『母 -オモニ-』姜尚中

 読み終えた。
 「オモニ」が自らの一生を話してくれた。それを私が聴き終えたと感じている。作者を介して文章を読んだのであるが、語ってくれたことを直接聴いたような感覚が残っている。
 人の一生を知るということの価値を知らされた。しかも、その人は自分の家族だ。知るだけでなく、共に暮らした人の一生だった。
 この作品の特徴は、作者の母が中心になっているが、それだけにとどまらずに叔父と、さらに共に暮らしていた人の一生も丁寧に描かれているところだ。
 
 子どもに何を教育するかは、永遠の課題だと思う。でも、ここに一つの回答がある。
 子どもにとって役に立つのは、共に生きた人の一生を知らしめることだと思う。
 どうやって一人前になるのか、どうやって食っていくのか、どうやって困難を乗り越えるのか、どうやって老いていくのか、どのように死と向き合うのか、それが全て詰まっているのが人の一生だ。
 しかも、自己に最も近い人の一生だ。そして、その人が肉親だけでないところに一段の良さがあると思った。

 「在日」という存在と、戦争の時代ということがあるが、それにしても「オモニ」の語りには独特の存在感がある。それは、識字のことが影響しているかもしれない。「オモニ」にとっての表現手段は、音声言語だけである。それだけに生き生きと自分を表現できているのではないかと思う。
 幼児の頃だけでなく、親子兄弟のコミュニケーションは会話が根本だと意識させられる。

 文字の読み書きができなかった。故国を出て来るしかなかった。差別される苦しみを味わった。それらを跳ね返して生き抜いた「オモニ」の力強い声が耳に残っているような気がしている。