朝日新聞連載小説 『それから』第13回

 「大助」と、彼の父親との話は言い争いにさえなりません。お互いの言葉がぶつかり合わないのです。
 父である「長井」は、誠実と熱心が生きていく上で大切だと「大助」に説教します。
 「大助」も、誠実と熱心の大切さは認めています。
 ただ「長井」にとっての誠実と熱心は、どの時代でもどんな場合でも変わらないものとしてとらえられています。
 「大助」にとっての「誠実と熱心」は、次のようなものです。

自分の有する性質というよりはむしろ精神の交換作用である。


これでは、言葉は同じでも、議論はかみ合いません。

 さて、私も「誠実と熱心」の「熱心」について考えてみました。
 「仕事に熱心に取り組む」というときに、「仕事」の内容が問題になります。自分がやりたかった仕事であり、やりがいを感じる場合があります。一方、金を得るための仕事であり、ノルマとしてやる場合があります。
 前者は価値のある「熱心」であり、後者は「熱心」というよりは、忍耐というべきです。 だからと言って、「大助」のように考えることもできません。
 生計を立てるために仕事に就き、その仕事に就いたからには、手を抜かずに続ける「熱心」は、現代でも価値があると思います。

 私が「長井」の立場かと言うと、そうではありません。どちらに近いかと問われれば、「大助」に近いことを感じます。