朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第129回2015/8/10

 二人と会った後の「広岡」は、どんな気持ちなのだろう。
 二人ともそれぞれに安定した暮らしをしていれば、彼はホッとしただろう。そして、昔の思い出を語り合って時間を過ごしただろう。
 だが、二人の現実は逆だった。どう見ても「藤原」も「佐瀬」も老いて落ちぶれていて、普通の暮らしも難しい状況だった。
 しかし、それぞれに「広岡」を前にして、彼が訪ねてくれたことを心から喜んだ。「広岡」も喜んでくれた二人の気持ちに安らぎさえ覚えていた。
 世の中は不思議だ。もしも、二人に家族がいて、仕事もそれぞれに順調だったら、かえって他人行儀になってしまったかもしれない。

 「広岡」は、過去から現在に戻って、「佳菜子」と会う。そこには今の「広岡」が直面しなければならない何かが待ち構えているようだ。