朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第59回2015/6/24

 漱石の学識からいうと、翻訳された書物には「寺尾」がやろうとしているようなやっつけ仕事があるのだろう。

寺尾は、誤訳よりも生活費の方が大事件である如くに天から極めていた。

代助は現今の文学者の公にする創作のうちにも、寺尾の翻訳と同じ意味のものがたくさんあるだろうと考えて、

 ある職業について身内が隠しておきたいことを公にすることはまずない。小説家を職業とすれば、小説家は自分の職業の内幕を自ら作品に盛り込むことがある。芸能人は、私生活を明かすことはあるが、それとはまた違うように思う。
 漱石は、教師や翻訳家や小説家の内幕を、小説の中で公表している。公表と言うよりは、実態を書き表していると感じる。
 当時としては、文壇を批判するこういう部分はセンセーショナルなものであったのだろうか。