朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第83回2015/6/24

 「藤原」は、ボクサー(アリ)のことを貶められて黙っていられなかった。静かに誤解を諭しているのに、年長者をバカにした態度に腹を据えかねた。だが、冷静さは失っていなかったので、自分から先に手を出すことはしなかった。
 しかし、罪に問われ、司法は事実を認定できなかった。「藤原」への判決は理不尽がまかり通った結果と言える。
 その意味では、「広岡」が日本を出た理由と相通じるものだと思う。
 日常の生活の中で、理不尽なことが起こる。世間に比べると純粋とされるスポーツの世界でも理不尽がまかり通る。理不尽なことはなくなりはしないが、それを見つめて許さない眼をもつことが、小説を読むおもしろさでもあると思う。