『病床六尺』 正岡子規
 子規は、次のように書いています。
 病気が重くなってくると、いろいろな問題が起こる。「死生」の問題は大問題だが、いったんあきらめてしまえば解決されてしまう。それよりも、大きな問題は病人の家族の問題だ。家族がどのように看護してくれるかが、病人の苦痛を和らげるか、またはより苦しい思いをしなければならないかを決める。
 
 これは、現代の病人にも当てはまる気持ちです。現代は、病気が重いときは、入院ということになりますが、その場合には、医師の診断と治療が中心になります。けれど、実際の入院生活を経験すると、看護師のはたらきが、入院患者の生活の質を決めることが多いのです。
 手術後の痛みに苦しめられた際には、お医者さんの処置が頼りです。でも、痛みが来そうなことを伝え、痛み止めが効いてきたことを伝える相手は看護師さんです。ただ、麻酔の薬に頼るだけではありませんでした。痛みの箇所と度合いを伝え、それを理解してもらう看護師さんの仕事が、患者の気持ちを楽にしました。

 子規の時代は、一家の主の看病はその家の女性がするのが当然だったと思われます。そのことは、現代とは違いますが、介抱、看病が病人にとっての「大問題」だというのは、よく分かります。

 そして、現代で入院をしている場合にも家族の看護ということは、病人にとって大きな要素になると思います。 
 それは、現代の日本のように、高齢者が多く、家庭の人数が減っている時代には、より深刻な問題になっていることを、実際に経験しました。今は、病人の看病や高齢者の介護は、看病や介護される方だけでなく、看病や介護する方にとっても大問題なのです。