜久雄はどうやって反撃するか。
 そして、いくつもの知りたいことが出てくる。
①脱走してきた徳次はどうなったのか。
②喜久雄はまだ中学校を卒業していないようだが、これからどうするのか。
③喜久雄と春江が、このまま長崎に二人でいられるのだろうか。
④役者花井半二郎は、いつ再登場するのだろうか。

 任侠の世界では、葬儀、法要を一般社会よりも重要視すると聞く。まして、亡き権五郎の女房マツは、喜久雄の生みの親の千代子の葬儀を気丈に取り仕切った女だ。そのマツの気持ちがどれほど悔しかったか、想像に余りある。
 マツも喜久雄も、もう辻村の魂胆を見抜いたはずだし、このまま辻村の世話になり続けるとは思えない。

 敗戦後の混乱が落ち着き、昭和の経済発展の頃の庶民の影の部分を、どうして忘れていたのだろう。また、東京オリンピックに日本中が沸いた頃にも辛い暮らしをしていた人々は多かった。それを、どうして取り上げないのだろう。
 私の知っているものでは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が当時の市民の貧しさも描いているように感じる。だが、この映画も美化され過ぎているという批判もある。一部しか読んでいないが、漫画『三丁目の夕日』の方が当時の暮らしの辛さを忠実に描いていると思う。
 国宝で描かれている時代には、次のような変化があった。
 高校や大学に行くことが珍しくなくなっていた。結婚は恋愛結婚が当たり前になっていた。男女平等も理念だけは常識になった。就職すれば終身雇用が普通だし、給料が毎年上がるのも驚くことではなかった。
 しかし、そんな風潮とは異なる面があった。中卒での就職者が一定数いた。高卒と大卒の間に差ができ、学歴が幅をきかせていた。恋愛結婚といっても、結婚には年齢や家柄や収入が条件とされた。男女平等といいながら、職業上の待遇の男女差は明らかだった。そして、家電や自動車や住宅を得ることが幸福の条件のようになった。
 そんな風潮に飽き足らないものを感じてはいた。それが、大学紛争や労働運動へのシンパシーとなったと思う。
 
 しかし、大学紛争や労働争議に全く縁がない人々も多かったということを、もっと知るべきだ。

 「長崎ブルース」「長崎は今日も雨だった」、三上寛の「夢は夜ひらく」の歌詞の一部を引用する。

長崎ブルース 作詞 吉川静夫
逢えば別れが こんなにつらい
逢わなきゃ 夜がやるせない
どうすりゃいいのさ 思案橋

長崎は今日も雨だった 作詞 永田貴子
さがし さがし求めて
ひとりひとりさまよえば
行けど切ない 石だたみ

夢は夜ひらく 作詞 三上寛
サルトル マルクス並べても
あしたの天気はわからねぇ
ヤクザ映画の看板に
夢は夜ひらく


 この歌詞に描かれている雰囲気は、表には出てこなかった。また、昭和の文化を語る時にはサブカルチャーの扱いを受けていると思う。
 歌詞を改めて読むと、古代の和歌や近代の短歌につながる情調が流れていると感じる。また、日常を生きる力がどこから湧いてくるかも分かる気がする。

 喜久雄がこういう体験をどう生かしていくのか、楽しみだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一第43回2017/2/14

 「長崎ブルース」「長崎は今日も雨だった」どちらも好きだ。でも、この曲が好きだったとは人前では言わない。ベンチャーズやローリングストーンズの曲を好きな曲としてあげる。
 青江三奈、クールファイブは、ひっそりと一人で聴く。

 この私でも、当時は給料が毎年上がった。ボーナスも出た。映画もテレビもアメリカのものが圧倒的に面白かった。それでいながら、夜は身銭をきって安酒場に行った。酒場の外れは、まさに、春江と喜久雄の世界だった。
 今、思うと、成長発展していたとされる世相の中で、夜は飲まずにいられないような何かを感じていたのかもしれない。
 東京オリンピック、バブルの頃には、明るい未来があったなんていうのは、あまりに皮相のことだと今改めて思う。
 
 喜久雄と春江は、一生を契り合うような刺青を入れた。
 春江は相変わらず夜の街に立っている。喜久雄は、そんな春江のヒモになっているかのようだ。
 徳次の姿は見えないし、喜久雄は親の敵討ちをしていない。
 喜久雄も春江も長崎を離れず、賑わいを増す繁華街の隅っこで生きている。

朝日新聞記事「生き方」より「在り方」 沢木耕太郎さん「春に散る」に加筆し書籍化2017/1/26

 この記事に紹介されている沢木耕太郎の言葉が、気になっていた。
 『国宝』に、「彫師の辰」のことが出て来て、再び思い出した。『春に散る』と『国宝』が描いている昭和生まれの男のことが気になるのだと思う。
 この記事から引用する。

 心臓を病み、40年ぶりに帰国すると、かつて同じ寮で過ごした3人のボクサーを訪ね歩く。彼らが家族もなく孤立していることを知り、再び共に暮らすことを思いつくが、仲間の1人から「昔をなぞっても仕方がない」と言われてしまう。

 
「仲間の1人」は、「星」だったと思う。「星」は、サーフィンに夢中になり、サーフィンだけに生きようとして挫折した。その後、ボクシングに目覚め、「広岡」と同じボクシングジムに入った。また、主人公の「広岡」がボクサーになるきっかけを与えたのが「星」だった。チャンピオンにはなれなかった「星」は、結婚して、女房と小料理屋を開いた。しかし、それは安定したものではなかったらしいし、女房に先立たれてしまった。
 仲間の他の2人も、老いて孤立した生活を送っていた。
 この元ボクサー3人のことが、連載が終わっても心に残り続けている。
 「広岡」は、経済的には成功をしている。仲間の3人は、成功者には程遠い老後を迎えている。これは、3人が元ボクサーだからか。違うと思う。
 中小企業の元会社員でも、自営業の元経営者でも、この3人との共通項は多いと感じる。
 また、元公務員や大企業の元会社員であり、家族と共に暮らしていても、精神的にはこの3人に近い男は多い。 
 その意味で、『春に散る』は現実社会を反映している。
 今新聞紙上を賑している退職したとたんに有名私大の大学教授になることの方が、庶民にとってはよっぽど夢物語だ。
 「広岡」にとっても、仲間の3人にとっても、『春に散る』のその後は、それぞれがより年を取ることだから、老人の「生き方」はより難しくなるだろう。
  
 『春に散る』の終末を思い出してみると、いくつもの疑問が湧く。
 4人の共同生活は今後どうなるか。「真拳ジム」は今後どうなるか。「翔吾」と「佳菜子」はアメリカに渡るのか。
 
 「広岡」は、そんな事柄に煩わされていない。考えようとさえしない。
 求められたことに応じているだけだ。「翔吾」にも「佳菜子」にも、何かを教えたり伝えようとはしなかった。仲間の3人を援助したという気持ちもなかった。求められたことに、自分ができる範囲で応えていた。
 そこがなんともいえない魅力だった。
 「翔吾」も「佳菜子」も去って行くだろう。仲間の3人も去って行くかもしれない。
 それとは違って、「令子」に頼まれて、「真拳ジム」でボクシングを教えるかもしれない。自分のボクシングを見失っている「中西」が「広岡」にトレナーになってほしいと頼むかもしれない。
 その時にどうするか、「広岡」は、その時に自分ができることを、自分がいちばん正しいと思うことをするのであろう。

 記事は、沢木耕太郎の講演会の言葉を引用している。

「一瞬一瞬をどう在るか。自分の在り方を意識することが、生き方より大事なのではないか」
 
 
 「
彫師の辰」は、「広岡」の精神的な父であった「真田会長」と同世代になるだろう。二人は、徴収され、復員し、敗戦後の時代を生きた。
 「広岡」と「喜久雄」は、ほぼ同世代であろう。いずれも、昭和時代を生きる。
 小説の時代背景をも考えながら、『春に散る』を思い出し、『国宝』を読み進めている。

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