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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2017年12月

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第355回2017/12/31

 いきなり、一豊のバスケットボールの試合が出て来たので、その試合で、一豊が怪我をするなどの出来事が起こるかと思った。
 そんな予想とは違って、丹波屋の賑やかさと、春江と幸子の活躍ぶりが、より生き生きと描写された。しかし、一読者としては、その春江には、見世物小屋に出ていた頃の俊介との暮らしがあり、長男を失った母であることを知らされている。さらに、春江が、長崎時代に何をしていたかも、実の母がいることも忘れられないことである。
 喜久雄は、辻村逮捕の件で、過去が暴かれた。春江と幸子のことが、ドキュメント番組で世間の注目を集めることが、いいことばかりとは思えない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第353回2017/12/29

 「第十四章 泡の場」の後半と「第十五章 韃靼の夢」で、新しい人物が登場した。
西嶋  ・俊介の後援者 ・全国展開の居酒屋チェーンの社長 ・祇園でも遊び慣れている
伊藤京之介 ・人気二枚目の立役歌舞伎役者 ・喜久雄より七つ年長 ・吾妻千五郎と並んで江戸歌舞伎の双璧をなす伊藤京四郎の長男
矢口建設の若社長 ・五十半ば ・徹底的に帝王学を叩きこまれた粋な旦那衆の一人
矢口建設の若社長の妻 ・楚々として華やかな容姿 ・京之介贔屓
 それに、一瞬登場した、銀座のホステスで本職ピアノ教師の女(337回)というのも気になる。

 年季の入った歌舞伎の贔屓筋で、しかも大金持ちの人たちだ。喜久雄に無理を言ったような地方の名士や辻村とは全く違う種類の人たちだろう。でも、だからと言って、俊介や喜久雄に益をもたらすばかりではないと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/12/28 

 極道の親分の一人息子、人気歌舞伎役者の御曹司、親も身寄りもない浮浪児、世の中では圧倒的に珍しい存在だ。
 今回登場したのは、「粋な旦那衆の一人」と、その夫人、しかもその夫人は、「箱根の美術館をフランス大使館と共同でやって」いると言う。俊介のご贔屓の一人、西嶋さんは、初役のお祝いとして、百万円をポンと出したようだ。(346回)この西嶋さんといい、今回の矢口建設の若社長夫妻といい、昭和の人とは言いながら、私には想像すらできないような暮らしをしているようだ。
 歌舞伎は、こういう富裕層に支えられている一面があるのだろう。それと同時に、マツのような人を惹きつける面もあるのだから、幅の広い観客を持つ芸能と言える。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第351回2017/12/27

 決着のつかない筋書きを先送りするように、『国宝』が、新しい章「第十五章 韃靼の夢」に入った。
 多くの事を先送りして、連載小説としてどうなるのだろうか?決着がついていないと、思う事を挙げてみる。
①源吉は命に別状はないと言うが、舞台に戻れるのか?また、幹部役者昇進は実現するのか?
②俊介の体の異変、足先が冷えることは深刻な病気の前兆ではないのか?
③喜久雄の胡弓の腕は、師匠から舞台に立つことを許されるまでに上達したのか?
④鶴若がテレビのお笑い番組で受けていた仕打ちは、その後どうなったのか?
⑤綾乃は、その後も春江の所にいて元気にしているのか?
⑥徳次が指を詰めて、綾乃を救ったことを、綾乃本人と喜久雄は知っているのか?
⑦俊介と春江は、長男豊生を亡くしてから、何をしていたのか?また、松野なる老人は何者か?

 小説冒頭からの先送りもある。
 辻村が、喜久雄の父、権五郎を裏切ったのは、権五郎の過去の教えに従ったからなのか?そして、最大の疑問も残っている。喜久雄は、父の死の真相を知るのか?
 いくつかの疑問が、どこかで絡み合って、一挙に決着するのであろうか。それとも、疑問の答えはそれぞれに任されて、『国宝』は大団円を迎えるのであろうか。
 今までの流れから言うと、人生には原因もなければ、結果もないというように、余韻を残して幕が閉じられることもあるだろう。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第45回2017/12/1 第8話 また夜が明けるまで⑥

あらすじ
 文子は、不登校の生徒の家で、その生徒、棚野に、モルゲン土佐のクラブとしての停滞ぶりを一方的に話し続ける。そして、我に返り、棚野にそんなことを話したことを後悔し、自宅に戻って、さんざん呑んだ。
 また、自分がモルゲン土佐のことを考えたくないあまり、遠藤忍さんのことを利用したのだと思う。 
 しかし、その遠藤さんは、上機嫌で文子が案内したひろめ市場で鰹のたたきを食べてくれている。
 忍は、龍馬像も見たし、鰹も食べたので、もう試合は観ずに東京に帰ってもいいかという気分になる。広瀬先生も、忍自身も試合を観るのは、明らかに気が重い。だが、結局試合に行かなければならない。二人は、スタジアムに入る。
 試合が始まる。開始早々から、土佐が何度もシュートチャンスを作るが、得点には結びつかない。浜松がようやくフリーキックを獲得するが、それも点にはならない。前半は、0-0で終わる。
 前半が終わっても、忍は、席に縫い付けられたようになり、なかなか動けないでいた。

感想
 応援しているクラブの不振が、文子の教師としての仕事にまで、影響していた。しかし、その不登校生徒は、広瀬先生のその話を馬鹿な話と受け取っただろうか。案外、その話が、筋の通った説得よりも、棚野という生徒の気持ちに響いたのではないか、という気がする。
 忍は、自分が応援に行けば、浜松が負けるという感覚から抜け出せずにいる。もっと素直に、応援が応援する選手に届く、と考えた方がいいのにと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第350回2017/12/25

 花やかに見えるのは、日の当たる所だけと言うが、役者という仕事はその通りだと感じる。一人のスターの陰に、報われることの少ない多くの裏方がいる。また、そのスターも観客の前に立つ時が輝くのであって、そのためにどれだけ自分の時間や家族との時間を犠牲にしているかわかったものではない。

 源さんに対する俊介の気持ちは分かるが、無理をしていないか。襲名にとらわれて、源吉の立場や自分の体のことを後回しにすると、父、白虎と同じような道を辿るのではないか。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第44回2017/11/24第8話 また夜が明けるまで⑤

あらすじ
 観光の途中の会話で、広瀬先生が、「付き合っている人と一緒にモルゲン土佐を応援しているのだが、その彼が仕事で最終節を観に来れなくなった」と、忍に話す。
 広瀬文子は、遠藤忍さんをひろめ市場に案内する。ひろめ市場で、二人は立ち食いのテーブルでそれぞれ好きなものを買って来て食べる。文子と忍は、初対面ながらだんだんに気安く感じ合うようになって来る。
 おととい、文子は、受け持っている不登校の生徒の家に行って、説得をしようとするが、その生徒に反論された。文子は、不登校の生徒、棚野百合に、「自分を大事にしてほしい。それをおこがましく感じるなら、何か別のものを大事にしてほしい」と話した。棚野は、「先生やったら何?サッカー?」と冷たく言った。

感想
 広瀬文子先生は、不振のモルゲン土佐のことが心配なだけではなかった。受け持っている不登校の生徒に、不振の地元チームを応援していることを理解されなかったこともわだかまりになっているのであろう。
 応援する対象、大事に思う何かが存在するということは大切なことだ。だが、自分が応援する、大事に思う対象のことを、興味のない人に理解してもらうのは求める方が無理だという気もする。

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第43回2017/11/17第8話 また夜が明けるまで④

あらすじ
 広瀬先生は、忍に、「明日、高知を少し案内します」と言う。忍は、この言葉に甘えることにする。ホテルのそばで車から降りた忍は、カーサインから、広瀬先生がモルゲン土佐のサポーターであることを知り、それを広瀬先生に確かめる。忍と広瀬先生は、対戦するチームのサポーター同士だったことが分かる。
 次の日、広瀬先生は、約束通りに忍を迎えに来る。忍は、広瀬先生の話を聞きながら、ヴェーレ浜松が一部から二部に降格した試合をテレビで観た時のことを思い出す。そして、忍が広瀬先生の立場なら、対戦相手のサポーターを、親切に観光案内に誘う気にはなれないだろう、と思う。
 坂本龍馬像を見たりして、忍はすっかり観光気分を味わう。忍は、広瀬先生にいつからモルゲン土佐を応援しているか、尋ねる。広瀬先生は、「六年前からです」と答える。その頃は、モルゲン土佐は、運動量が多くて、攻撃的で、いいチームだったことを、忍もよく覚えていた。

感想
 応援するチームなのだが、そのチームが勝てる要素を見つけづらい。だが、勝ってほしい。試合が始まるまで、結果が出るまで、悪いことばかりが頭に浮かぶ。広瀬先生は、そういう気分を紛らわすためにも忍に、観光案内を申し出たのだろう。
 そして、それはヴェーレ浜松を応援する忍の気持ちとも重なると思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第349回2017/12/25

 歌舞伎役者として、舞台で活躍することを夢見て、丹波屋に弟子入りした。役者としては、大部屋を抜け出すことはできなかったが、その性格の陽気さと気働きが利くことを買われて、付き人兼番頭として二代目半二郎に可愛がられた。俊介が生まれてからは、まるで乳母のように俊介の面倒を見た。
 その俊介が出奔し、さらに、二代目半二郎、白虎が亡くなり、丹波屋は落ち目になるが、丹波屋に残り続けて幸子に仕えた。長く苦しい時を過ごしたが、俊介が戻り、歌舞伎の舞台に見事に復活し、それがなによりもうれしかった。その上、俊介の子、一豊も初舞台を踏むようになり、俊介の幼い頃と同じように、一豊の面倒を見るのが生きがいとなった。
 七十を越え、体力はなくなったが、俊介の工夫を凝らした舞台の後見を勤められるのが心底うれしい。

 源吉の今までと、今の気持ちをこのように感じる。
 彼の性格から出た行動であろうが、大阪に着いたばかりの喜久雄と徳次に、源吉は、中華そばをごちそうした。喜久雄と徳次は、一生涯、あの時の味を忘れないと思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第348回2017/12/24

 CGや特殊メイクを駆使した映画でも、あるいは、制作に時間をたっぷりとかけたアニメーションでも、こういうストーリーを迫力あるものにするのは至難の技だと思う。
 それを、生の舞台で表現しようというのだから、歌舞伎というのは特別なものだと思う。

 舞台上の俊介を支えているのが、春江であり、幸子であり、源吉だ。支えていると言うが、支えがなければどんな立派な看板も倒れるしかない。しかも、その支える側が、命がけであることが伝わって来る。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第347回2017/12/24

 いよいよ『土蜘』の幕が上がる。竹野の策略の力も借りて、劇的に歌舞伎の舞台に復活した俊介、花井半弥は、『源氏物語』を、喜久雄、三代目花井半二郎との共演で成功させた。その俊介が、万菊や喜久雄の力を借りずに、役者としての真価を、この『女蜘』の役で問われる。
 この『女蜘』は、出奔中の俊介が、見世物小屋で鬼気迫る演技を見せていた『化け猫』の役に共通するものがあるように感じる。

 二代同時襲名についての幸子の気持ちは十分に分かる。こういう時に、できることと言えば、現代と言えども限られている。幸子と春江、この二人も俊介の出奔という出来事がなければ、ただ顔見知り程度の関係であったろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第346回2017/12/22

 重要な働きをし、人物についても詳しく語られたのに、ある場面を過ぎると一切登場しなくなる人物が何人かいた。343回感想
 逆に、一度登場して何十回分も姿を見せないが、再登場した時には重要な役割を担っている脇役もいた。その典型が、竹野だ。
 理由はないのだが、ここに来て松野なる老人277回感想のことが気になる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第345回2017/12/21

 『阿古屋』の幕を上げるには、共演者の手配から、会場の確保まで、さまざまな制約があるに違いない。それなのに、胡弓の師匠の許しがなければ、舞台に立てないなんて普通なら考えられない。しかし、「命かけてお教えしましょう」と言われたからには、従わざるを得ないか。

 同時襲名と聞くと、周囲の人たちも俊介自身も、父と喜久雄の同時襲名を思い出さざるを得ないだろう。しかも、父が襲名披露の舞台で倒れたのを、俊介が自身のせいと考えてもおかしくない。さらに、一豊の襲名の折りには、死なせてしまった長男、豊生を思い起こすであろう。

 喜久雄も俊介も、次の高みに至るには、大きな痛みに堪えなければならないと感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第344回2017/12/20

 喜久雄と俊介は、役者としてどんな高みにたどり着き、どんな舞台を見せてくれるのであろうか、楽しみだ。
 次の役に取り組む俊介の動きをみると、歌舞伎役者が役者だけでないことがよく分かる。監督、演出を兼ねる。さらに、原作、旧作を大幅に変えるので、脚本も俊介が創っているに等しい。これは、喜久雄も同じである。それだけに、歌舞伎のある演目の良し悪しは全て、主役の力量にかかっていると言えよう。

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