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朝日新聞連載小説『国宝』『ディス・イズ・ザ・ディ』の毎回ごとの感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年07月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第195回2017/7/720

 病室のベッドで、『仮名手本忠臣蔵』の語りや台詞を諳(そらん)じる白虎の声を聞きながら、喜久雄は、白虎を実の父のように感じる。(188・189回)
 白虎危篤の報を受けた喜久雄は、白虎の末期を看取ろうと必死で病院へ駆け付ける。白虎が、幸子と自分の到着を待っていると信じて疑わなかった。しかし、病院の廊下に響いたのは、喜久雄を呼ぶ声ではなく、我が子俊介を呼ぶ父白虎の叫びだった。それを聞き、白虎に覆いかぶさって泣いている幸子の姿を見た喜久雄の口から出たのは、「すんまへん‥‥」の一言だった。(192回)
 白虎の葬儀告別式で、喪主として挨拶に立った喜久雄の口から出たのは、次の言葉だった。
「私は父と慕う花井白虎を、心から尊敬しております。ただただ、心から‥‥尊敬しております‥‥」(194回)

 
喜久雄は、亡くなった今でも白虎を尊敬している。慕い、尊敬している白虎は、喜久雄ではなく、俊介をひたすらに待っていた。白虎が最期に会いたかったのが、喜久雄ではなく俊介だったことを、喜久雄は思い知らされた。
 
 喜久雄の心の動き、心から信頼していた人に背を向けられた境地に、引きつけられる。


 空席の目立つ地方巡業で、喜久雄は沈んだ心を抱きながら、舞っているのであろう。だが、その舞は精彩を欠いたものでも暗いものでもないことが描かれていると感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第194回2017/7/19

 白虎、三代目半二郎の同時襲名にも、白虎の急病にも、白虎の死にも、俊介は現れなかった。俊介は、父に起こったできごとを知っていると予想できるのに、姿を現さなかった。物語は、俊介の事情をどう描くのか、非常に楽しみだ。
 俊介出奔以後では、次のことが書かれていた。
 俊介には春江がついているので、俊介を自殺させるようなことはしない、と喜久雄は信じている。(163回)
 そして、今回は、弔辞の中で、
「(略)今どこかで、必死に戦っているだろうあなたの息子、俊介くんのことは、(略)」
と述べられている。
 どちらも、根拠のあることではない。しかし、俊介がもう登場しないことを予感させるものもないといえる。



 年月日が出てきたので、今までの物語の時系列を並べてみる。昭和45年から昭和50年までのできごとのそれぞれの年月日は書かれていない。※私の読み落としもあると思う。

昭和39(1964)年元旦 ・喜久雄と徳次は、新年会の余興で「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」を踊る。その踊りを花井半二郎が観る。立花権五郎は、新年会への殴り込みで銃弾を二発受けて、三日後に死ぬ。

昭和40(1965)年1月末 ・喜久雄は、学校に講話に来た宮地を襲うが、失敗する。その後、喜久雄と徳次は、大阪の花井半二郎の家へ。更に、数か月後、春江が大阪へ。

昭和41年(1966)年 ・喜久雄は、半二郎に連れられて京都へ。京都で、六代目小野川万菊の演目を観る。また、舞妓市駒と出会う。

昭和42(1967)年 ・喜久雄(17才)は、芸名花井東一郎として初舞台を踏む。

昭和45(1970)年4月 ・花井半二郎一座の四国巡業で、喜久雄と俊介が『二人道成寺』の白拍子を踊る。 

・喜久雄と俊介が、大阪南座で主役に起用される。これが大評判となり、喜久雄と俊介は、スターとなった。

・半二郎が交通事故に遭い複雑骨折。舞台を休むことになった半二郎の代役に俊介ではなく、喜久雄が指名された。大阪中座の『曽根崎心中』の『お初』を演じた喜久雄は、ますます人気を得た。この公演が終わった次の朝、俊介は出奔した。

・喜久雄と市駒との間に娘が生まれた。

・半二郎の緑内障が悪化し、視力が落ちる。実子俊介は、行方知れずのまま。視力が失われていく半二郎は、白虎への襲名を急いだ。自分は、白虎に、喜久雄を三代目半二郎に、同時襲名を決めた。

・同時襲名披露の舞台で、白虎は吐血をした。白虎の病状は深刻で二度と舞台に立てる状態ではなかった。

・三代目半二郎を襲名した喜久雄だったが、人気は低迷していた。後ろ盾であった白虎と梅木社長の影響力が落ち、喜久雄は人気女形の鶴若に預けられた。鶴若は喜久雄を冷たく扱い、喜久雄を地方巡業へ出すことにした。

・入院していた白虎が亡くなった。

昭和50年7月18日 ・白虎の葬儀告別式。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第193回2017/7/717

 俊介が突然現れる。そんな気がしてならない。
 白虎の気持ちはやむを得ないと思う。だが、それは喜久雄には辛すぎる。
 俊介が現れ、また、役者への道を歩み始めれば、喜久雄はますます崖っぷちに立たされる。
 それでも、俊介が帰って来て、舞台に立つという展開を期待してしまう。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第24回2017/6/23 第5話 篠村兄弟の恩寵②

あらすじ
 靖(兄)と昭仁(弟)の兄弟は、十八年前に父を亡くし、九年前に母を亡くしていた。兄弟の年の差は八つだった。
 母を亡くした時には、靖は十七歳だが、昭仁はまだ九歳だった。靖は、十七歳なりに弟を何とかしないといけないと決意した。できるだけ傍にいてやるとか、話しかけてやるとか、食事や洗濯などの世話をしてやるぐらいのことだったが、それをやった。
 靖と一緒に食事に行くようになった嶺田さんも、小学四年の時から母一人子一人で育ってきていた。そのせいもあって、高校生の弟のことを心配する靖の気持ちを分かると言ってくれた。
 靖は、嶺田さんが一緒に行きたがっているのに、二部のチームの最終節に嶺田さんを連れていくことをためらっている。
 弟は伊勢志摩の試合に行きそうなので、靖は奈良FCの最終節に一人で行くことになりそうだ。

感想
 靖には、二つのわだかまりがあるように思える。
 八つ下の弟を不憫に思う気持ちとその弟のことを心配してしまうこと。
 二部のしかも強くないチームに入れあげているということを引け目に感じていること。
 この二つは、心配や引け目に感じるようなことではないと思うが、そこに靖の優しさや他人を思いやる気持ちが表れていると感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第192回2017/7/16 

 勘が冴え渡っている。
 力強く頼もしい。
 生きていくことの全てが、歌舞伎の舞台と繋がっている。
 
 逆境にある喜久雄が描かれている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第191回2017/7/18

 喜久雄は、権五郎の死で、父を亡くしただけでなく、結局は家も財産も全て無くした。
 白虎が亡くなれば、同じようなことが起こりそうだ。幸子が信じている幸田なる新宗教の女は金遣いが荒いように描かれている。これが、幸子だけでなく白虎の家と財産を狙っていることを予想させる。
 もしも、白虎の命だけでなく家そのものが危ういとすると、家を出ているといえ、俊介にとってもますますの危機になる。
 
 『国宝』で、描かれている歌舞伎役者の稽古の様子は、フィクションではなく事実に近いことが分かった。朝日新聞「語る 人生の贈りもの 歌舞伎俳優 中村 吉右衛門」の連載の中では、吉右衛門(初代と二代目)の稽古の様子が語られている。これを読むと、『国宝』での二代目半二郎と喜久雄・俊介の稽古の様子は事実に基づいて描かれていることがよく分かる。
 また、昭和の時代には、何回も新宗教が興り、その一部は多数の信者から莫大な金を吸い取り、世の中を騒がせたことが何例もあった。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第190回2017/7/14

 この小説の登場人物の中で、一番好きだった幸子のことが心配だ。
 幸子は、気っぷのいい女将さんで、出会った初めから喜久雄と徳次を受け入れ、その後も面倒をみてきた。
 幸子の口から出た言葉で、好きなものがいくつかある。
①出会ったばかりの喜久雄と俊介が喧嘩をしそうになった時の言葉。
「あー、邪魔くさい。どうせ、アンタら、すぐに仲良うなるんやさかい。いらんわ、そんな段取り。でもまあ、しゃーない。喧嘩するんやったら、今日明日でさっさと終わらしといて」(67回)
②喜久雄の子を生む市駒の世話をしている時の言葉。
「男なんてどいつもこいつも甲斐性なしで意気地なしのアホばっかりや。でもな、生まれてくる子にはなんの罪もないねん」(160回)

 
気丈だった幸子にとっても、襲名披露の舞台での白虎の急病は、あまりにも重い厄難なのであろう。怪しげな新宗教を信じて、おかしなことにならないか、心配だ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第189回2017/7/13

 第25回は、半二郎(白虎)の言葉で始まった。

辻村はん‥‥」
 このとき、辻村から乱暴に払われて、思わずよろけた半二郎の目に映りましたのは、拳銃のワルサーでありまして、おもちゃの銀玉鉄砲では知っておりますが、さすがに本物を見るのは初めてあります。

(略)

 気がつけば、銀玉鉄砲ではないワルサーの銃口が、まっすぐに権五郎の腹に向けられております。
「なんの真似や?」
権五郎がゆっくりと一歩まえへ出ようとします。しかしその顔はすでに死んだようであります。
「パン」
(25回)

 その場には権五郎と辻村と半二郎の三人しかいない状況で、辻村は、権五郎の腹に二発撃ち込んだ。権五郎は意識が戻ることなく死んだ。辻村がなぜ権五郎を裏切ったのか、半二郎に口止めをしたのか、そういう事情は一切書かれていない。描かれているのは、辻村が権五郎を撃ったことが、完全に闇に葬られたことだけだ。



「わしも、そう長(なご)うない。そやから喜久雄に伝えておかんならんことがあんねん。でもな、それがどうしてもうまく伝えられん」(189回)

 
これ以上に、事実を語ることはできないのであろう。ただ、その事実に対する白虎の深い思いは、その後の言葉に表れている。

「おまえに一つだけ言うときたいのはな、どんなことがあっても、おまえは芸で勝負するんや。ええか? どんなに悔しい思いしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはおまえの芸で、いつか仇(かたき)とったるんや、ええか? 約束できるか?」

 そして、白虎のこの精一杯の言葉が意味していることを、喜久雄は微塵も気づいていない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/7/12

 第八章に入って、ようやく喜久雄の人となりがつかめてきた。
 俊介の方は、登場しないだけでなくどんな性分なのか、まだつかめない。
 俊介の性分を探ってみると、先ず役者としての素質は十分にあると思う。それは、白虎が女形の素質を俊介にも認めていることに示されている。また、性格としては気取った所や他人を見下すところがない、と感じる。それは、喜久雄や徳次、何よりも春江と深く付き合っていることから分かる。
 一方で、舞台への執着心は、喜久雄と白虎ほどにはないと思う。さらに、苦労をしていないだけに周囲の評判に負ける面がある、と感じる。辻村のように、うまいことを言ってくる他人を喜ぶところに、それを類推できる。
 俊介出奔の理由は明かされていないが、役者としての素質が十分にありながら、周囲が御曹司としてしか、自分を評価しないことに耐えられなくなったのではないか、と思う。
 
 白虎は、舞台だけに執着する喜久雄の本心を見抜いている。俊介については、何を思っているのだろうか。

 白虎が抱えている権五郎についての秘密に、このようなきっかけで触れるとは、なんとも巧みな運びだ。

「なんや、実の親父(おやじ)といるみたいですわ」

 ふとこぼした喜久雄の言葉に、白虎が顔を歪(ゆが)めます。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第187回2017/7/11

 喜久雄の先行きが悪い方へ悪い方へと動いている。今の喜久雄にとって、悪い流れととらえればその通りだ。
 振り返ってみると、良い流れから突然悪い流れへ、逆に、その最悪の流れがこの上なく良い流れへ、喜久雄は間断ない激流に身を置いている。
 人の生き方の良し悪し、運命の上昇下降、そんなものは人生の流れの中ではちっぽけなものでしかない、作者がそう言っているように感じる。

 白虎(二代目半二郎)の喜久雄への思いは、次々に変わったであろう。
 やっかいな若者を預けられた。芸の稽古に熱心な奴だ。息子の俊介のライバルになる男だ。女形の素質のある役者だ。部屋子にして、もっと芸を仕込んでやる。俊介と共に人気が出てきてなによりだ。自分の代役には、今は俊介よりも喜久雄の方がふさわしい。喜久雄が立派に代役を勤めたのはよかったが、俊介が逃げ出したのは痛手だ。俊介が戻らぬ今となっては、喜久雄との同時襲名を選ぶしかない。襲名披露の舞台をできなくなり、残念しごくだ。
 ベッドでの白虎は、見舞いの喜久雄に何を思うであろうか。

 病室のベッドの権五郎を悔しい思いで見つめた112回感想 38回喜久雄は、舞台にはもう立てないであろう白虎に何を感じるのだろうか。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/7/10

 今や人気者の沢田西洋・花菱は、テレビの放映時間に自分の芸を合わせて、人気者になった芸人だ。そして、自分の人気に酔っている。喜久雄とは対照的だ。そうだとすると、184回の感想で喜久雄にテレビという新たな活躍の場が与えられるのでは、という予想は的外れになる。
 喜久雄は、歌舞伎の劇場でいい役を演じ、多くの観客を魅了することだけを喜びとする役者だと感じられる。
 
 喜久雄がタクシーで向かっている先は、白虎の入院先であろう。
 白虎の余命は、刻一刻と少なくなっているはずだ。

 ‥‥ 白虎は、喜久雄に真実を打ち明けるだろうか ‥‥

 打ち明けるかどうかは予想がつかない。だが、喜久雄が実父権五郎の死の真実に対処できるように、白虎(二代目半二郎)は最期の心配りをすると思う。

 第八章の「風流無頼」という章題からも、喜久雄にとって辛い状況はまだまだ続きそうだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第185回2017/7/9

 喜久雄が今までで生き生きとした表情や、心から喜ぶ様子をしたことが二回あったと思う。
 その一つは、長崎の名門料亭花丸の新年会での舞台を終えた時だった。一緒に踊った徳次とともに、汗だくで舞台から降りた喜久雄が、マツに言っていた。

「幕の開いたとたん、勝手に体が動いて、気づいたら、もう終わっとった」(16回)

 もう一つは、初舞台の時だった。役は台詞もない端役でしかなかったが、花井東一郎として初舞台を降りた後に得も言われぬ恍惚感を味わっていた。103回感想 
 ところが、南座で俊介と『二人道成寺』を踊った後や、半二郎の代役の『曽根崎心中』の舞台を終えた後では、恍惚感と呼べるような感動を味わっていないようだ。
 喜久雄は、世間の大評判になることや、爆発的な人気の渦中にいても、人気そのものには関心がないように感じられる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第184回2017/7/8

 物語が進展する兆しが感じられる。
①一度登場した漫才コンビが再び登場し、このコンビは今はテレビでの人気者になっていた。
②梅木は大阪のテレビ局の社長になっている。
③喜久雄は、今のままではいい役が回ってくることはない。
 これらから、喜久雄に、歌舞伎や映画とは違うテレビという活動の場が与えられるのではないか。

 喜久雄をよく知っていて、気軽に肩を叩ける人物というと何人か思いつく。
 赤城洋子のマンションでのマージャン仲間の嵐風関。沢田西洋のそばにいそうな弁天。あるいは、一度だけ登場した三友の竹野。いずれにしても、八方塞がりの喜久雄にとって鍵になる人物ではないかと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第183回2017/7/7

 小説中には根拠のない勘ぐりをしてみる。
①鶴若は、梅木から182回にあったような話が出ると踏んでいた。
②もし、梅木から喜久雄を預かれという話がでたら、引き受けようと思っていた。
③喜久雄を自分の手元に置いて、一流の役者としての道を徹底的に潰す算段でいた。

 なぜ、こうまで考えたのか。それが、次の文にあったと思う。

 「‥‥梅木さんほどのお方がそこまで入れ込む、この三代目さんの魅力ってのはなんなんでございましょうね。」(182回)

 実は、鶴若も漠然とながら喜久雄の魅力を感じていた。喜久雄には、顔の綺麗さだけでないつかみどころのない魅力があった。それは、歌舞伎の家に生まれた俊介や鶴之助にはない、化け物のような素質、可能性だった。
 喜久雄が、顔の美しさだけの女形であれば、放っておいても人気はいずれなくなるであろうし、妨害をしなくても自滅するであろう。
 しかし、何か得体の知れない魅力をもつ喜久雄に、そのまま成長されると自分をも息子をも越える女形になるのではないかという恐怖を感じる。だから、今、徹底的に喜久雄を潰しておこうと鶴若は、思ったのだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第182回2017/7/6

 梅木が土下座をせんばかりの頼み方をするということは、喜久雄を鶴若に預けることが、想像以上に難しいことなのだろう。それなのに、鶴若はすんなりと、梅木の頼みを受け入れた。鶴若は、このことを察して喜久雄を呼んでいたような気がする。
 鶴若は、三代目半二郎の芸に厳しい注文をつけていた。これは、意地悪なだけでなく、喜久雄の潜在能力を認めているからなのであろうか?
 もし、そうだとするなら、喜久雄は息子鶴之助にとって極めて邪魔な存在になりかねない。鶴若が、すんなりと喜久雄を預かると言った真意は、何か? 


この三代目の魅力……。正直ね、私にもよく分からんのですよ。ただ、私はね、この喜久雄が不平不満を漏らすところをまだ一度も見たことがない。こいつは滅多に自分の気持ちなんか口にしませんがね、その目がね、いつも真っ直(つ)ぐなんですよ。そういう目を見てますとね、こっちも全力で何かを信じたくなるんでしょうな」

 梅木のこの言葉に頷いてしまう。だが、喜久雄のことをこう感じ始めたのは、つい最近176回感想だ。読者にも、こう感じさせるように小説の構成がなされているのであろう。どうして、喜久雄をこのよう人物と受け取れるようになったのか、ゆっくりと考えてみたい。

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