朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第98回2015/8/20
 
彼は第一の手段として、何か職業を求めなければならないと思った。けれども彼の頭の中には職業という文字があるだけで、職業その物は体を具えて現れて来なかった。彼は今日まで如何なる職業を想い浮かべて見ても、ただその上を上滑りに滑って行くだけで、中に踏み込んで内部から考える事は到底出来なかった。

 私は小学校の頃から将来の職業について考えた。考えさせられたというべきかもしれない。だが、昨今のように学校教育のカリキュラムの一部として教えられたのではない。家庭と学校の両方から、しつけの一部のように、子どもの頃から職業について考えるのが正しいと教えられていた。
 上級学校を選択する場合も、それによって職業選択の幅が変わることを前提として学校を選択した。大学の入試に失敗した場合の浪人の期間は、社会一般の公認だった。だが、高校や大学を卒業すると、就職しないという選択肢はなかった。
 日本の近代以降は、このような感覚と現実が多数派であり、良識的であっただろう。
 だから、「代助」のような感覚は異端と見なされる。
 だが、どの時代でも私のような感覚が通用するものだろうか。
 子どもの頃から将来の職業を考えて、学校は職業に就くための準備の場という感覚に疑いをもってもよいのではないか。
 昨今の日本では、私の世代が持っていたこのような常識は通用しなくなってきた。

 「代助」の身近に「門野」がいる。「門野」は、資産家の出ではなく、特別な教養も才能も持ち合わせていない。彼は、住と食の面倒をみてもらっているが、使用人としての賃金を得ているわけではなさそうだ。彼もまた職業に就いているとはいえない立場だ。
 その「門野」は、毎日機嫌良く暮らしているように見える。