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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2018年07月

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第42回2018/7/14 朝日新聞
 
 佐山の理由について考えてみたが、わからない。先に予想してみた40回感想が、どれも当てはまらない気がする。
 佐山夫婦がもし五十代で有料老人ホームに入るとなると、夫婦の自宅や事務所だけでなく、夫婦の両親に関わる物と事のすべてを清算、処分するということになるだろう。佐山の両親と奥さんの仁美さんの両親の事情はどうなっているのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第41回2018/7/13 朝日新聞

 老人になると、子どもに戻る面があるという。子どもの頃の成長と、老齢期の加齢による老化とは、逆の作用ながら、長生きした人間はその両方を体験する。
 子どもの六歳と十六歳のギャップは大きい。それと同じように七十五歳と六十五歳はまったく違うということに気づいた。
 老化が進む前に、早手回しに有料老人ホームを利用するのが賢いなどとは、安易にいえないのだと感じた。

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 第一章 臨月 あらすじ 

 「私」(長谷川 洋一郎)と紺野と佐山は、大学時代からの友人だった。この三人が、顔を合わせたのは『よしお基金』の年次報告会だった。
 『よしお基金』とは、一人息子を亡くした佐山夫妻が起ち上げた基金で、AEDとAEDのトレーニングユニットを中学校や高校に寄付する活動を行っている。一人息子の芳雄くんは、中学校三年のときに、心室細動を起こして学校で突然倒れ、そのまま息を引き取った。学校にはAEDが設置されていたが、級友たちは誰も救命措置を取れなかった。佐山夫妻は、芳雄くんのような悲劇を繰り返してほしくないとこの活動を続けている。

 佐山は最初は公務員だったが、三十歳で税理士の資格を取り、四十歳のときに自分の事務所を起ち上げた。
 紺野は、広告代理店に就職し、その後にいくつかの会社を転職して今に至っている。彼は結婚していないし、子どももいない。彼の両親は八十を過ぎて、二人ともにあまり調子がよくないので、もうすぐ親と同居するのだという。さらに、もう二年経ったら選択定年で会社を辞めるつもりだと話す。
 洋一郎は生命保険会社に就職し、五十歳で関連会社に出向した。いまは、「ハーヴェスト多摩」という有料老人ホームの施設長をしている。彼は結婚しており、子どもが二人いる。娘の美菜は結婚二年目にして懐妊している。子が生まれれば、洋一郎にとって初孫となる。息子の航太は高校の教師をしていて、結婚はしていないので、洋一郎夫婦(妻、夏子)と同居している。
 洋一郎は、息子と娘、娘の夫と向き合って話すときには、いつも微妙なぎこちなさを感じてしまう。

 会合の別れ際に、佐山が、洋一郎に相談があると言った。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第40回2018/7/12 朝日新聞

 佐山からの相談事とは、有料老人ホームの件ではないと思っていたが、まさに有料老人ホームへ入居する可能性についての相談だった。
 佐山のように五十代で有料老人ホームに入ろうとする感覚は私にはない。私は、七十歳となり、夫婦ともに継続しての経過観察の必要な病気にかかっているが、老人ホームは、まだ先のこととしている。
 
 同じ五十代でも、洋一郎夫婦も、紺野も、自分が老人ホームにすぐにでも入ろうとはしていない。紺野の場合は、むしろ両親のこととして選択肢の一つになるのではないか。
 
 五十代で健康な夫婦が有料老人ホームに入ろうと決心する理由に何があるだろうか、予測してみる。
①周到な老後の生活設計を立ててそれを実行しようとしている。
②今までの職業とは全く別の仕事や活動に、これからの時間を使おうと計画している。
③今までの人間関係とは無縁な場所で、新たな生き方をしようと考えている。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第39回2018/7/11 朝日新聞 

 七十歳を過ぎた夫婦が、有料老人ホームに入ることを考えるのは、不自然ではない。それにしても、夫婦が二人とも健康であれば、いずれはという段階だろう。
 佐山のように五十五の夫婦が、有料老人ホームを探し、すぐにでも入りたいというのは、何か訳がありそうだ。また、佐山のこの話を洋一郎は、はじめて聞いたようなので、「よしお基金」の集まりの場での佐山の相談は、この件とは別のものだったようだ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第38回2018/7/10 朝日新聞

「夫婦で入っても、いつまでも二人でいられるわけでもないだろ?どっちか一人になったとき、2LDKだとやっぱり広すぎるしな」

 こういう話は貴重だ。
 今は、若い単身者用と五人未満の家族用の住居は標準化され工夫されている。しかし、高齢者用の住居は、まだまだ値段と見た目が優先されていると思う。
 住まいの収納スペースも、子育て中の夫婦と、家事の大半をサービスに依存している高齢者夫婦とでは根本的に違うはずだ。高齢になり、生活のパターンが変化しているのに、中年の頃の衣類や食器や日用雑貨を捨てられない人もいる。もう使わなくなった品々を持ち続けると、いつまでも中年の頃の住まいの広さを変えられないことになる。それでは、高齢者にとっての快適な住まいとは言えない。
 幼児にはベビーベッドが、子どもには子供部屋が必要なように、老人には老人用の部屋、住居が必要だと思う。
 高齢の夫婦、高齢の単身者にとって、ふさわしい部屋と住居についての納得のいく提案は、今の日本では、まだなされていないと感じる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第37回2018/7/8 朝日新聞

 高齢者サービスが充実してきている。それと同時に、高齢者サービスがビジネスチャンスでもあるとされるようになった。儲けのタネになるとなれば、悪質な施設やサービスが横行するのは、残念ながら当然のことであろう。
 「高齢者向け○○」というコマーシャルは、たとえ大手のマンション業者や、大銀行のものであっても、ビジネスになるから、高額の宣伝費をかけていると、考えるようにしている。

 洋一郎の仕事内容は、今の現実にはふさわしくないと感じた。私が見聞きする限り、介護なしの入居者対象の施設も、同業との競争は激しく、コストを削る必要が増している。だから、どんな施設も人手不足は深刻らしい。したがって、施設長といえども、食事のサービスやレクの補助などの現場の仕事もしなければならないと聞いている。
 
 建物と内装が豪華な「サ高住」でも、調理や看護師や清掃などのスタッフが人手不足では安住の地とは言えないのではないか。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第36回2018/7/7 朝日新聞

 『すこやか館』『やすらぎ館』、いかにもありそうなネーミングだ。高齢者を取り巻く社会の変化は目覚ましいが、「老人ホーム」にはまだ暗いイメージが残っている。そういうイメージを払拭するためであろうか、極力明るいネーミングが求められていると感じる。

 介護なしの人たちと、介護が前提の人たちと、入居者の対象が変わると、施設長の仕事内容が大きく変わることを知った。
 介護なしの高齢者も、いずれは介護が必要となる。そうなると、主人公が勤めているような施設では、『すこやか館』から『やすらぎ館』への再入居となるのだろうか?

 格好良く言えば「暮らしの質を高めること」ーー「暮らし」があるっていいですよねえ、と小林さんにはいつもうらやましがられる。

 切実な言葉だ。一時的とは言え、病気によって「暮らし」を失った体験を持つと、このことがよくわかる。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第35回2018/7/6 朝日新聞

 佐山は『ハーヴェスト多摩』に強い興味があるようだ。佐山夫妻だけでなく、六十歳以上の幅広い年代の人々にとって、新しいタイプの老人ホームは興味深いことだと感じる。
 介護付き有料老人ホームなどというものは、日本になかった。例え、あったとしてもごく少数だったし、その料金は一般の人々には縁のない額だった。それが、そのような施設がたちまち増えだし、料金も様々なものが提供されるようになった。「特養」、「サ高住」などという略語まで広がってしまった。
 だが、主人公の年代よりは、高齢な私だが、「有料老人ホーム」と「サービス付き高齢者向け住宅」と「養護老人ホーム」などの違いを、理解できていない。理解を進めるためには、資料を読む、説明を受けるだけでなく、実際に見学に行くのが近道だ。
 私も、親のために、そして、自身のためにいくつかを見学に行った。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第34回2018/7/5 朝日新聞

 夏子は、孫のためにベビーバスやベビーベッドを準備した。こういうことが洋一郎にはできないのだろう。
 私もそうだ。ベビーベッドが最近はレンタルであるというのを知っていたが、具体的にどんな業者に依頼すればいいのか、また、何種類かあるベッドからどれを選べばいいかが分からない。要するに、具体的な育児の知識も経験もないのだ。
 当たり前のことながら経験のあるなしは、違いがはっきりと出るとつくづく思い知らされる。
 今の世の中は、夫の稼ぎだけで家族を養うという図式が当てはまらなくなった。そうなると、育児や家事について夫も分担しなければならない。それができていなくて、育児と家事の知識と経験のない男性は、「おじいちゃん」「お父さん」としての自信を持てなくなる。これは、当然の成り行きと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第33回2018/7/4 朝日新聞

 高齢者向け施設が普及する速さには驚く。私の世代は、自家用車とパソコンの普及のスピードを経験した。しかし、高齢者の増加とそれに対応しようとする制度の変化は、前の二つを上回る。

 主人公の洋一郎が高齢者向け施設に関わっているとなると、いろいろな展開が予想される。
①離別していた父が、洋一郎の施設に入所してきたので、それが父子の再会となった。
②佐山夫妻の相談は、ゆくゆくは洋一郎が施設長をやっている施設に入ることを考えているというものだった。
 こんな短絡的なものではないかもしれない。だが、こういう予想をしたくなるほど、紺野のような親子にとって、また、佐山夫妻のような境遇の夫婦とって、高齢になったときの生活の場と終の棲家を得ることは、切実なことなのだ。小説の中だけでなく、現実の中では。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第32回2018/7/3 朝日新聞

 同じ大学を卒業して、互いの結婚式に招き招かれた間柄でも、職種が違うとだんだん疎遠になる。佐山と紺野と洋一郎もそうだったのであろう。その三人が退職が近づいた年齢になって、顔を合わせるのは、「よしお基金」のせいだといえる。
 三人は、職種は違うが、それぞれの職業で一定の成果をあげていて、現在も将来も生活の設計はあるようにみえる。
 紺野の両親の事情について描かれていた。佐山の両親の事情は描かれていないし、洋一郎についても別れた父のことしか描かれていない。三人の年齢からみて、それぞれの親は七十歳を超えて、高齢者の抱える課題が、浮かび上がってくるころだ。

 この三人が「新人類」なら、私は、それをからかった先輩社員の年頃だ。私にも、「近頃の連中は‥‥」と言った覚えがある。だが、今となっては、その後の若い世代に比べるなら、「新人類」はごくわかりやすい世代だった。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第31回2018/7/2 朝日新聞

 同じ年頃の子を持つ母親同士の共感は、父親同士とは違うのだと改めて思う。

 一人息子を喪って、佐山夫妻の生活がすべて変わってしまったことがわかる。そうなるのも無理からぬことだと思う。だが、世の中の子を喪った夫婦が、皆佐山夫妻のようになるのだろうか?そして、そうなることが社会にとって自然なことなのだろうか?
 
 人はいつかは死ぬ。死に順番はつけられないので、親子の逆転もある。これが、現実だ。


 パソコンのデータを消去するように、芳雄くんのすべてが記憶から消えうせてくれたほうが、むしろ幸せなのだろうか。そうではなくて、せめて親の記憶の中だけでも息子を永遠にとどめておきたい、と願うものなのだろうか。

 考えさせられる内容だ。
 私は、次のように思う。
 子の記憶は消え失せることはない。同時に、親の記憶の中に子を永遠にとどめておくこともできない。思い出は消えないが、時間の経過によって変化し、薄らいでいくものだと思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第30回2018/7/1 朝日新聞

 佐山の相談の内容がだんだん明らかになって来る。紺野には話しづらいことで、洋一郎だけでなく妻にもかかわることのようだ。
 だとすると、「よしお基金」のことではなさそうだ。洋一郎の子どもと初孫にかかわることだろうか?

 あらすじが載ったが、序章の内容には一切触れられていない。

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