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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年10月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第290回2017/10/25 

 発見された俊介と春江がどうやって暮らしていたか、明らかになるのを楽しみしていたのが、9月1日第238回感想だから、ずいぶんと待たされた思いだ。身を隠している間の二人の物語は、予想の一部は当たっていた。ここから、旅回りの一座で舞台に上がるまでには、まだ何かがあるのだろう。松野という男も登場しそうだ。
 そして、今になって、このことが語られるのは、理由があるに違いない。それは、歌舞伎と新派で人気を争っている今の喜久雄と俊介の今後に、これから語られる出奔中の二人の物語が、大きな影響を与えることになるのだろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第289回2017/10/24

 深い霧がゆっくりと晴れるように、春江の気持ちがみえてくる。
 それと同時に、家を出た俊介の気持ちもわかってくる。喜久雄への憎しみや父への恨みは、今回まででは感じられない。
 それならば、なぜに家を出たか。
 父のこと、母のこと、家のこと、喜久雄のこと、それらをじっくりと考えたなら、すべてを捨てて家を出ることなどできなかったであろう。「本物の役者になりたい。」「全部自分でやってみたい」そんなことだけだったから、親を捨て、友の女を奪って、姿を隠すことができのだろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第288回2017/10/23

その一
 春江は、男の我がままと弱さをすべて受け入れる女なのだろうか。少なくとも、自分本位の行動や、男に甘えることをしないのは確かだ。
 俊介と二人きりでいながら、喜久雄も一緒にいるような春江の感覚とは何を意味するのだろうか。


その二
俊ぼんがどんくらい春ちゃんに甘えとったか、簡単に想像つくわ。

「俺な、なるべく全部自分でやってみたいねん」

 この相反することが、どう結びつくのか。

「いや、ほんまやで。万が一でも俺がお偉いさんなんかになってもうたら、それこそ『天下の弁天、万引きで逮捕』とか『天下の弁天、痴漢の現行犯』とかな、一番みっともない姿晒(さら)して、この世界から堂々と干されたるわ」

「弁ちゃん、ほんま変わってへんわ」

「いや、ほんまやて。唯一、王様を笑えんのが芸人やで。それが王様になってどないすんねん」
 
 人気が出て、多くの観客を喜ばせるのが、芸人だと思っていた。確かに、真の芸人には観客を魅了する芸とともに、弁天が言っている面がある。
 喜久雄と俊介に「唯一、王様を笑えんのが芸人やで」という意識があるとは思えない。


(略)悔しいやら情けないやらで、「ここでこうせなんやったら、俺、一生、後悔するわ」と先に呟きまして、不貞腐れている喜久雄に掴み掛かりますと、そんな気持ちなら役者なんかやめてしまえと、顔だろうが体だろうが容赦なく殴りつけたのでございます。(280回)

 この時の徳次は、実に真っ当な考えと行動を見せている。
 歌舞伎のためなら一人の女性を犠牲にしても仕方がないと思っていた喜久雄は、自分の誤りに気付いたようだ。だが、そこから喜久雄が、今までの考えをすっかり変えたとはまだ思えない。
 
 弁天と徳次は、喜久雄と俊介以上に、独りで生きていかなければならない辛さと下積みの苦労を味わっている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第287回2017/10/22

 弁天の言葉に驚いた。そして、弁天の生き方に心底かっこよさを感じる。
 弁天が重要な人物ではない感想278回などとはとんでも間違いだった。
 弁天のこのような言葉を引き出す春江も、今の俊介と喜久雄にはないものをしっかりと持っているように感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第286回2017/10/21

 春江の今の境遇は、春江が言う通り、本人が想像もしなかったような変化だ。弁天もまたそうであろう。
 それなのに、二人が話すと、昔通りの「春ちゃん」と「悪ガキ」に戻っている。
 
 万菊に稽古をつけられ、喜久雄と俊介は、それぞれが舞台に立っているようだ。しかも、二人ともが評判になっているらしい。
 喜久雄と俊介は、昔の関係に戻るどころか、役者としての勝ち負けをはっきりさせようとして、激しく競い合っているのだろう。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第36回 第7話 権現様の弟、旅に出る 2017/9/22

あらすじ
 「権現様の弟」のことは、少し有名になってくる。遠野FCの客席にいる獅子舞に頭を噛んでもらうと、いいことがあると話題になっていた。
 本社から来ている柳本さんが、壮介が中にいるとは知らずに、遠野FCを応援している獅子舞のことを壮介に話す。また、同じく本社から来ていて何かと壮介につらく当たる西島さんのことを、後輩いじめしかできない人と非難する。
 仕事に戻ると、西島さんが、壮介をバカにするように遠野FCの悪口を言って来る。壮介は、珍しくはっきりとそれに反論した。
 
 壮介が好意を持ち始めている柳本さんが事故で骨折をした。

感想
 
「権現様の弟」のことが話題になり出した。サッカーの試合に獅子舞のかしらは珍しいに違いない。また、頭を噛まれるといいことがあるという噂がネットのニュースになるというのもおもしろい。
 昭和の頃、祭りの時などの獅子舞は、全国的に珍しくはなかった。そして、頭を噛んでもらうと厄払いになるというのも広く知られていたことだ。そういう風習が廃れ、また復活すると新しいものに感じられるのだろう。
 ゆるキャラやマスコット全盛だが、中に人がいることを忘れている。子どもはいざ知らず、大人なら中にいる人のことも意識すべきと感じた。
 「権現様の弟」がもっと有名になれば、壮介は自分が中にいることを隠し通せなくなるだろう。その時に、壮介は自分の立場と考えをもっとはっきりとさせなければならない。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第35回 第7話 権現様の弟、旅に出る④ 2017/9/15

あらすじ
 司朗たちの神楽の団体で使っている権現様の獅子頭は、安政の頃に作られた由緒のあるもので、神楽の舞台以外に持ち出せるようなものではない。
 壮介は、通販サイトで権現様にそっくりの獅子頭を発見し、酔っていた勢いもあって、そのかしらを購入する。買い込んだ獅子頭を権現様に似せるように壮介は色を塗り直した。
 その通販の獅子頭を神楽のメンバーに見せると、皆は本物の権現様に似ていると言う。そこで、司朗は、通販のかしらを「権現様の弟」と呼び、遠野FCの試合に連れて行こう、と言い出す。
 こうして、「権現様の弟」は、遠野の試合を応援するようになった。かしらの中には、いつも壮介が入って応援している。

感想
 どんなものでも通販サイトで買えるということだ。
 通販で買った獅子頭で、引き分けの試合ばかりをしているチームを応援するというのは、なんだか妙な感じだ。
 おもしろがって、目立つことを狙っているという気もする。いや、地域に伝わる由緒あるもののレプリカで、強くはない地元のクラブを真剣に応援しているという気もする。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第278回2017/10/20

 弁天は、度々登場するが、登場人物としては重要ではないと思う。狂言回しとして、筋の運びをする役柄だ。弁天が登場した最初は、春江に声をかけた場面だった。そうなると、今回の登場は、春江の物語が始まることを期待してしまう。

 私の予想274回感想その2はほとんど外れたが、特に春江と彰子については大外れだった。それほど、凡人の読者にとっては意外な展開だった。
 春江の今までは、この小説の登場人物中で最も波乱に満ちているといえる。長崎の街娼、大阪のクラブの売れっ子、俊介と失踪、復活した俊介を支える梨園の女将、これだけでもその浮き沈みは、主人公喜久雄を上回る。さらに、喜久雄から俊介へと「旦那」を変え、今や丹波屋の跡取り一豊の母だ。
 何が、春江にこのような生き方をさせているのだろう?

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第284回2017/10/19

 万菊は、喜久雄と俊介をとことん競わせ、二人ともに辛い思いをたっぷりと味わわせると思う。
 万菊は、俊介のことを歌舞伎界の大切な大切な後継者と思っているだろう。そして、喜久雄にはその美しさを超える芸を身に付けさせたいと思っているだろう。
 そう思えば、思うほどどちらかが潰れてもよいくらいの過酷な稽古をつけると思う。それは、白虎が二人に対してやったことでもある。

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