朝日新聞連載小説『それから』夏目漱石第104回2015/8/28
 
 「不倫」という言葉は、道徳にそむくというのが元々の意味のようだ。それが、道徳にそむいた男女の愛情という意味で使われるようになった。さらに、現代では、例えば、既婚の男女がそれぞれの結婚相手以外の異性との愛情関係などを意味するようになった。これは、元の意味が失われ、「不倫」ではなく「フリン」になっていると思う。
 現代の「フリン」は、道徳にそむいているという意識は薄く、結婚相手以外との男女関係の意味合いが濃くなっている。
 この小説の時代では、未婚の男性と既婚の女性との男女関係がどれほど強く道徳にそむいたこととされていたか、現代では容易には想像できない。

 作者は、「代助」と「三千代」のような男女関係が欧米ではどのように考えられていたかを理解していたと思われる。
 さらに、作者は、結婚相手以外の異性を愛してはならない、という道徳上の規範が何に由来するものであったかも見抜いていたのであろう。

 結婚した者同士は、一生互いを裏切ってはならない。これは、ある時代以降の日本の道徳的な規範といってよいだろう。
 愛し合った男女は、結婚するべきだ。これは道徳的な規範とはいえないと思う。また、このような考え方は明治時代には一般のものにはなっていなかった。互いに好きになって結婚したという夫婦ではない夫婦が、明治時代には、たくさんいたはずである。
 親同士あるいは家同士が勝手に決めて結婚が成立する。そして、そうやって成立した夫婦を、今度は世間の道徳で、結婚相手以外を好きになってならないと強く規制する。
 そう考えると、「代助」と世間のどちらが間違っているのか分からなくなる。