病床六尺 正岡子規
 毎朝、テレビで国際ニュースを見ます。新聞を読みます。インターネットも使います。
 それなのに、世界への関心が広がっているかというとなんともいえません。世界への関心どころか、国内の出来事と地域の出来事に敏感になって、それについて物事を考えているかというと、それも怪しいものです。
 この頃は、広く物事を見るよりは、自分の興味のあることにしか目がいかなくなっています。

 子規の時代は、テレビはおろかラジオもありません。世の中の動きを知るには、新聞と書籍、そして見舞いに来る友人などとの話しかなかったようです。
 
 『病床六尺』には、身の周りのことや絵画や書籍のこと以外に次のようなことが取り上げられています。
 靖国神社の庭園の造りについて。近眼の人の不幸について。女に酒をのまない人が多いことについて。教師として真面目に働いても、家族を養うことができない経済の仕組みについて。今度大学を卒業した者の何人かが米国などの会社に入ることについて。
 そして、ただ珍しいこととして取り上げているだけでなく、子規自身の意見が述べられています。
 世の中の動きについて、関心を持ち、自分の考えを持つということは、情報をたくさん得られるということに比例しないのだと感じました。