朝日新聞連載小説『春に散る』沢木耕太郎第146回2015/8/28
 
 「広岡さん、途中から何度も映画がうわの空になっていました。」
 もしも、「佳菜子」がこう言っていたら、会話はこの回で途切れていただろう。

 会話は、言葉のやりとりだ。言葉のやりとりは、互いの見方と感じ方の交流だ。人と人との交流には、その人が他の人をどうとらえるかが表れる。
 この小説のどの登場人物も多弁ではない。だが、主要な登場人物は、互いの言葉にも動作にも鋭敏だ。
 それは、言葉の綾ではなく、人をとらえるとらえ方が繊細で鋭敏なのだろう。
 そして、それは作者の本質だと思う。