朝日新聞連載小説 『それから』 夏目漱石 第十回 4月14日分  今回で、「大助」の家庭のことが明らかになりました。  「大助」が、働かなくても困らない環境にいることも分かりました。  では、「大助」が、資産家の一族の人だから、世の中の平凡な悩み事に煩わされないのか、というとそうではないようです。 会(たま)に兄と弟(おとと)が顔を合わせると、ただ浮世話(うきよばなし)をする。(略)陳腐に慣れ抜いた様子である。  「大助」の兄弟は、事業に関わっていますが、経済的なことや教育の程度は共通のものです。だが、兄弟の様子は、上のように書かれています。資産家であっても、世間一般のことに、大いに興味を持っているということです。  もう一つ気になったことがありました。前回の感想で、江戸から明治への時代の変化を、『それから』に感じました。それに関連のありそうなことが、この回に出てきました。  「大助」の兄の嫁は、 (略)天保調と明治の現代調を、容赦なく継ぎ合わせたような一種の人物である。 と、されています。  そして、「大助」は、親族の中で、この兄嫁のことを、唯一好ましく思っているようです。  明治の新しい風物を取り入れて生活していても、感覚と精神が過去のままの人は、「陳腐」とされています。「明治の現代調」を、無理矢理にでも、好みや感覚に取り入れていく人は、「大助」にとって、好ましい存在なのだと感じました。 クリックをお願いします。にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ