朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第61回2015/6/26

 「代助」は、一族の資産で生きている人だ。今回で、その一族の事業に何かが起こったのではないかと思わせられる。

青山の家へ着く時分には、起きた頃とは違って、気色がよほど晴々して来た。

 のんきな雰囲気が出ているが、かえってそれが重大な事件の前触れなのではないか。

 上流、資産階級の生活は優雅であるが、その当人の心境は優雅なものばかりではないようだ。もし、「代助」の父と兄の事業が危機に向かえば、「代助」はたちまち困窮する。そして、食うに困る生活への備えもそれを乗り切る能力も、彼にはないように見える。
 貴族や資産家の境遇は羨ましい限りだが、地位と権力と物質に恵まれても、それはそれだけのことなのだ。
 知識も論理も美的感覚も持ち合わせていない「門野」の方が、日常生活の場面では伸び伸びと生きている。