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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2018年06月

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第28・29回2018/6/29・30 朝日新聞

 洋一郎の父親としての気持ちがうまく描かれている。
 私も、妻と子どもが楽し気に話している中にはなんとも入りづらい。私の周囲の父親たちも似たような感情をもっていると話す。退職後は、この傾向がますます強まる。なぜだろう?
 主人公が早くに自分の父と離別していることがその要因かとも思ったが、そうとばかりも言えない。
 子育てには、父親と母親の役割分担が大切だとよく言われていた。昨今は、役割分担などではなく、子育てにかかわるすべてのことを、母親と父親のどちらもできることが求められている。
 でも、洋一郎や私の場合は、子育てを妻に任せていた。その結果が、一家団欒からの疎外感につながるのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第27回2018/6/27 朝日新聞

 私の場合も、おおむね同じような悩みを抱えている。都市部に住むサラリーマン共通の悩みだ。住居のこと、つまりは年代に応じた住む場所探しが難しいのは、今の日本の大きな特徴だろう。
 これは、今の社会のどこかがうまく機能していない証拠だと思う。
 だが、庶民が年代に応じて住居を変化させられるとすれば、それは過去の社会では実現しなかったことといえる。子どもを育てる空間のある住まい、夫婦二人が生活するコンパクトな住まい、高齢になっても安全に生活できる住まい、を次々に手に入れることができるとすれば理想的だ。
 しかし、私が見聞きする現実は、次のようなものだ。
 子どもを育てる余裕のある家に住むには長距離通勤などの不便を代償にしなければならない。共働きの夫婦が退職する年齢になっても、その夫婦の子供は未婚であったり、住居の費用を親に援助してもらわねばならない。有料の介護施設、介護サービス付き高齢者住居などに入るには、年金と貯金では不足する。

 私の持ち家は築二十年になった。外壁と屋根は一度直したが、冷暖房機、温水器、サッシ窓、カーテン、塀と次々に修理が必要になっている。また、庭作りを退職後の趣味として楽しんでいるのだが、体力が落ちて来ると、その手入れが追い付かなくなりそうだ。庭を、高齢になっても楽しめるようにするには、とても払いきれないほど金がかかる。

 連載小説を読みながら、頭を抱えることになるとは!

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第26回2018/6/27 朝日新聞

 同じ年齢で、学生時代から付き合いが続いていて、現在住んでいる所も共通の三人だが、それぞれの境遇が違う。佐山は一人息子を亡くし、紺野は未婚で子供がいない。洋一郎は結婚して子供が二人いてもうすぐ孫ができる。
 こういう家庭環境の違いがあっても、友達付き合いが続くだろうか。紺野は、洋一郎の孫のことに話題を合わせようとしているが、どこかに無理がある。今までは、ともかくとして、これからは三人がこの関係を維持するのは難しいと思う。

 成人した子供をもつ現代の父親の気持ちがよく伝わって来る。親子の関係もスマホ次第ということだ。 
 SNS抜きでは親子関係も成り立たないという風潮に馴染めない気もするが、手紙や電話での親子のやり取りと、SNSでのやり取りは本質的には変わらないと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第24 25回2018/6/25 26 朝日新聞

 悲しいことがあっても、一日経てば、たいていは悲しさは弱まる。めったにない悲しいことがあっても、一年が経てば、そのことを忘れている時間が長くなる。一生に一度と思える悲しみに圧し潰されそうになっても、十年が経てば、その悲しみは薄れる。時間の力には勝てない。悲しさだけでなく、喜びにもこれが当てはまる。

 もし、私が佐山の立場だったら、次のように考えると思う。
 「よしお基金」に賛同してくれた人たち、その中でも芳雄の友人たちに、いつまでも「よしお基金」の活動に、時間や資金を割いてもらうことが正しいことなのか。どこかの時点で、亡き我が子の思い出と「よしお基金」の活動から離れてくれる方が、若い友人たちには必要なのではないか。芳雄もそれを望むのではないか。

 紺野には話さない佐山からの相談とは、なにか?もし、「よしお基金」の活動を終了、あるいは縮小することであれば、紺野に言わない理由を思いつかない。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第23回2018/6/24 朝日新聞

 私の近所で目立つことの推移。
①老夫婦二人だけの家。
②老夫婦の夫が死に、高齢女性だけの家。
③一人暮らしの高齢女性が死ぬか、一人住まいができなくなって空家となった家。
④夫婦(六十歳以上)と、未婚の子(四十歳以上)が暮らす家。
 この小説の背景と設定はドキュメンタリーだ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第22回2018/6/23 朝日新聞

 佐山夫妻の活動は、いつまでも発展し続けるものではないだろう。「よしお基金」を起ち上げた動機とその意義については誰にも不服はない。そうであっても、賛同する人々は、佐山夫妻となんらかの個人的なつながりのある人々らしいし、基金の原資は夫妻が出資したものであろう。その状態が六年も続いたことが稀なことだと思う。
 この活動は、ほどなく終えるか、或いは今とは形を変えて継続するか、のいずれかであろう。その時には、佐山夫妻はまた一人息子の死と向き合うことになると感じる。

 独身の紺野の選択、一人息子を亡くした佐山夫妻の今後、そして、もう一つ興味深いテーマが示されている。
 洋一郎は、五十五歳になって離別していた父と再会した。当然、父は高齢になっている。この高齢の父は、なんらかの介護を必要としているのではないか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第21回2018/6/22 朝日新聞

 両親の介護は、いずれは終わる。紺野の場合は、彼が一人になったときには、恐らくは七十歳を超えているだろう。

 紺野と話している洋一郎は、すでに父と再会していたのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第20回2018/6/21 朝日新聞

 美菜のときも、二つ下の息子の航太のときも、仕事の忙しさにかまけて、子どものことは夏子に任せきりだった。

 このことは、私も全く同じだ。幼稚園の送り迎えや、休日に遊ぶことはしたが、それを育児を分担したなどとはとても言えない。だから、孫育てと言われても、どうしてよいか分からないのだ。それは、育児書を読んだり、専門家から教えてもらうことでは到底追いつかない。本物の育児は、経験でしか身に付かないと考える。
 退職した男が、料理教室に通ったくらいでは、家族の毎日の食事の準備ができないのと同様だ。要するに、日本の昭和生まれの男は、育児と家事についてまるでだめなのだと、私は思う。「私(洋一郎)」と私だけかもしれないが‥‥

 19回の挿絵を見ると、この佐山夫妻を応援したい気持ちになる。
 一人息子を亡くした両親の心情はもって行き場がない。少し、前であれば、大切な人の死に向き合う方法として、慣習としてある葬儀や法事を執り行うことに忙殺されたであろう。また、葬儀に要する時間や場所は、いろいろな人と悲しみを分かち合う空間でもあった。それは、多分に表面的ではあったが、亡くなった人を惜しむ空気は確かに存在した。
 現在は、死者を弔う時間や場はどんどん簡略になっていく。また、具体的には、すっかり商業ベースにのっている。だから、たとえ葬儀に多くの人々が集まっても、それが終われば、たちまち人々はいなくなってしまう。
 佐山夫妻も、ある日数が過ぎれば三人いた家族が、両親二人だけで暮らすことを突き付けられたと思う。そういう、空虚感をなんとかするために、夫妻は考えに考えて『よしお基金』を起ち上げたと思う。
 この活動は、意義あることだ。しかし、死者を悼む多くの人がこういう活動ができるか、といえばそうもいくまいと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第19回2018/6/20 朝日新聞

 佐山夫妻を心配していた「私」の気持ちが伝わる。しかも、子ども喪った悲しみだけでなく、奥さんのことを心配していた佐山の心中を察していることも伝わってくる。
 また、紺野とのいかにも学生時代から続いているようなとぼけた会話に、「私」と佐山と紺野のつながりが表れている。

 我が子の突然の死という悲しみを友人がどう受け止め、その友人にどんなことができたかがもっと詳しく描かれるのであろう。
 それはまた、孫の誕生ということを友人間でどう受け止めるか、にもつながるのであろうか。

 読者としての私は、子どもの頃に三世代同居の家庭生活を経験している。現在と比べて、近隣の人々とのつながりが濃く、家族の人数が多く、一家族の子供の数も多かった。そうすると、人の生死を経験する機会も少なくなかった。しかし、それはもう過去のことだ。
 一夫婦の子どもの数が、四人以上の場合と、二人以下の場合では、あらゆる面で違いが出ると思う。
 「私(長谷川洋一郎)」と友人の場合は、近隣とのつながりは薄く、家族の構成は親子だけであり、兄弟の数は少ないという経験のみだと思う。
 そういう場合には、佐山夫妻が陥ったような状況が生じやすいと感じる。
 むろん、明治時代や大正時代や昭和の戦前であっても、我が子に先立たれた親は悲しみにくれた。悲しみに圧し潰されそうになるのは同じだが、その悲しみをどう乗り越えるかでは、昔と今では違いがあると思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第18回2018/6/19 朝日新聞

 この小説の第一章が、いよいよはじまった。
 第一章冒頭から、「私」の性格がわかる。
 この主人公は、平凡な勤め人で、社会に順応していて、目立つような個性の持ち主などではないと思う。だが、若いころの気持ちを持ち続け、学生時代と変わらぬ友達付き合いができる精神の持ち主と思う。
 子どもを亡くした佐山の気持ちに共感し、その佐山の活動に六年間協力している。静かに、振り返っているが、それだけの年月協力し続けるということは、金銭的にも相当の額を負担しているであろう。
 小説上の時間は、現実と一致しているので、「私」の年齢は五十五歳だ。
 読者である私よりも十五歳若い。現在を生きる五十代の「私」の感覚や考えを、これから知ることができると思うと、楽しみだ。こういう酒の飲み方、こういう語り口だけに、ますます親しみを覚える。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 序章 こいのぼりと太陽の塔 あらすじ 

 洋一郎にとって、父の思い出はベランダにこいのぼりを飾ってくれる父であった。
 洋一郎が小学二年のとき、父と母は離婚して、父が家を出て行ってしまった。離婚の原因は、父が金にだらしがないことにあった。
 洋一郎の姉は、そんな父をひどく嫌っていた。
 まだ幼かった洋一郎に、父を嫌う気持ちはなかった。母と姉と洋一郎の三人で行った万博会場の人ごみの中で、洋一郎は、父を見たと思い、その人を追いかけているうちに迷子になるという出来事もあった。

 そんな父と、「私」(洋一郎)は五十五歳になって再会した。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第17回2018/6/18 朝日新聞

 次回あたりからこの小説が本格的にはじまると感じさせる。

 洋一郎が、小学校二年生のときに父と別れて、今五十五歳になっているのだから、四十七、八年ぶりの再会なのだろう。
 姉が父と再会したというのなら、そのときの雰囲気は予想しやすい。姉の場合なら、だいたい再会を拒否しそうだ。
 洋一郎の場合は、どうなるか、予想が難しい。
 どんな経緯であれ、この父が残された家族三人を気遣っていた様子はない。そうではあるが、洋一郎がもつ父についての思い出は、父を慕うものだ。
 では、洋一郎は父との再会を喜ぶか。そうはならないと考える方が順当だ。再会した父がどんな意図をもっていようと、父の年齢と離婚の原因と、父がいなくなった後の家族の生活を思うと、再会は、相当に厄介なものになると感じる。

 
 ここまで、連載を読んで疑問に思うことがある。
①「一章」でなく、「序章」なのはなぜか?
②姉も母も名前が出て来ないのは、なぜか?※父は信也という名だった。
 疑問と同時に、連載にしてはずいぶんとゆっくりとした感じの展開だと感じる。そして、小説の現在が、現実とぴったりと一致しているのが不思議な気がする。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第15・16回2018/6/16・17 朝日新聞

 両親の離婚、父がいなくなることの影響を、幼い子がどう受け止めるかが、列車の座席のことに表れている。
 幼い子だけでなく、大人になっていても、家族の変化を実際はどのように感じるかは、こういうところに出るものだ。

 母が子どものことを思って、無理をして行った万博は、よい思い出とは逆の結果になった。
 万博での洋一郎の思い出は、自分にとってはよい父であった父の記憶を強めているようだ。迷子になった洋一郎に残された思いは、父の姿を見つけてその後を追ったのに父の背中は遠ざかる一方だった、ということに帰結すると思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第14回2018/6/15 朝日新聞

 幼い洋一郎が、両親の離婚があっても日常が坦々と続いたと思っていたのは、わかる気がする。そして、それは幼い頃の思い出だけでなく、五十代のいまもあまり変わっていないようだ。父の側に離婚の責任の大半があると理解している現在も、出て行った父に対する非難の気持ちはまだ表現されていない。
 また、母への同情も表現されていない。姉の感覚とこんなにずれているのは、何か、理由があったのだろうか?
 
 母が生まれ故郷へ戻っても、この三人家族の境遇が好転するとは思えない。

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