朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第46回
 生まれてから一度もアパートの類に住んだことがありません。そんな私が「ワンムール」という不動産物件の言葉を聞いたときは、なんとなく一部屋を借りるのだろうと思っていました。
 友人が、ワンルームマンションに住み始め、そこを訪ねたことがありました。驚きました。小さな玄関に入ると、トイレのドア、キッチン、いくつかの家具、冷蔵庫などの電化製品、ベッド、それらが一気に目に入ってきたのでした。
 私がイメージしていたのは、昭和の時代の「間借り」の部屋だったことが、そこでようやく分かりました。
 最近は、部屋数があり、いろいろな機能が付いた戸建て住宅なのに、敷地面積の狭い物件があるようです。必要性がないので、見学などには行きませんが、これも私なぞのイメージを超えた住宅なのでしょう。

 「広岡」が、40年ぶりの日本の不動産屋の様子に戸惑うのも無理はありません。そして、どうやら彼の日本滞在は長いものになりそうです。