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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年06月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第167回2017/6/21

松王丸  
①「源蔵」が匿っている「菅原道真」の若君、「管秀才」の首実検をする立場。
②忠義に従えば、かつて仕えていた「菅原道真」の子「管秀才」の命を助けねばならぬ。
③「源蔵」が「管秀才」の身代わりを出すであろうことを予測して、我が子「小太郎」を「源蔵」の寺子屋に行かせた。
④寺子屋へ「小太郎」を連れて行ったのが、母の「千代」で、「千代」も我が子が身代わりになることを覚悟していた。
 「松王丸」は、自分の役目と「菅原道真」の子「管秀才」を救うことの板挟みになる。そして、我が子の命を犠牲にして、主君の子を救うという忠義の道を選んだ。

半二郎
①我が子の俊介のライバルになるようにと、喜久雄に役者としての修行をさせた。
②自分が事故に遭ったときに、芸では我が子よりも優れていた喜久雄を、代役として指名した。
③自分が「白虎」を襲名し、俊介に「半二郎」を襲名させることが、花井の家の主としての役目である。
④目が不自由になった今、出奔中の俊介を待っていたのでは、襲名ができなくなるかもしれない。
 自分が「白虎」を襲名し、喜久雄に「半二郎」を襲名させれば、俊介の歌舞伎役者としての道を完全に閉ざすことになる。名跡を取るか、我が子を取るか、の板挟みになっている。

 役としての「松王丸」と、今の半二郎の思いは重なるところがある。演目の中の「菅秀才」と「小太郎」が、喜久雄と俊介とに、重なってくるのであろうか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第166回2017/6/20 

 今まで一度も物語上では描かれていないが、半二郎は、喜久雄に大きな負い目を感じていることと思う。
 そして、喜久雄に負い目を感じている以上に、俊介のことを愛していると思う。
 勝手な推測ではあるが、自分の代役に喜久雄を立てたのも、ただ俊介の芸が未熟だったからではないと思う。代役を決めたのは、喜久雄がよいか、俊介がよいか、ではなくて、何かもっと大切なことのためには、喜久雄の方がよいと判断したと思う。

 『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」で、「源蔵」は、なによりも大切である「菅秀才」を守るために、誰かを犠牲にするしかないと悩む。
 さらに、半二郎が演ずるのは、身代わりとなった「小太郎」の実の父「松王丸」だというから、その意味は深い。また、「松王丸」の妻、「小太郎」の母の名が「千代」というのも何か縁がありそうだ。「菅秀才」と「小太郎」を、俊介と喜久雄に当てはめるような簡単なものではないであろう。
 歌舞伎役者にとって、なによりも大切なものは、実の子でも愛弟子でもなく、舞台であり、役者としての名跡なのではないだろうか。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/6/19 

 この喜久雄は、人気が出てそれがたちまち下火になった頃であろう。半二郎の代役といいながらも、主役の大舞台を踏んだこともあり、人気が下降気味としても注目されている役者だ。その喜久雄がここまで半二郎の世話をしている。しかも、その世話の様子は、気配りのある細やかなものだと感じる。
 喜久雄には、こういう面がある。常識はないし、女性づきあいは奔放だ。だが、これと決めた人にはとことん従うし、優しい。

 常識があり、倫理観もある人間は、周囲の人のことを思いやり、社会へも貢献する。さらに、自分の仕事で成果を上げる。人間についての見方で、そういう観念をどこかでもってしまっている。でも、そんなことはない。
 人付き合いは悪いが、仕事はできる。仕事はできるが、家族をないがしろにする。ルールは守らないが、人との大切な約束は守る。実生活ではだらしがないが、心根は優しい。むしろ、そういうのが人間なのだろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/6/18
 
 このまま半二郎が治療を受けずにいると、突然の失明もあり得る。もしも、そうなったら以前の交通事故どころの騒ぎではない、花井半二郎一門が危機的な状況になる。
 半二郎が「花井白虎」の襲名どころか、舞台に立てなくなると思うと、どうしても音信不通になっている俊介のことが気がかりになる。
 半二郎と幸子と喜久雄は、俊介の居場所をつかんでいない。だが、当の俊介の方は、父や母や喜久雄の様子を知っていると思う。それは、新聞雑誌などを通して知ることができるし、それ以上に詳しく花井の家のことと喜久雄の舞台や人気の状況を知っているような気がする。
 長崎では、逃亡中なのに、徳次は喜久雄の動きを詳しく知っていた。それは、春江を介して知ったのだと思う。
 出奔した俊介のそばには、春江がいるし、花井一門のことは徳次がよく知っている。春江と徳次を介して、俊介に実家の様子が詳しく伝わっていると想像した。

 俊介に春江がついていることから、俊介が逃げ出したままで終わるような人物とはどうしても思えない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第163回2017/6/17

 主人公が急に身近な存在になった。

「嘘やろか? 嘘ちゃうよな?」

 半二郎の養子になり、三代目半二郎を襲名したい、そうすればもっといい役もつく。
 本来なら三代目半二郎を襲名するはずの俊介に帰ってきてほしい、そうすれば半二郎も幸子も安心する。
 この二つのどちらが本心で、どちらが嘘なのか、喜久雄自身もわからないのだろう。こんな風に迷う喜久雄に親しみを感じる。

「気休めで言うんやないんです。あの春江が一緒やったら、絶対に俊ぼんを死なせるようなことはしませんから」

 喜久雄が春江のことを、恨んだりせずに、こう思っているところも共感できる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第162回2017/6/16 

 描写は深入りしなかったが、どうも次の二つのことが伝わってくる。
①喜久雄は、女性に対して自分が男性であるということを誇示しようとしている。少なくとも、赤城洋子に対しては。
②喜久雄は、歌舞伎の舞台の香や香水に強い反応をする。これは、感覚だけのことではないかもしれない。

 喜久雄は、何かに悩むという様子をほとんど見せたことがない。喜久雄が物事を考える質でないのかもしれないし、そういう面を描いていないのかもしれない。
 長崎の頃、春江の母のスナックで、脱走してきた徳次と話しいる場面があった。その時の喜久雄は、煙草の箱で作った傘を弄んでいた。あの時の喜久雄は、迷っているというか、気持ちを決めかねている気配があった。
 今回の洋子とベッドにいながら、養子のことを話す喜久雄にも、迷いが感じられる。
 
 養子の件は、襲名につながる。襲名は、第七章の題名「出世魚」につながるのか?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第161回2017/6/15

 洋子の前にも、春江と市駒だけではない女性経験をもつと思われる喜久雄だが、こういう迫り方をされるのは初めてだろう。
 喜久雄は、十七の時の初舞台で次のように感じている。

(略)何よりも舞台に漂っていた香の甘い香りが甦りまして、喜久雄は思わずそばにあったつい立ての裏へ身を隠そうとしたのでございます。と言いますのも、まるで夢のなかで精を放ってしまったような、人目を憚るほどの恍惚感が(略) (103回)

 舞台の香ではないが、香水の香り、そして、下にあるように妙に動揺している描写、これは喜久雄の心理の奥にある何かが姿を現すのではないか。

自分の口調に怒気が混じっていることに喜久雄も気づいてはいるのですが、

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第160回2017/6/14

 前回に感じた以上に不思議で、そして、これこそが喜久雄の個性だといえることが今回に書かれている。
 育ての母のマツがいかに喜久雄へ愛情を注いできたかは、繰り返すまでもない。
 喜久雄が半二郎の代役を務めてからも、幸子はますます喜久雄の面倒を見ていた。しかも、俊介が出奔してからも、以前に変わらず喜久雄を助けている。幸子は、マツに次いで二人目の育ての母といえるほどだと思う。
 喜久雄が生みの母とは早くに別れたのに育ての母に恵まれたのは、マツと幸子という母性の豊かなしっかり者の女性と出会えたからである。それと同時に喜久雄は、母として愛情を注がずにいられない何かをもっていると感じた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第159回2017/6/19

 喜久雄が突拍子もない生き方をする主人公であることは、もう十分にわかっていた。それにしても、昭和のこの時代を生きる男しては、いくら人気が出た歌舞伎役者としても、この女性関係には驚かされる。 
 女遊びが盛ん、なんていう生半可なもんじゃない。春江も中学生の喜久雄から離れられなかった。市駒も人気が出る前の喜久雄を一目で生涯の男と決めた。今は春江とは続いていないようだが、市駒がいながら女優の赤城洋子ともいい仲だ。もてるというか、とにかく魅力がある男なんだろう。

 映画スターとか人気役者の女性関係はこういうもんだと、他人事に考えてきたが、喜久雄については、どうしてそんなに好かれるのか、またたくさんの女性にとことん好かれることが、本人にどんな影響を与えるのか、知りたくなってきた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第158回2017/6/11

 喜久雄の個人的な生活の細々したところは、相変わらず徳次が面倒を見ている。今や、人気役者となった喜久雄の表には出したくない部分の尻拭いの全部を徳次がしているようだ。
 また、歌舞伎役者としては、芸の指導は無論のこと、半二郎があらゆることの面倒を見ているのであろう。
 喜久雄の役者としての活動は、半二郎と徳次なしでは成り立たないと思う。それでは、市駒と娘の綾乃の存在は、役者としての喜久雄の励みになっているのであろうか、それとも妨げになっているのであろうか?

 この回では、語り手が手っ取り早くしばらく登場しなかった市駒のその後を説明した。出奔した俊介と春江のことも、近い内に語り手がその後の事情を明かしそうな気がする。

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