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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年11月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第312回2017/11/17

 徳次の動きが小気味いい。こういう動きをして、読者に無理を感じさせない作者の人物づくりが見事だ。

 綾乃を救い出し、病院へ行き、家へ連れ戻ったとしても、綾乃の問題は解決しないだろう。徳次が説得するだろうか、喜久雄が出て来るだろうか。
 話し合いや説得ではなく、綾乃自身とタカシという暴走族の男の行動がまだあると思う。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第40回 第8話 また夜が明けるまで①2017/10/20

あらすじ
 忍と夫の和敏は、結婚する前からヴァーレ浜松を応援し、観戦に通っている。だが、二人が観戦のために浜松に出かけると、ヴァーレ浜松は負けるということが多かった。
 ヴァーレ浜松の最終節は、自動昇格枠をかけた試合だった。二人は、長い間話し合った結果、観に行くと負けるので、最終節は自宅で観戦することに決めていた。
 最終節の試合の前日、忍の東京での仕事がキャンセルになった。思わぬ時間が空いたので、忍は我慢できなくなり、試合が行われる四国行きの飛行機に搭乗してしまう。
 浜松が最終節で勝利し、一部リーグへの自動昇格枠である2位に入ることは、忍と和敏、それに多くの浜松のファンの願いである。しかし、その可能性は高くはない。

感想
 
応援はするのだが、現地に試合を観に行くとそのチームが負けるということはあり得ることだ。逆の場合は、胸を張っていられる。だが、表立って応援すればするほど負けるという場合は、気持ちは複雑だ。
 統計的にみれば、試合を観に行った場合の勝ち負けは、そのチームの成績に比例するだけだろうが、なかなかそう冷静にはなれない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第311回2017/11/16

 徳次と喜久雄には、実の親も兄弟もいない。だが、喜久雄にはマツがいるし、今は、市駒と、彰子、それに、娘の綾乃がいる。
 育ての親さえいなかった徳次には女房もいない。その徳次にとって、喜久雄は坊ちゃんであると同時に弟であろう。そうなると、市駒、彰子は義理の妹となるし、綾乃は姪っ子になる。
 徳次は、妹に懇願されて、姪っ子を救いに向かった。しかも、向かう場所と相手にする人間は、徳次が昔よく知っていた場であり人である。
 徳次は、その力を発揮するに違いない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第310回2017/11/15

 喜久雄は実の父親だ。さらに、喜久雄と母、市駒が結婚をしていないことを知っている。父は、どん底の時には、母の所に来て、自分を可愛がった。マスコミが隠し子などと騒ぎ立てた時には、父は、母と自分を守ってはくれなかった。父は、新しい女を妻とし、新派のスターとして大人気を得ている。そんな今、父は、母と自分を見向きもしなくなっている。
 綾乃がこのように、喜久雄を見たとしても無理はない。
 徳次は、父の付き人で、母の古くからの知り合いだ。徳次は、喜久雄がどうであろうと、いつも自分のことを可愛がってくれてきた。
 綾乃は、徳次と喜久雄の違いを感じているだろう。

 いずれにしても、綾乃が荒んでいる原因は、父、喜久雄のことだけではないと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第308回2017/11/14

 徳次は、ある面では喜久雄よりも浮き沈みが激しい。浮浪児から、ヤクザの部屋住み、鑑別所入り、鑑別所脱走、歌舞伎役者の家の手代見習い、北海道行き、北海道のタコ部屋から脱走、ドキュメンタリー映画に出演、映画に主演、歌舞伎の大部屋役者、そして、喜久雄の付き人、ざっと振り返っても、こうなる。
 喜久雄の役者としての浮き沈みは、徳次自身の浮き沈みでもあった。喜久雄に人気があるうちは、徳次もいい思いをしている。だが、喜久雄に媚びてはいなかった。喜久雄がどん底だった時も、人気があった時と同じように、喜久雄から離れなかった。
 喜久雄と共にいることによって、春江、俊介、弁天、市駒、綾乃とつながりができた。視点を変えるならば、喜久雄は、徳次がいたから、それぞれの人との関係を続けられたとも言える。

 私は、人の縁ということを自分のこととして、改めて考えたことはなかった。でも、人と人との間には確かに縁というものがあると思わせられる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第308回2017/11/12

 喜久雄の実父を殺し、まんまと父の立花組を乗っ取ったのは辻村だ。喜久雄を長崎から追い出したのは辻村だ。
 喜久雄を預かってくれるように、二代目半二郎に頼んだのは辻村だ。喜久雄が三代目半二郎を襲名する時に世話をし、白虎亡き後の喜久雄に金の援助をしたのは辻村だ。特に、白虎亡き後、俊介はいないし、歌舞伎の世界では誰も喜久雄に救いの手を差し伸べてくれなかった。唯一、心配してくれた梅木社長のしてくれたことはかえって仇となった。

 その恩に報いようとするのは、いかにも喜久雄らしい。

 喜久雄は、騙されているといえば、騙されている。
 生きていく限り、騙されることはあると思う。相手が、騙そうと思っていなくても、こっちが勝手に自分に都合よく受け取ってしまうことも多い。
 逆に、相手の真心を誤解していることも多い。

 喜久雄は、新派で、絶大な人気を得ても、梅若や吾妻千五郎を見下すような気持ちを持たない。春江や徳次や弁天に、昔通りの接し方をしている。


 徳次もいいが、喜久雄もいいなあ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第307回2017/11/11

 広域暴力団のトップとつながりがあると、取り上げられれば、隠し子がいたなどというスキャンダルとは比べものにならない騒ぎになるだろう。
 徳次の言うことが正しい。

 徳次の日常はきっとだらしがないだろう。仕事より遊び優先だろうし、酒は飲むし、金があればあるだけ使うだろう。礼儀を知らないし、常識もない。
 その徳次が、彰子の件では喜久雄を殴った。今回も人気沸騰の喜久雄に正面から意見している。
 人としての性根が違う。エライ人をものともしない。その点では、弁天と同じだ。歌舞伎の芸の良し悪しが分かる。シャガールの天井画に心から酔いしれている。
 
 徳次、いいなあ。

 第十二章反魂香(第十二章あらすじ)を振り返ると、どうしても気になる。
 豊生を亡くした俊介は、それから間もなく喜久雄の襲名を聞いたであろう。
 我が子を失い、その上に実の父から、跡継ぎとしての力がないと見限られた。
 この絶望から、どうやって、俊介は這い上がったのか。そして、それはいつ物語られるのか。

 喜久雄のパリ公演は大成功で、帰国しても評判は高まるばかりだ。その一方で、俊介の舞台も通好みの芸として一目置かれるようになった。
 二人ともが役者として、成果をあげ、注目を浴びている。

 喜久雄が、このまま新派の役者として演じ続けるのか、疑問だ。
 喜久雄を娘の婿として、許していない吾妻千五郎に、跡継ぎがいないはずだ。いつかは、千五郎も喜久雄と彰子を許すだろうが、それは、喜久雄にどんな変化を与えるだろうか。
 また、万菊が予言した喜久雄の美貌が芸の邪魔をするという面が、これから表れると思う。
 さらに、辻村の名を聞くと、父、権五郎の死の真実について、どうなるかが物語の要として浮かび上がってくるように思う。

 俊介は、豊生を失ったあと数年におよぶ荒みきった生活を過ごしたとある。どんな風な生活で、どんな人と付き合ったのか。また、その後に旅役者となるが、そこにはどんなきっかけがあったのか。そのころに、松野なる老人が絡んできそうだ。

 春江は、今や丹波屋の女将として活躍しているが、大阪のオンボロアパートのころのことを懐かしく思っている。また、長崎で喜久雄と一緒に刺青を入れる痛みに耐えながら、この刺青を後ろ指さして笑う人たちに負けるものかと思っていた。(289回)
 これは、春江の過去とこれからに、どうつながっていくのか。

 連載小説『国宝』の山場は、まだまだたくさん残されている。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第306回2017/11/10

 辻村の声に威勢の良さがない、とはどういうことか、気になる。その一方で、パーティーで踊れとは、いかにも辻村らしい厚かましさだ。
 喜久雄は、白虎の借金を背負っていた頃に、辻村の世話になっている。世話になった恩と、自分の芸の価値をどう考えるのだろうか?

国宝 あらすじ 276~300回 第十二章 反魂香

 小学生の一豊は、父俊介と共に舞台に立つようになっている。
 松野は新生丹波屋に居ついてしまっている。

 喜久雄が彰子の愛情を利用して、吾妻千五郎に取り入ろうとして、千五郎の逆鱗に触れてから四年ほどが経っている。喜久雄は彰子を伴い、何度となく千五郎に詫びに赴くが、全く取り合ってもらえない。丹波屋に俊介が戻り、吾妻千五郎に見切られて、喜久雄は役者廃業かというところまで追いつめられる。
 だが、彰子の母の遠縁にあたる新派の大看板、曽根松子が喜久雄に救いの手を差し伸べる。
 気が進まぬまま新派の舞台『遊女夕霧』に立った喜久雄だが、長い年月の鬱憤を晴らすような舞台で、評判を呼ぶ。さらに、彰子は体裁も気にせず、喜久雄の世話をやり通す。
 そのころ、徳次は、喜久雄に彰子の愛情を利用しようとしたと打ち明けられる。それを聞いた徳次は、そんな気持ちなら役者なんかやめてしまえ、と喜久雄を殴りつける。徳次に殴られた喜久雄は、彰子に全てを打ち明ける。彰子は、「中途半端なことしないでよ!騙すんだったら、最後の最後まで騙してよ!」と叫ぶ。

 見事に歌舞伎の舞台に復帰した俊介と、新派で次々と主役をやる喜久雄の二人は、同時期にすぐ近くの劇場で、同じ役「鷺姫」を演じることになる。

 すっかり丹波屋の女将になっている春江は、久しぶりに弁天と会う。弁天は、今やテレビで人気の芸人となっている。春江は、自分が大阪のオンボロアパートにいた頃の若き喜久雄と俊介のことを懐かしく思い出す。

※弁天との会話から、俊介と春江が身を隠していた時期の回想の場面になる。

 大阪を逃げ出した俊介と春江が落ち着いたのは名古屋だった。名古屋で、俊介は日雇いの仕事をするが長続きせず、春江が働きに出ることになった。ぼんぼん育ちの俊介は、たちまち春江のヒモのような生活になる。
 そんな俊介に、借りていた安アパートの大家が声をかけ、俊介は古書店で働くことになる。その古書店は、歌舞伎、文楽などの芸能専門店だった。俊介は、この店にある本を読み漁る。
 大阪を離れて一年近くになるころに春江が身ごもり、男の子を生む。俊介は喜び、豊生と名付ける。 
 俊介は、生まれた子を連れて、大阪の実家に戻る決心をする。俊介は、家に戻る前に、まず父に許してもらおうと、父が出ている劇場を、春江と豊生と一緒に訪れる。
 父、二代目半二郎は、俊介と豊生を見て、「今になって、なんの用や?」と言う。そして、俊介だけを連れて、料亭に行く。その料亭で、父は、俊介に実家に戻れるかどうかの試験だと言い、『本朝廿四考』の八重垣姫を舞わせる。踊り終えた俊介に、父は、「もう一年だけ待ってやる。それでダメなら、半二郎の名を喜久雄に継がせる」と言う。
 父、二代目半二郎に丹波屋に戻ることを許されなかった俊介は、春江、豊生を連れて、いったん名古屋に戻る。名古屋では、俊介の歌舞伎研究はさらに熱を帯びる。
 春江が仕事に出ているある夜、俊介は豊生が高熱をだしているのに、気づく。慌てて、救急車を呼ぼうとするが、電話が故障している。豊生を抱いて、必死に診療所に行くが誰もいない。豊生を抱きしめたまま総合病院に駆け込んだ時には、すでに豊生の命はなかった。

※回想から、俊介と喜久雄が、同月に同役でそれぞれの舞台に立っている場面へと戻る。

 家に戻った俊介が、春江に、『本朝廿四考』の八重垣姫で芸術選奨を受賞したと告げる。その芸術選奨を、喜久雄も同時に受賞していた。
 俊介と喜久雄は、歌舞伎と新派で同じように評価された。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第305回2017/11/9

まさにパリの一夜が「三代目花井半二郎」一色に染まったのでございます。

 喜久雄の美貌、カリスマ、伝統にとらわれないアィデア、そして彰子のマネジメント、それが長い不遇の末に見事に花開いた。



 でも、‥‥ なぜ、東京でなくパリなのだろう。喜久雄が、新派が、ここから世界各国の舞台で喝采を浴びるとは思えないのだが。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第304回2017/11/8 

 子どものころは、学校へ行き、家に帰る。学校は休祭日があり、長期の休みもある。家以外の遊び場があり、遊び仲間もいる。
 大人になってからは、職場に行き、家に帰る。職場以外の活動場所と同僚以外の知り合いもいる。
 職場と家が同じ人や、農業のように一年中休みのない仕事をしている人を知っているが、数は少ない。
 
 役者の一日というのを、はじめて知らされた。
 「堅気とヤクザの違い」(290回)と語り手が説明していたが、今回で納得できた。私は、堅気だ(と思う)から、極めて「きちんと手を抜くことができる」。職場で嫌なことがあれば、家庭に逃げ込むし、家庭に飽きれば、職場に長くいる。仕事をしていても、家族といても、いちばん熱心なのは趣味でやっていることだったりする。

 喜久雄には、そんなところは全くない。楽屋が家族も含めた生活の場であり、楽屋に直結する舞台では役になりきるのだ。

(略)堅気とヤクザの違いと申しますのは、世間のイメージと少し違うところがございまして、真面目なイメージの堅気のほうが、実は要所要所できちんと手を抜くことができるのでございます。一方、堅気でない人間は、それができませんから、結果、何をやっても自滅するのでございます。(290回)

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第39回2017/10/17 第7話 権現様の弟、旅に出る⑧最終回

あらすじ
 試合の後半が始まる前、親子連れ(内藤さん)の娘さんの話を、壮介が聞いている。娘さんは、応援
している姫路FCの牧原選手を心配している。牧原は、試合中の怪我から復帰した選手だった。娘さんは、姫路に勝ってほしいが、それよりは牧原と選手みんなが無事でいてほしい、と言う。壮介もその娘さんの願いが叶うように願った。
 前半0-0で、遠野は後半に1点を先取するが、姫路に追いつかれる。だが、終了間際に得点し、2-1で遠野が勝つ。引き分けの多い遠野は、最終節で今シーズンの初勝利をあげた。
 スタジアムを後にする壮介は、柳本さんを見舞い、権現様の弟で柳本さんの頭を噛んであげようと思う。
 柳本さんは、権現様の弟のことはネットで見てよく知っているが、その中に壮介がいることを知らない。

感想 
 内藤さんの娘さんは、牧原選手が無事でありますようにと願った。壮介は、その娘さんの願いが叶うようにと願った。
 柳本さんは、怪我が早く治るようにと願っている。壮介は、その柳本さんの願いが叶うようにと自分が思っていることを柳本さんに伝えたいと思った。
 そこに、権現様の弟で、頭を噛んであげるということの意味がある。頭を噛んでほしいと思う人には、叶えたい願いがあり、それを応援するのが、壮介と権現様の弟がしていることなのだろう。
 郷土芸能の神楽を舞うことも、地元のチーム遠野FCの試合に通うことも、他の人々の願いに共感して、それを応援することが楽しみになったからだろう。

第七話の終末近くに次の文章がある。
 「(略)あらゆる僥倖の下には、誰かの見えない願いが降り積もって支えになっているのではないかと、壮介はこの九か月を過ごして考えるようになっていた。」
 こういう考えをもつなら、不運を嘆く暮らしから抜け出せると感じた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第303回2017/11/7 

 徳次とマツ。
 映画館で、殴られながら、喜久雄を捕まえようとする警官の足にしがみついた徳次。自分のものだった屋敷で女中をしながら喜久雄に仕送りをしたマツ。
 喜久雄は、二人に恩返しをしたいと思っていただろう。
 だが、パリの喜久雄が、マツと徳次のためを思って連れて来たのではないと思う。喜久雄は、徳次がいなくては困るし、マツには自分の舞台を見せたいだけだと感じる。
 恩を受けた、恩に報いる、などという言葉では表せない感情で、それぞれが結ばれている。

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