朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第39回
 嫌いなことは、待たされることです。病院で待たされるのは、辛いことです。予約があるのに、その時間よりもどんどん遅れたりすると、いっそ予約などない方がよいと思ってしまいます。今の私のように、病院に慣れてくると、というよりは、慣れるより他ないと、少しは気が楽になります。先日の医師との会話です。
「食事はしてきましたか?」
「CT検査があるかもしれないと思ったので、食べずに来ました。」
「さすが、検査慣れしてますね。」
 こういうことで、「さすが……」と言われるのは、なんの自慢にもなりません。
 行列のできる食べ物屋などは行きません。すんなり食べることができるのも、味の内です。

 「広岡」は、ジムに行ってみました。会おうと思った女性、そのジムの会長は留守でした。ジムのトレナーは、次のように言います。
「もしお急ぎでしたら、携帯に連絡しますけど。」
広岡は軽く手を振って断った。
「いや、急ぐようなことじゃない。」
 かっこいい!