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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2018年01月

朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第46回 第8話 また夜が明けるまで⑦最終話 2017/12/8

あらすじ
 試合は後半に入り、浜松がフリーキックを得て、一点入る。試合終了直前、土佐が得点し、同点となる。この時は、スタジアム全体が揺れるような大歓声が上がる。その数十秒後、浜松がさらに得点し、浜松の勝利で試合が終わる。
 他会場の結果から、ヴェーレ浜松の一部への自動昇格が決まり、逆にモルゲン土佐は、三部降格が決まる。
 土佐が負けたのに、文子は、周りのサポーターに比べ、自分が意外にも平気であることに驚く。文子は、忍に「昇格おめでとう」と言う。さらに、忍を空港に送ると言う。その時になって、自分が泣いていることに気づく。
 忍は、泣いている文子の肩をつかみ、また一緒にサッカーを観ましょう、と言う。
 駐車場で、文子に電話が入る。電話は、文子が受け持っている不登校の生徒、棚野からだった。棚野は、文子に、残念だったね、でもいい試合だった、と言う。そして、親に思い知らせるためにおもしろいことは何もないという態度をとるのはもう疲れた、と言う。
 文子は後悔していたが、家庭訪問で、モルゲン土佐のことを話した気持ちは棚野にちゃんと伝わっていた。

感想
 応援の効果を信じられなかった忍は、考えを変えるだろう。応援しても、結果が出なければ何にもならないと思っていた文子も変わると思う。
 応援しても、結果が出なければ、応援したこと自体を否定することは往々にしてある。応援したチームが負けると暴れるようなサポーターはそういう考え方なのだろう。
 応援する心は、たとえ、それが実らなくても自分と周りを明るくすると感じた。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第372回2018/1/18

 前回の同時襲名(俊介の父と喜久雄)も、世間の話題をさらい、大阪歌舞伎界挙げての襲名披露公演になるはずだった。
 今回の俊介、一豊の同時襲名は、あの時を上回る盛り上がりぶりだ。前回との何よりの違いは、今の丹波屋に欠けるものがない所だ。
 だが、今回が華やかになればなるほど、幸子が心配したように、前回の襲名披露の舞台上の悲劇とそれに続く悲惨な運命を思い出してしまう。 
 襲名の口上に連なる喜久雄の口から、俊介の父のことが語られるのではないか。


 俊介が白虎を継いだので、喜久雄と俊介は、二代目半二郎の名跡を二人ともが襲名したことになる。しかも、一人の女、春江で二人は結ばれている。綾乃のことがあるので、喜久雄にとって、春江が過去の女と言うことにもなるまい。
 この幾重もの縁で結ばれた歌舞伎役者二人は、これから新たにどんな縁で結ばれていくのか。驚くような展開が準備されていそうだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第371回2018/1/17

 俊介の父と喜久雄の同時襲名の時と、似通っている所がある。俊介の体の異変、チケットのために舞台以外の仕事が増える、テレビのインタビュー番組への出演、これがどう発展するか、分からない。
 読者としては、父の場合と同じように、襲名披露の舞台と前後して、俊介の病が見つかると思わせられる。しかし、そういう筋立ては、覆されることが多い。覆されるならよいが、そのまま棚上げされると、私はどうも落ち着かない。
 前回で、この作品を読んでいて不満に思う事を挙げたが、松野のことや荒風の息子のことや徳次の中国行きが、断片の描写で終わってしまうなら、不満は増しそうだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第370回2018/1/16

①「語り手」を登場させる効果が感じられない。
②普通の小説というよりは、語り物、あるいは脚本の要素を持ち込もうとしているかと思わせたが、それが徹底していない。
③『太陽のカラヴァジョ』撮影の最終場面が書かれないが、喜久雄の心理的なダメージだけでは描写が足りないと感じる。
④辻村のことは、今後また語られると思うが、棚上げが長すぎる。
⑤俊介と春江の出奔中の暮らし、徳次の指、鶴若出演のテレビ番組、春江のバスケットボールの応援、綾乃と荒風の息子との酒席、ストーリーが広がるばかりで、読んでいて落ち着かない。
⑥昭和という時代背景がテーマの一つと思わせたし、昭和についての概念を覆す要素はあったが、バブル以後に時代が感じられない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第368回2018/1/14

 俊介と喜久雄の周囲で、良いことばかりが続いている。
 
俊介の親子二代の同時襲名の準備は着々と進んでいる。しかも、一豊の学校の方も希望が叶った。 
 喜久雄は、歌舞伎映像大全集のための大舞台を勤めている。喜久雄にとって、心配の種だった綾乃が希望通りの就職をした。喜久雄と昔なじみだった荒風と、うれしい電話でのやり取りもあった。

 このままめでたしめでたしが続くわけがない。

 松野という男、おとなしくしているだろうか?俊介の体の変調、足の冷えは深刻なことにつながらないのか?
 伊藤京之助、矢口建設の若社長の夫人、銀座のホステスで本職はピアノ教師の女、新しい登場人物は、喜久雄にどう関わるのか?
 竹野が相変わらず、顔を出すのも気になる。また、彰子は、喜久雄が彰子の父、吾妻千五郎のおかげで舞台に立てるようになったのだから、存在感をますます増すはずなのに、さっぱり登場しない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第367回2018/1/13

 仲が良く皆が互いのことを思い合っている家族だ。俊介の一家がそうなっている。
 面白みがない。
 春江が、息子の進学や旦那のチケットを売る事ばかり心配しているのは春江の本当の姿ではない。
 俊介が、息子の祇園での遊びを見て、自分の若い頃の回想に耽るのも、良き父親過ぎる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第366回2018/1/12

 いろいろなことが一気に示された。
①綾乃は、俊介の家にいて、すっかり立ち直っている。
②徳次が読者家ということが初めて知らされた。
③俊介の襲名の準備が着々と進んでいる。

 一方で、疑問も出て来る。
①徳次の中国行きを、俊介、春江、綾乃は知っているのか?
②源吉の幹部昇進は実現するのか?
③大学進学を言い出した一豊は、父と同時襲名するのか?また、一豊は役者としての素質があるのか?
④喜久雄は、俊介が『曽根崎心中』を演じることをどう思うか?
 喜久雄の周辺では、徳次の今後が気になる。俊介の周囲では、父である松崎のことと絡んで春江の動きが気がかりだ。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第356回2018/1/11

 ごく普通の母親が現れた。今の春江は、我が子に期待する昭和時代の普通の母親になっている。なんだか、がっかりしてしまう。

 俊介と春江が、常識的で物分かりのよい人になればなるほど、不安が増す。喜久雄は、極道の息子だったことも、隠し子がいることも暴露され、そういうスキャンダルを乗り越えている。
 しかし、春江は、自分の親の事も、長崎時代の事も隠したままだ。俊介は、出奔中の薬に溺れていた事を誰にも話そうとしない。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第364回2018/1/10

 「約束」と徳次が言ったので、例えば次のようなことかと思った。
 綾乃に決して寂しい思いをさせるな。
 中国で消息を絶っても、自分の方から連絡を取るまでは決して捜さないでくれ。

 徳次には、裏方として付き人として喜久雄を支え続ける道があったはずなのに、その道を選ばなかった。
 自分のことよりも、大切な人であっても、いつもその人の傍にいるばかりが、よいわけではないということだ。

 「舞台裏を走り回って履き潰した雪駄」を残したのは、徳次が歌舞伎とは別の世界に生きようとする覚悟だと感じる。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第363回2018/1/9

 喜久雄と徳次の言葉の交わし合いが心に沁みる。
 
 この二人、似通ったところがある。生みの母が被爆者だ。また、それぞれの実母は、辛い状況の中で死んでいる。
 喜久雄には、妻と認知した子もいるが、役者が優先で家庭があるとは言えない。徳次は、たくさんの女から慕われているが、未だに妻と呼べる人がいない。喜久雄も徳次も突き詰めれば独りなのだと思う。
 それだけに、離れがたいはずだ。離れたくないのに、別れなければならない時期が来ているのだろう。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第362回2018/1/8

ぜんぶ坊ちゃんのお陰や。

これまでの俺の人生はな、ほんまに坊ちゃんのお陰で最高やってん。

 他人(ひと)に感謝している。
 自分の人生に満足している。
 徳次のこの心根が、人生の裏側を毎日見せられている女たちの心を掴んで離さないのだ。徳次の母についても思い出しておこう。

 本妻のほうは、その子供たちがすでに独立していたこともありまして、なんとか暮らしを立てたのですが、徳次の母のほうは、背に腹は代えられぬと芸者に戻ったまではよかったのですが、不幸にも原爆症がでてしまい、徳次が五つを迎えるまえになくなったのであります。(17回)

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第361回2018/1/7

 大阪に来た喜久雄が役者への稽古に慣れてきた頃、徳次は、源さんのような番頭になるのだろうと思わせられた。そうはならなかった。北海道から戻った徳次は、歌舞伎の大部屋役者兼、喜久雄の付き人のようなことをしていた。徳次が一貫してやっていた事は、喜久雄の付き人だが、職業としての付き人ではない。まさに、喜久雄の面倒をみてきたと言える。
 ところが、今は、付き人なら、喜久雄の若い弟子がいる。マネージャーなら、女将というよりもマネージャーと言うにふさわしい彰子がいる。さらに、面倒をみるべき喜久雄は、既に一流の役者で四十代に差しかかっている。今の徳次は、源さんのように一途に丹波屋に仕えるという位置にはいない。
 喜久雄本人はもちろんだが、市駒や綾乃は徳次を今でも必要としているが、徳次は自分の役目が終わろうとしていることを悟っているのであろう。そしてまた、徳次自身も今の自分に飽き足りなくなったのであろう。
 日本で、バブルがはじけた頃は、中国では経済発展の始まりの頃と言えよう。日本の企業はまだそれほど中国進出に本格的に動き出してはいない頃だ。そこでは、徳次ような男の活躍の場があるかもしれない。それに、徳次の実父は、中国にいるかもしれない。

 この徳次、元は長崎で貿易業を営んでいた華僑が芸者に生ませた子で、生後しばらくは、焼け残っていた東山手の洋館を借りてもらい、母子二人で不自由ない生活をしていたのですが、この華僑の父親というのが,山っ気の強い男でして、終戦の混乱も落ち着いてきますと、一つ大勝負に出たいと、本妻とその子供たちはもとより、徳次やその母も捨て置きまして、生まれ故郷の中国福建省へ向かったのでございます。(17回)

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第360回2018/1/6

 仕事に打ち込めている人が今の世にどれほどいるだろうか。今やっていることに打ち込むどころか、何をすべきかわからない、職業には就いているが自分に向いている仕事をさせてもらえない、そういう人が圧倒的に多いと思う。
 喜久雄は、常人にはその断片も経験できないような運命に生きている。そして、常人には想像すらできないほどに自分の仕事に打ち込んでいる。これは、幸福なことだ。平穏な人間関係、円満な家庭、安定した収入がもたらす感覚とは違う幸福だと思う。
 歌舞伎役者という特殊性、そして、元来がフィクションだが、好きなことに全身全霊をささげることの価値を改めて思う。

朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第359回2018/1/5

 死んだ春江の母は、松野から離れられなかった。春江は喜久雄を好きだったのに、俊介に引きつけられた。春江が一緒に身を隠した俊介は、春江のヒモ同然の男だった。春江が、母に助けを求めた時の俊介は廃人同様だった。
 薬に溺れていた俊介を抱えた春江が最後の最後に頼ったのは、母だった。そして、あの憎んでも憎み足りなかった松野が、誰よりも頼りになった。
 春江と死んだ母は、間違いなく似たものを持っている。松野と俊介に、わずかながら同じ匂いを感じる。


 なあ、お母ちゃん、うちら真冬に放り込まれたドブ川から、もう出られたんやろか? あのドブ川、ほんまに冷たかったもんな?

 人気役者の妻として、母として、梨園の女将として、輝いている春江だが、まだ「ドブ川」から出られていないと感じる。

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