朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第88回2015/6/29

空車になったタクシーの運転手が乗っていかないのかというように広岡の方を見た。

 これの前後の文章から、私が乗ったタクシーでの会話を思い出した。その車内に「スマホのアプリで○○タクシーを呼べます。」とあった。

私「スマホのアプリで呼ばれることはあるんですか?」
運転手「最近は時々ありますよ。ススキノで飲み屋から出たお客さんが、ビルの前で呼ぶようなのが多いね。」
私「じゃあ、人通りの多い道で、呼んだ人を見つけるんですか?」
運転手「そうですよ。ちゃんと待っててくれるといいんですけど、空車が通りかかるとそれに乗っちゃう人多いんですよ。これには、参るね。」

 そんな人がいるのか、と呆れた。だが、頼みっ放しで、後は知らないというヤツが多いとも思った。
 いくら便利さと速さを求めると言っても、頼んだからにはその後始末はしろ、と腹が立った。

 電話でタクシーを呼んだ「広岡」は、そんなことをしない。こういうことを思い出すのも、小説の細部を読む楽しみだ。