2018年07月

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第47回2018/7/19 朝日新聞

 佐山夫妻が一人息子を亡くした心情については、無神経にはなれない。しかし、友人である洋一郎が子どものことを話題にすることに、いちいち気を遣うのは無理からぬことではあるが、共感はできない。気にされる佐山本人の方もかえって辛いのではないか。

 洋一郎が、ふたつのこいのぼりの思い出を振り払ったのはなぜか?出て行った父が飾ってくれたこいのぼりの思い出は、洋一郎にとって大切なものだったような気がするのだが‥‥

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第46回2018/7/18 朝日新聞

 洋一郎がやっているいろいろな工夫は、入居者の気持ちに響くものだと思う。
 建物本体と施設設備が完備していることが、老人ホームの価値を決定するものではないだろう。老人ホームにしても、介護施設にしても、最終的にはそこのサービスの質が重要だと思う。そして、そのサービスの質を決定づけるのは、職員、スタッフの意欲次第だ。
 洋一郎のような意欲を持った施設長のいる所は、入居者にとって、よい終の棲家となると感じる。
 だが、老人ホーム、介護施設も企業が経営している組織だ。企業の経営者は、洋一郎の入居者の日常に配慮した運営よりも、コストのかからない運営を求めるのではないか。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第45回2018/7/17 朝日新聞

 人は、いつか人生のゴールを自分なりに考えようとすると思う。佐山もその時期を迎えているのであろう。しかし、一人息子に先立たれた境遇にあるとはいいながら、年齢としてはまだ早い。
 やはり、息子のことだけではない何かがありそうだ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第44回2018/7/17 朝日新聞

 私は、幼稚園に行かなかった。私が住んでいた地方では、保育園や幼稚園がまだ一般的でなかった。現代は、幼児が保育園や幼稚園に入るのは当たり前だ。むしろ、入れないことが社会問題となっている。そして、昨今は、老人が専用の制度と施設を何らかの形で利用するのは当たり前になりつつある。
 幼稚園の施設設備が進歩し、個性化もしていると聞く。通園バスのデコレーションを見ても驚かなくなった。裸足で外遊びができることを売りにする園もあると聞く。
 同様に、老人ホームなどには、老人施設なりの特殊性があることがわかる。
 通勤、通学客で満員のバスと同じような路線を、介護施設の送迎車も頻繁に行き来しているのがこの頃の町の風景だ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第43回2018/7/15 朝日新聞

 「サ高住」のことが、はじめて明確にわかった。言葉は知っているし、興味はあるが、具体的にそこに住んでいる人を知らないと、理解はおおざっぱなものになる。同様に、有料老人ホーム、グループホーム、特養、老健などの違いについても、自分のこととして考えなければならない年齢なのに、まだまだ理解は浅い。
 ネットで検索すると、さまざまなサイトで丁寧に解説されている。しかし、ネットや、書籍や、見学説明会で実態をつかめるかというと、はなはだ疑問だ。
 私の場合は、親が施設に入所してみてはじめて実態の一部を知ることができたと思う。
 その結果として、老健もグループホームもその施設の目的や運用の指針と実態とは別物だと感じた。
 最近は、ひとつの企業が、いくつかの高齢者施設を経営していることが多い。そうすると、老健とグループホームと高齢者の入院の多い病院が隣接して同一企業の経営になっていたりする。そうなると、入所者は条件が変わると、隣接の施設に移る場合が多いようだ。また、それぞれの施設には、オプションのように訪問医療が有料で行われることがある。
 そうなると、それぞれの施設の境目が重なり合ってくる。
 実態は、説明通りにはいかないと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第42回2018/7/14 朝日新聞
 
 佐山の理由について考えてみたが、わからない。先に予想してみた40回感想が、どれも当てはまらない気がする。
 佐山夫婦がもし五十代で有料老人ホームに入るとなると、夫婦の自宅や事務所だけでなく、夫婦の両親に関わる物と事のすべてを清算、処分するということになるだろう。佐山の両親と奥さんの仁美さんの両親の事情はどうなっているのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第41回2018/7/13 朝日新聞

 老人になると、子どもに戻る面があるという。子どもの頃の成長と、老齢期の加齢による老化とは、逆の作用ながら、長生きした人間はその両方を体験する。
 子どもの六歳と十六歳のギャップは大きい。それと同じように七十五歳と六十五歳はまったく違うということに気づいた。
 老化が進む前に、早手回しに有料老人ホームを利用するのが賢いなどとは、安易にいえないのだと感じた。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第一章 臨月 あらすじ 

 「私」(長谷川 洋一郎)と紺野と佐山は、大学時代からの友人だった。この三人が、顔を合わせたのは『よしお基金』の年次報告会だった。
 『よしお基金』とは、一人息子を亡くした佐山夫妻が起ち上げた基金で、AEDとAEDのトレーニングユニットを中学校や高校に寄付する活動を行っている。一人息子の芳雄くんは、中学校三年のときに、心室細動を起こして学校で突然倒れ、そのまま息を引き取った。学校にはAEDが設置されていたが、級友たちは誰も救命措置を取れなかった。佐山夫妻は、芳雄くんのような悲劇を繰り返してほしくないとこの活動を続けている。

 佐山は最初は公務員だったが、三十歳で税理士の資格を取り、四十歳のときに自分の事務所を起ち上げた。
 紺野は、広告代理店に就職し、その後にいくつかの会社を転職して今に至っている。彼は結婚していないし、子どももいない。彼の両親は八十を過ぎて、二人ともにあまり調子がよくないので、もうすぐ親と同居するのだという。さらに、もう二年経ったら選択定年で会社を辞めるつもりだと話す。
 洋一郎は生命保険会社に就職し、五十歳で関連会社に出向した。いまは、「ハーヴェスト多摩」という有料老人ホームの施設長をしている。彼は結婚しており、子どもが二人いる。娘の美菜は結婚二年目にして懐妊している。子が生まれれば、洋一郎にとって初孫となる。息子の航太は高校の教師をしていて、結婚はしていないので、洋一郎夫婦(妻、夏子)と同居している。
 洋一郎は、息子と娘、娘の夫と向き合って話すときには、いつも微妙なぎこちなさを感じてしまう。

 会合の別れ際に、佐山が、洋一郎に相談があると言った。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第40回2018/7/12 朝日新聞

 佐山からの相談事とは、有料老人ホームの件ではないと思っていたが、まさに有料老人ホームへ入居する可能性についての相談だった。
 佐山のように五十代で有料老人ホームに入ろうとする感覚は私にはない。私は、七十歳となり、夫婦ともに継続しての経過観察の必要な病気にかかっているが、老人ホームは、まだ先のこととしている。
 
 同じ五十代でも、洋一郎夫婦も、紺野も、自分が老人ホームにすぐにでも入ろうとはしていない。紺野の場合は、むしろ両親のこととして選択肢の一つになるのではないか。
 
 五十代で健康な夫婦が有料老人ホームに入ろうと決心する理由に何があるだろうか、予測してみる。
①周到な老後の生活設計を立ててそれを実行しようとしている。
②今までの職業とは全く別の仕事や活動に、これからの時間を使おうと計画している。
③今までの人間関係とは無縁な場所で、新たな生き方をしようと考えている。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第39回2018/7/11 朝日新聞 

 七十歳を過ぎた夫婦が、有料老人ホームに入ることを考えるのは、不自然ではない。それにしても、夫婦が二人とも健康であれば、いずれはという段階だろう。
 佐山のように五十五の夫婦が、有料老人ホームを探し、すぐにでも入りたいというのは、何か訳がありそうだ。また、佐山のこの話を洋一郎は、はじめて聞いたようなので、「よしお基金」の集まりの場での佐山の相談は、この件とは別のものだったようだ。

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