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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年09月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第257回2017/9/21

 二代目半二郎にすっかり取り入った喜久雄は、実の子俊介を追い出して、まんまと三代目半二郎を襲名した。しかし、同時襲名した白虎が亡くなると、いい役にも付けずに丹波屋の名を汚すことしかできなかった。喜久雄に丹波屋を追い出された俊介は、本物の役者になるための修練を、名前を隠して苦労に苦労を重ねて十年もの間続けた。
 竹野の筋書きは、こんな風になるのではないか。世襲の歌舞伎を批判していた男だけにそれを、逆手に取った筋書きはきっと大衆受けするものになると思う。
 竹野という男、俊介の「怪猫」の芸の凄さを見抜いたことや、万菊を引っ張り出したことからも、なかなかのやり手の興行師だ。

 喜久雄の短い文面からは、喜久雄の方も覚悟が定まっているように思う。喜久雄は、どんなに悪役にされようが、どんなに世間から貶されようが、それで潰れはしないと思う。
 それどころか、竹野の描く筋書きは、俊介に世間の注目と同情を集めるためのものでありながら、喜久雄へも注目を集めるものになる可能性を感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第256回2017/9/26

 この作品の時代は敗戦後の昭和だ。敗戦後の昭和は、民主主義と経済発展の時代だと思っていた。
 『国宝』に描かれているのは、江戸時代の庶民が大切にしていた義理と人情であり、西欧文化とは無縁の伝統芸能に生きる人々だ。
 私が生きてきた昭和は、本当に民主主義が根付いた時代なのか。昭和は、企業戦士と呼ばれる男たちが発展させた時代なのか。
 少なくとも、働く男たちが戦後の経済を発展させたというのは、浅い見方だと思う。家庭を顧みることなく、働き続けた男たちは、昭和の女たちがいればこそだったと、この小説を読んで感じる。
 春江も幸子も昭和の女の典型だと思う。常識的な既成の視点を変えると、新しい昭和時代が見えてくる。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第30回2017/8/4 第6話 龍宮の友達③

あらすじ
 
高校に行かなくなっている娘の日芙美が、睦美に自分から話し始めた。日芙美は、もう高校へ行きたくないことと、予備校なら行けるかもしれないと、静かに話す。日芙美は、高校では同い年のたくさんの人と理由もなくいて、その人たちの意向をくみながら行動するのが、どうしても耐えられない、と言う。さらに、日芙美は母の睦美に、離婚してもいいよ、と言った。
 睦美は、娘の言いたいことがわからないでもないと思い、離婚のことにも、「わかった、考えとく」と答えた。

 白馬FCのホームスタジアムの最終節の対戦相手は、熱海龍宮クラブだ。この試合に、睦美は細田さんを誘って一緒に行くことになる。熱海龍宮クラブは、細田さんの亡くなった旦那さんが応援していたらしいチームだ。睦美は、細田さんをメインスタンドのアウェイ寄りの指定席へ案内する。席の隣の初老の男性は、龍宮クラブ側の人で、すでに酔っぱらっている。睦美が、お茶を買いに席を外して、戻ると、この見知らぬ男性が細田さんに話しかけている。

感想
 娘の日芙美の感じ方が分かるような気がする。今の日本では、学校は子どもたちにとって楽しいものでも必要なものでもなくなった。勉強をしたいなら、学校でなくてもできるようになった。
 これは、もう動かしようのない現実だ。
 では、親はどうすればよいか。睦美のように対処するのがよいと思う。まだまだ、学校以外の勉強の場は特殊な選択肢になる。だから、先ずは一般的な学校へ進学することを用意してやるよりないだろう。そして、子どもがその学校に拒否反応を示したら、次の方法を一緒に考えてやるのがよいと思う。

 今回の第6話は、今までと少し様子が違う。サッカー観戦によって、登場人物が悩みを解消するという展開ではないように思う。
 娘の日芙美は、自分で自分の気持ちを整理して、母に話している。母の睦美も、娘に期待をかけ過ぎていたことに自分から気づいている。サッカーについての話題は、この母と娘の気持ちの通じ合いを滑らかにしているだけだ。
 細田さんの旦那さんが、妻に隠していた行動はサッカー応援らしい。だが、細田さんが感じている亡き夫への疑いが、このサッカー観戦だけで解消するとは思えない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第255回2017/9/19

 幸子が復活した。「口うるさい梨園の姑」いかにも、幸子のはまり役だ。
①興行面の計画は着々と進んでいる。
②歌舞伎界の後ろ盾は、小野川万菊が控えている。
③経験豊かな幸子は肚を決め、春江はその幸子やお勢の気持ちをつかんでいる。
 これで、俊介の舞台復帰の準備は万端だ。特に、春江、一豊、幸子、弟子や使用人がしっかりと気持ちを一つにしているのが、大きい。
 一方、喜久雄は、はしごを外されたも同然だ。喜久雄にも子はあるが、娘では歌舞伎役者の跡継ぎになり得ない。大阪の屋敷をたためば、喜久雄の借金は軽くなるが、それも喜久雄を丹波屋から離れさせることにしかならないだろう。
 喜久雄、三代目半二郎には、興行面を仕切る人物も、大御所の後ろ盾も、歌舞伎役者を支えられる家族もいない。
 それこそが喜久雄本来の姿でもあるのだが‥‥

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第254回2017/9/18

「俺な、逃げるんちゃう。……本物の役者になりたいねん」
 こんな思いだったとは!予想できなかった。お勢さんが言うように、俊介は家を出ても自立できないと私は思っていた。白虎(半二郎)の言葉通り、逃げ出したと思わされていた。
 この言葉通りに俊介が行動していたなら、私の予想238回感想は、大外れだ。それどころか、辻村の世話になっていたのは、俊介ではなく、喜久雄の方だったことになる。
 俊介のこの言葉を聞いて、春江が一緒に身を隠したとすると、春江の本性についても、前回の感想「食うため、大切な人を生かすためには、理想や体裁などにとらわれない生き方」も大間違いだったことになる。春江は、俊介を「本物の役者」にするためにこの十年余りを過ごしてきたのであろう。
 すごく、おもしろくなってきた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第253回2017/9/17

 啖呵を切るのでも理詰めの談判でもなかった。女の図々しさで、母の厚かましさで押し切った。
 これが、春江の本性なのかもしれない。現実と生活に密着した人。食うため、大切な人を生かすためには、理想や体裁などにとらわれない生き方なのであろう。
 お勢さんの問いかけに春江は素直に答えるような気がする。そして、春江の答えは回りくどさや言い訳などのないものだと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第252回2017/9/16

 常識のある嫁なら、夫俊介に言って、義母幸子の度を越した信仰に意見をさせるだろう。春江が自分から動くとしても、先ずは義母へ直接話をするだろう。そうしないで、新宗教の親玉幸田との直接対決を春江は選んだ。
 春江は、どう出るか?威勢のいい啖呵で喧嘩腰になるか?それとも、何を言われてもめげないで、粘り強く応酬するか?
 いずれにしても、ここで春江の本性が描かれるように思う。
 マツは、病気の妻がいる権五郎の所に入り込んだ。権五郎が死んでからは組を潰してしまって、女中にまで落ちぶれた。義理の息子の喜久雄が役者になってからも自ら進んで働いている。表面を見ると、マツはそういう女だ。しかし、マツの表面と内面は違う。
 春江も、表面と内面は違うと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第251回2017/9/15

 女、とりわけ母の意志が、物事を決めている。
 マツがいなければ、喜久雄に歌舞伎の素養は育たなかった。幸子がいなければ、俊介と喜久雄の関係は保たれなかった。東京の舞台で役のつかなくなった喜久雄を立ち直らせたのは、母となった市駒だ。俊介がこの十年余り生きてこれたのは、春江がいたからだろう。
 その春江が母となって、以前の面影のない幸子とともに、大阪の屋敷にいる。俊介の舞台復帰の前に、春江が丹波屋の若女将として、動きそうだ。
 背に刺青を背負い、何度も落ちる所まで落ちながら、強く生きている春江。なんとも、魅力的な女で母だ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第250回2017/9/14

 こういう喜久雄を見たことがない。いや、これに近いことはあった。大阪弁に慣れようとして、なかなかなじめなかったのが、いつの間にか大阪弁になっていた。それは、極道の息子から役者への転生でもあった。
 大阪弁から東京弁への変化は、あの時よりも劇的な転生になると思う。

今後につながりそうな要素
①喜久雄は、俊ぼんと丹波屋のことより、自分のことを考えようとしている。
②喜久雄に抱きつかんばかりに現れた彰子は、江戸歌舞伎の大看板、吾妻千五郎の次女で、大学生であること。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第249回2017/9/13 

 喜久雄と俊介は、対等の関係になったことがないし、これからもなれない。
 喜久雄が初舞台を踏む前は、稽古で同じように扱われていても、御曹司の俊介と素性の分からない喜久雄にはあまりにも歴然とした差があった。『娘道成寺』で、二人揃って人気が出た時は、喜久雄は歌舞伎役者の端くれとして認められたというだけで、俊介の御曹司の立場は揺るがなかった。
 それが、白虎(半二郎)の交通事故による代役で、立場が大逆転した。その逆転は、俊介の出奔、喜久雄の襲名で更に固まった。
 この二人は私的な面では和解しても、芸の上では常に争い続ける関係に運命づけられている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第248回2017/9/12 

 痛めつけられて、歌舞伎の舞台に立つことができなくなったが、綾乃と市駒と時間を過ごすことで、立ち直った喜久雄だった。その喜久雄を、『太陽のカラヴァッジョ』の時よりも、重く厚いものがじわじわと責め上げ始めたようだ。
 「凄惨を極める暴行を受ける」歌舞伎の女形だった兵士よりも、もっと辛い目に遭わされる襲名した歌舞伎役者が、喜久雄の今後だと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第247回2017/9/10 
 
 いよいよ、俊介の復活劇が始まった。万菊主導ならまだしも、竹野が画策しているとすると、喜久雄はもっともっと追い込まれる。
 徳次が、暴走しなければいいが‥‥

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第246回2017/9/9

 私と私が招待した客のためだけに、三日間歌舞伎公演をしてくれれば、出演料として借金の額を全部払う。私のためだけに、毎月一時間程度の舞を舞ってくれれば、月々のお弟子や使用人に払う額を毎月払う。だから、喜久雄さんは金のことを考えずに、芸だけに精進なさい。
 ‥‥フィクションの世界はいいなあ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第245回2017/9/6

 たとえ、から元気であろうといつも威勢のいい徳次だが、さすがに煮詰まっているようだ。
 俊介が戻って来て、幸子は喜んだろうし、孫の一豊を見てさらに喜んだと思う。喜久雄も徳次も、俊介との再会に興奮した。しかし、喜久雄がいい役につけない状況に変化はなさそうだ。 
 そして、万菊を驚かせた俊介の化け猫の芸については、喜久雄には一切話されていない。

 もしも、竹野のプラン通りに俊介復活の筋書きがテレビで取り上げられたとしたら、どうなるだろう?恐らくは、喜久雄には何も知らされずに、いきなり番組が放映されるだろう。その番組では、喜久雄は完全な悪役として印象づけられる。視聴者も歌舞伎の関係者も、その番組で描かれていることを事実として受け止める。
 復活した俊介の立場と、見世物小屋で磨いた芸は、世間からも歌舞伎界からも同情とともに絶賛されると思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第回2017/7/28 第6話 龍宮の友達②

あらすじ
 ある日、細田さんが、睦美に話しかけて来た。細田さんの亡くなった夫の写真が、故郷の夫の弟の所から送られて来たのだと言う。その写真に心当たりのない細田さんは、睦美にその写真を見せてくれた。その写真を見た睦美は、それが熱海龍宮クラブのサポーターたちの写真であることに気づき、細田さんにそのことを伝える。
 夫が生前サッカーの試合を観に行っていたことを知らなかった細田さんは、寝耳に水という様子だった。睦美は、自分が応援している白馬FCと細田さんの夫が応援していたらしい龍宮クラブが最終節で対戦することを、細田さんに伝える。
 睦美は、日芙美を最終節に誘うが、一緒に観戦に行くことを断られる。でも、日芙美も白馬FCの選手には興味を持っているようだった。

感想
 妻には黙って、サッカーの応援に行っていた夫。夫には、言わないでサッカーの応援に行っている妻。
 細田さんは、亡くなった夫の隠された行動を探ろうとするだろう。睦美のサッカー応援はいずれ夫に知られるであろう。
 夫婦の互いのわだかまりが、サッカー観戦、二部リーグのサッカークラブの応援を通して、解消されていくとすると、今までのパターン通りの展開になりそうだ。

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