朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第47回
 「今朝も寒いですね。」「これから散歩ですか?」ご近所の方の顔を見ると、こう聞かれるだろうと予想してしまいます。相手の方は、私からの返事をなんとなく予想しているのでしょう。
 日常の会話とはそういうものです。
 けっこう交渉がいる物の売買でも、それは言えると思います。車を買おうとしている場合は、売り手はこちらの予算を基準にいろいろと条件を示してきます。買い手の好きな車のタイプや買いたいと思っている車種については、意外に質問してこないものです。売り手と買い手の双方に交渉の進め方の予定があって、その予定通りに進まないと話はまとまりません。

 「広岡」は、不動産屋で、女店員の一般的な質問に、うまく答えられません。そこで、店の奥から店主らしき人が出てきて話し始めますが、この店主らしき人の「広岡」への見込みが全く違っているようです。