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新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 の感想と、読んだ本の感想を更新しています。

2018年12月

新聞連載小説『ひこばえ』重松 清・作 川上和生・画 朝日新聞 七章 父の最後の夢 あらすじ

 多摩ハーヴェストに、新しく入居する後藤さんが事前に挨拶に来た。後藤さんは、費用を息子が出すし、条件のよい部屋へ入ることになっている恵まれた入居者だ。だが、本人は入居に気乗りがしない様子だった。
 新しい入居者のことを心配している洋一郎の携帯に着信があった。携帯は父の残したものであり、電話をかけてきたのは、西条真知子さんという自分史の編集・ライターをする人だった。
 事情が呑み込めない洋一郎は、この西条さんに会うことにした。そして、西条さんから、洋一郎は父の最後の夢を聞かされることになった。
 父の最後の夢とは、自分史をつくることだった。しかも、その自分史への父の要望が変わっていた。つくるのは一冊だけで、その一冊を団地の図書館に置くと言う。さらに、父は、その自分史を、ライターである西条さん一人だけが読んでくれればそれでよいと言ったというのだ。
 洋一郎は、父の自分史のことはこれ以上は進められないと断るが、西条さんは諦めない。西条さんとの押し問答をしているさなか、また、父の携帯に着信がある。
 今度の電話の相手は、神田弘之さんという人で、父の古くからの友人だと言う。この神田さんは、父のことを「ノブさん」と呼び、流しのトラックドライバーをしている人だった。「ノブさん」の死を、洋一郎から知らされると、神田さんはせめて遺骨に線香を上げたいと言う。その話を西条さんに告げると西条さんもまた父の遺骨に線香を上げたいと言い出した。洋一郎は、この二人の申し出を断るわけにいかなかった。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第186回2018/12/9 朝日新聞

 洋一郎は、母の今置かれている立場を察している。だが、だからといって母が気兼ねなく暮らせるようにしてやることもできない。
 洋一郎の心の中では、死んだ父のことをどうとらえるかも、老いた母をどうするかも、中途半端だ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第185回2018/12/8 朝日新聞

 現実の人生で、ああすればよかった、こうすればよかった、は意味を持たない。でも、小説の中では思う存分それができる。
 離婚し、再婚し、再婚相手と仲睦まじく生活した洋一郎の母は、離婚後孤独だった父よりも幸福なのであろうか?今の母には、義理の仲とはいえ家族がいて、その家族と一緒に暮らしている。一方、父は一人きりの晩年を送った。
 私には、一人きりで死んでいった洋一郎の父の方が気兼ねなく自分の人生を生きていたように感じられる。
 神田さんがもっているような親子の感覚が薄くなると、年を取った親は、子に気を遣わなくてはならない。洋一郎の母が、実の子である姉や洋一郎と同居するとしても、今度は子の配偶者に気を遣う暮らしになるはずだ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第184回2018/12/7 朝日新聞

「親子だろう。おまえはノブさんの息子で、ノブさんはおまえの父親だ、わかるよな?それでも、なんの思いも湧かなくてかまわないっていうのか?」

 
神田さんだけでなく、これが世間の常識だった。そして、この常識が通用した時代は長いし、最近までは常識として確立されていた。それが、瞬く間に変化したことを改めて感じる。
 洋一郎には、理屈を抜きにしたこの親子の情といった感覚と常識はなくなっている。なくなってはいるが、こういう感覚を否定しているのではない気がする。
 川端さんや道明和尚は神田さん側の感覚の人で、真知子さんと陽菜さんは神田さんのような感覚を全く持ち合わせない人、洋一郎は、その中間に位置すると思う。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第183回2018/12/6 朝日新聞

 人の誕生と死は、どんなに場合もドラマをともなう。自分の誕生と死を見ることはできないので、自分に近い人の誕生と死に心を動かされることになる。
 洋一郎にとって、この二つの出来事が同時期に起こっている。

 この場にいる洋一郎以外の人たちを、私は奇妙な人たちだと感じる。その内の一人神田さんがますます厚かましいというか、おせっかいというか、とんでもないことを言い始めている。父を偲んで、遺骨を前にして自分の感情を露わにするのは奇妙でもなんでもない。だが、その後の言葉が奇妙だ。洋一郎に向かって、まるで、お前ももっと悲しめと強要しているようだ。

 これで、洋一郎は、父の遺骨の前のこの集まりを終わらせることができるのだろうか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第182回2018/12/6 朝日新聞

 洋一郎の「早くこの場から立ち去らせてほしい」という思いは、よくわかる。
 一方で、神田さんのような人にも親近感をもつ。私が経験した過去の通夜や葬儀の場では、こういう言動をとる人は珍しくなかった。
 過去の日本の社会では、子は親の死を悲しみ、その悲しみを周囲の人々の前でも表現した。親子のそれまでのいろいろな経緯は、親の死によってまるで清算されたかのように、ただただ死を悲しみ惜しむことが子の情であり、正しい行為とされていたと思う。
 真知子さんや陽菜さんは、こういう場も神田さんのような言動にもまったく経験がないだろう。ひょっとすると、洋一郎にとっても経験のないことなのかもしれない。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第181回2018/12/4 朝日新聞

 ますます奇妙な展開になってきた。
 大家さんとはいえ、息子がいるのに、「石井さんの部屋に行って、軽ーく、お酒やお菓子でもどうですか?」と言い出すのは、あまりに配慮も遠慮もないのではないか?それに、自分史依頼を洋一郎に断られた真知子さんが賛成するなんて、奇妙過ぎる。
 
 だが、‥‥。
 子でありながら、実の父の遺骨に線香を上げにも来ない姉や、夫の父の遺骨を引き取るのをこばむ洋一郎の妻の方が奇妙なのか?
 姉や妻の言動は現実に近いと感じるのだが。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第180回2018/12/3 朝日新聞

 この小説の展開では、今まで現実離れしたところがなかった。
 このメンバーとこの雰囲気は、かなり現実離れしている。いったいどんな方向に進むのか?

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第179回2018/12/2 朝日新聞

①和泉台ハイツの大家 川端久子
②田辺陽菜 和泉台文庫の司書手伝い
③道明和尚 照雲寺住職
④神田弘之 流しのトラックドライバー
⑤西条真知子 自分史編集者・フリーライター
※「初対面や、初対面同然の四人が、(略)」とあるが、なぜ四人なのか?挿絵も洋一郎を含めると六人なのに?
 年齢も職業もバラバラ、そして、家族と暮らしていたころの実際の父のことをこの五人は知らない。集まった人たちがなごやかになればなるほど洋一郎が「じわじわと不機嫌になっていくのを感じる」という気持ちがわかる。今の洋一郎は、この人たちからまったく取り残されている。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第178回2018/12/1 朝日新聞

 今の洋一郎の位置が不思議だと改めて思う。
 洋一郎は、父の死を知らされるまでは、父のことに何の興味も持たなかった。これは、不思議と言えば不思議だ。いや不自然だ。成長過程のどこかで、父のことが気になる時期がある方が自然だと思う。
 父の死を知らされ、遺品整理を始めてから父のことが急に気になり出した。だが、母や姉に父のことを聞こうとはしない。いや、聞きたいのだができないのだ。
 やがて、次々と父を知る人が現れる。父を知る人たちからの父についてのエピソードは、どれも洋一郎が僅かに持っている父の像と一致しないものばかりだ。
 別れたとはいえ、家族は別れてからの父のことを知らないし、知ろうとしない。それに反して何人もの他人は父のことに関心を持ち続けている。洋一郎は、父に近づこうと家族と、父に親しく近づいた他人との中間の位置にいるようだ。

新聞連載小説『ひこばえ』重松清・作 川上和生・画 第177回2018/11/30 朝日新聞

 長年同じ職場で過ごし、趣味も合い、私的な付き合いが続いた人が亡くなったと聞いたならば、弔問に行くに違いない。だが、葬儀も過ぎ、ましてやその人の家族とは面識がまったくないとしたら、私なら香典や供物は送るとしても線香を上げに行くかどうかためらう。ましてや、亡くなった人とその家族に複雑な事情がありそうだと察したら、出かけて行って線香を上げることはしない。
 神田さんと西条さんは、まだ洋一郎と父の事情を詳しくは知らないのであろうか。それとも、そういう事情があっても、どうしても線香を上げたい、つまりノブさんの死を悼む気持ちが強いのであろうか。


父の負い目がわかる、ような気がする──からこそ、わかってはいけないんじゃないか、とも思うのだ。

 洋一郎は、父がどんな気持ちで自分と姉のことを思い出していた(和泉台文庫での父の行動)かを思う時、父を非難する気持ちになっていたと感じる。この場面では、父を非難する気持ちなのか、または父の気持ちが伝わってくるということなのか、まだわからない。

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