朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第60回2015/6/25

縁側から外を窺うと、綺麗な空が、高い色を失いかけて、隣の梧桐の一際濃く見える上に、薄い月が出ていた。

 すごい文章力だ。視線の移動(「縁側から」)を示し、簡潔な形容(「綺麗な空」)を効かせ、独特な描写(「高い色を失いかけて」)が時刻と明暗を描き、月の前景となる色彩(「梧桐の一際濃く見える上に」)を味わわせ、最後は視線の到達点(「月が出ていた。」)で終わっている。それが一文にピッタと収まっている。

 漱石にとって、この小説のストーリーは作品の一要素に過ぎないのではないか。『それから』のあらすじとされることは、作品全体の中心ではなくて部分であるという気がする。
 主人公が友人の妻を愛するというストーリーに沿いながら、次々と書かれる作者の人間と社会への考えが、重い位置を占めていると感じる。

実をいうと、代助はそれから三千代にも平岡にも二、三遍逢っていた。

上のように、主人公の行動をはしょって書いていることにも、それが表れているのではないか。