TV NHK総合 歴史秘話ヒストリア やっぱり妻にはかないません! ~初代総理大臣・伊藤博文 妻 梅子
『それから』 夏目漱石


 この番組から思ったこと。
○江戸時代から明治時代にかけての結婚は、家と家のものであり、親同士が決めるものであった。それは道徳にもかなったものだった。
○明治時代は、花柳界の女性を相手にすることには、世間は寛容だった。そして、その場合に、男が既婚か未婚かは問われなかったようだ。

 明治時代には、男女関係の道徳的規範が現代よりも厳しかったというのは、ある面では当たっているであろう。しかし、それには本音と建て前、理想と現実があり、当時の人々はそれを使い分けて平気だったような気がする。
 姦通罪が施行されたということは、その事実が取り締まりを必要とするほどだったということだろう。

 現代との違いは、男女平等の考え方がなかったこともあげられる。男性の花柳界遊びには、社会も寛容だったし、結婚も男性に有利な面があったといえる。
 『それから』の主人公は、鋭い感覚と思考力で、芸術を味わい、労働の意味を考え、男女の愛に悩む。しかし、芸者遊びをすることには、なんの疑問も感じず、ある正当性さえ表現されている。
 江戸時代から明治時代にかけての世間の大半の夫婦は、本人の意思に関係なく結婚している。そして、そういう夫婦が問題もなく社会生活を維持していたのは、歴史的な事実といえるだろう。
 では、好きになった男女の結婚がなかったかというと、そうでもないようだ。特に明治に入ってから、恋愛結婚も世の中に認められだしたといってよいようだ。
 それが、伊藤博文と梅子の場合だろう。


 私たち太平洋戦争後生まれの世代がもっている結婚観は、歴史的に見ると、かえって特異なものかもしれない。